白夜家本宅の屋敷を訪れてから数日が経った。

 暁への想いを本当の意味で自覚した深月は、自覚前のような不調(恋煩い)に振り回されることがなくなった。

 いまがどうしてこんな状態なのか、という疑問が明確にあることで、要らない不安が無くなったからである。

 ――そして、暁の前では、というと。

 「え、野犬に襲われたって、女中の方々がですか?」

 「ああ、昨夜のことらしい」

 暁の執務室で彼の話を聞いていた深月は、見知った顔を浮かべて心配になった。

 被害に遭ったのは五人。通い女中である彼女たちは、いつも通り勤めを終えて帰路につく最中に襲われたらしい。

 「噛み傷と引っかき傷が主で、命に別状はないが、しばらくは療養するようにと伝えてある」

 だから今朝、鈴の餌を貰いに行ったとき、いつも以上に忙しなかったのか。

 納得しながら、当分の女中不足を知ってしまった深月は、おずおずと口を開く。

 「もしご迷惑でなければ、わたしにお手伝いなどさせていただけないでしょうか」

 自分には庵楽堂で培った女中の経験がある。決して声に出して誇れることではないが、拘束時間も勤務内容もほかの女中よりかなり過酷だったので、忙しさにも慣れていた。

 「しかし君は」

 暁は深月の立場を考慮し、この申し出をどうするべきかと思案している。

 深月は膝上で重ねた両手にきゅっと力を込め、続けて考えを述べた。

 「華族のご令嬢には、花嫁修業なるものがあると聞きました。お裁縫や掃除、台所に立って食事を用意する場合もあると。わたしもその花嫁修業と言って、お手伝いできればと思うのですが……」

 そして暁の目をしっかりと見据え、深月は返答を待つ。

 いつもより頑なに思える深月の様子に気になるところがありながらも、最終的に暁は許可してくれた。

 「この件は俺から朋代さんに伝えておく。ありがとう、深月」

 特命部隊で働く女中は、原則として身元が確かな者であること、紹介状を所持していることが雇入時の条件だという。朱凰家所有の本拠地とはいえ、軍が扱う場所なので働く者の最低限の身分を証明しなければならない、ということらしい。

 そうなると、なかなかこの時期には臨時女中は見つからない。

 深月がひとり入ってくれるだけでも、かなりありがたい状況ではあった。

 (よかった。わたし、ちゃんと話せている)

 暁に提案が通りほっと胸を撫で下ろす深月は、彼を正面から見つめても平静に保てていることに安堵した。

 保護の身とはいえ、いつも一番親身になってくれる暁や、隊になにか礼がしたいと常々考えていた深月にとって、女中の仕事の手伝いは慣れもあってこの上ない役割だった。

 (暁さまに、恋をしている。わたしはこの人が好きだから、なにか役立てることがしたい)
 整理すれば至って単純なことだった。

 璃莉に指摘されたときは頭の中が天変地異と化していた深月も、いまでは気づけたことによる余裕が生まれている。

 初めて抱える想いで戸惑う瞬間もあるけれど、深月はこの感情を大切にしていきたいと、心の底からそう思っていた。