父に関する思い出はほとんどない。父は僕が幼い頃に亡くなった。父の形見として、絵だけは残っている。幼い頃は父の絵が、自分の絵と同質であることには気付いていなかった。父は寡黙な人だった。必要以上のことは話さず、絵でしか自分を表現出来なかったようだ。そんな父を母は、献身的に支えて家庭を守っていた。
 父が亡くなった理由を僕は知らない。何度母に問いかけても、愛想なく空返事を繰り返されるだけ。母は父のことになると、話を避けたがる。
 僕はいつも、父の絵を見て、父のことを想像していた。寡黙な人間とは思えないほどの力強いタッチの絵。色彩はくすんだような色使いが多く、父の心の色を思わせた。モチーフは風景が多い。父がどんな視線で、慣れ親しんだ風景を観ていたのか、ときどき知りたくなる。
 父の死の理由は、いつも僕の胸の中で引っかかっていた。母が頑なに拒むにはそれなりの理由があるのだろう。