おれの名前はたくま。

地方の公立高校に通う高校3年生。

勉強だけは裏切らないっていう両親の教育のもと、中学時代は塾を掛け持ちして受験勉強を頑張った。

そのおかげで県内では有名な進学校に合格することができたけれど、こんな地方から都会の大学へ進む学生は少ない。

近所付き合いはめんどくさいくらい濃厚だし、バスは1時間に2本しかないし、誰かが付き合ったとなれば噂話はあっという間に広がってしまう。

だから中学生でもあるまい、高校生になったおれは毎日自転車通学をしているのだけれど、これがまたかなり大変。

道路はデコボコしているし、坂道は多いし、なんといっても知らない人にしょっちゅう挨拶をされる。

通学中くらいイヤフォンで音楽くらい聴いて、ひとりきりの時間を過ごしたいって思うけれど、それもなかなか難しい。



「おはよ、たくま。宿題めっちゃ難しくなかった? おれまだ全部終わってないんだけど」

「あ、おはよ、けん。おれ徹夜でやってきたから学校着いたら見せようか?」

「まじ?それめっちゃ助かる。今度ジュース奢るわ」

「じゃあコーラにするわ。宿題するだけでジュース代が稼げるなんて人生楽勝だな」

「嫌な言い方。ま、おれも100円くらいで宿題をしないで済むと思うとありがたいけど。じゃあおれ先に行っとくから、また後で」



けんが通るといつも甘い香りがする。どこで買った香水だろう。

おれも本当はあんな香水をつけたいけれど、男子のくせにって思われるのが怖くて買うことができない。

自意識過剰なのかもしれない。

だけど「普通のフリ」をしなければ、おれは仲間に入れてもらえなくなると思うと怖くなる。

だから好みでもない爽やかな香水をつけて、男子の間で流行っている音楽を必死で覚えるしかなかった。


おれは毎日、必死に生きている。


けんは小学校からの幼馴染で家も近く、小さい頃からお互いの家に行って塗り絵とか、パズルとかをしてよく遊んでいた。

おれはサッカーとか鬼ごっことか外で遊ぶことよりも、家の中で静かに遊ぶほうが好きだった。

けんもおれと同じタイプだったみたいで、みんなが外でワイワイしている中、いつもふたりきりで部屋の中で過ごしていた。

だけど......。

おれは本当はリカちゃん人形とか、おママごととか、メイクとかをして遊んでみたかった......。

女の子みたいなことをしてみたくてたまらなかった。

でも、そんなこと口が裂けても誰にも言えなかったし、そんな風に思ってしまう自分が恥ずかしくて仕方なかった。

けんには自分と同じ雰囲気を感じていたけれど、もちろん言い出すことはできずその場をやり過ごしていた。

頭がおかしいって、女子みたいだって、気持ち悪いって。

けんに嫌われてしまうと思っていたから。

だからけんと遊ぶことは大好きだったけれど、いつも心のどこかで何か突っ掛かりを感じていた。

魚の骨が喉の奥に刺さったみたいに、ちくりと本音が痛むけれど、飲み込んでは罪悪感みたいなものを感じる毎日。

おれには一緒にこうやって遊んでくれるけんがいるだけありがたいんだって、そう必死に自分に言い聞かせるしかなかった。

だけどいつからだろう。

おれははっきりと自覚してしまった。

「自分は女の子」だっていうことを。

見た目は男の子だし、声変わりもしているし、それにもちろん両親もおれを男の子として育ててきた。

でもその全てに小さい頃から違和感を感じていたけれど、心がついに限界まで来てしまった。

ネットでこの違和感について調べ、図書館に行って何か情報がないかを読みあさり、ようやくひとつの答えにだどりついた。


「性同一性障害」


おれは性同一性障害なんだ。

見た目は男の子だけど、心は女の子。

身体と心が一致していない。

はっきりと答えがわかってからおれは「自分がおかしいんじゃないんだ」って安心したと同時に、とてつもない恐怖に襲われた。

だってこれは大人になったら治るものではない、ということがわかってしまったから。

男として生きてきたのに、中身は女だなんておれはこれから先どうやって生きていけばいいのだろうか。

誰かに相談するべきか。いや、誰に相談する?

病院に行くべきなのか? でももし誰かにバレたらどうしよう。

おれはこれから先、一生性別のことで悩みながら生きていかなければならないのか?

そんなの辛すぎる。

けんならわかってくれるかもしれない。

でも今まで仲の良かった友達から「おれは女かもしれない」だなんて告白されても反応に困ると思うし、友情を切られてしまうかもしれない。

無理だ。誰にも、言えない。相談なんてできるわけない。