その後、深月はふたりに遠慮して先に執務室を出ていく。

 彼女が完全にいなくなったのを見計らい、秀慈郎は優しげな笑みを暁に向け、そして言い放った。

 「よく、稀血を手懐けた」

 深月の前で見せていた穏やかさは消え、怜悧な面持ちの秀慈郎に暁は苦言を呈した。

 「そのような言葉は控えてください」

 しかし、いまの言葉のどこで暁がむきになったのか気づいていない秀慈郎は、構わず言い連ねた。

 「所詮、稀血も女なのだな。おまえの気遣いを純粋な好意だと信じ、信頼しきっているようじゃないか。なによりも使命や責務を尊重するおまえに懐柔されているのにも気づかないとは」

 「……」

 「よいな、暁。引き続き稀血の手綱はしっかり握っておけ」

 暁は堪えるようにしばし黙り込む。

 こういう人だということは、わかっている。

 彼は禾月に憎悪の念を抱き、半分はその血が流れている深月のことも同じような対象として見ている。

 その理由を知る暁は、秀慈郎にも同情する余地はあると思いながらも、聞き捨てならなかった。

 「それは彼女に対する侮辱です。どうぞ取り消しください」

 暁は冷静な声音のなかに譲れない熱いものを秘めながら、秀慈郎を見据える。しかし秀慈郎には届いていなかった。

 「おまえは少々潔癖すぎるな。見た目は普通の人間とはいえ、中身は得たいのしれない化け物と変わらないだろう。おまえに限ってほだされることはないだろうが、いくら娘とはいえ油断するな」

 それだけを告げ、秀慈郎は早くも別邸を去っていった。

 深月へ謝罪を入れるのが一番の目的だと話した秀慈郎だが、実際のところは暁がしっかりやれているかの確認をしたかったのである。

 正直、我が息子は表情の起伏は乏しい。

 考えが読めないときもあるが、非情に禾月や悪鬼を討伐する姿勢は褒められたものだと常々評価している。

 ゆえに稀血が仇である暁が深月に惹かれており、まさか自分の言葉に怒りを露わにしていたとは、秀慈郎もまったく考えていなかった。