「第666代聖女ソーニャ! お前は追放だ!」
「えっ、そんないきなり」
派手に鼻血を噴き出しわめく、でっぷり太った司祭を見下ろしながら、ソーニャは困惑の表情で呟いた。拳は血で汚れている。
「やっぱりグーはマズかったかも……」
§
アスタリア王国西方都市トラーシャ。
誇るべき聖女認定式の場で追放宣告を受けてしまったソーニャだったが、彼女にも言い分はある。
西方地区を取り仕切るベゼル司祭は、聖女の証しであるロザリオを授ける際、当たり前のようにソーニャの胸を揉んだのだ。
自分の胸の大きさが、男性の視線だけでなく手指をも誘うものであることを、ソーニャは嫌というほど理解している。
そこまでは慈愛の笑みで見逃すことができた。
だが、同じく第667代聖女に認定されたシリルが、司祭にお尻をまさぐられ恥辱に震えてるのを目にした瞬間、考えるより先に手が出てしまったのだ。
「なんかさ、自分がされるより、他人がやられてる場面を見せれらるほうが、ずっと頭にこない?」
『ひゃははははッ! 知らねーよ。ソーニャがお人好しってだけで、普通は逆なんじゃないか?』
純白の衣服に白い翼。
ソーニャの頭上に浮かんでいる、堕落を司る天使フテネルは、目尻に涙を浮かべ笑い転げている。
フテネルの姿は祝福され、奇跡を起こせる者にしか見ることができない。
胸を揉まれるソーニャに対し『やれ! やっちまえ!』とそそのかし、司祭に振るう拳には祝福を与えた。教会西方地区の重鎮が居並ぶなか、フテネルを認識していたのはソーニャとシリルのみだった。
『そんなお前だからあたしは近くにいるんだけどね』
「うん?」
地上で繰り広げられた聖魔大戦終結から100年。
女神フェルシアの教団は、アスタリアの国教と認められ勢力を広げた反面、組織として硬直化し腐敗の様相を呈している。
落ちこぼれ天界での役職を与えられず、地上の観察任務に就いているフテネルが見ても、嘆かわしい限りだ。
女神フェルシアの慈愛も、声を聞こうとしない者達には及ぶはずがない。
激昂したベゼル司祭は「破門だ!」と叫んでいたが、聖女を破門する権限を持つのは、司教か大聖女に限られる。
結果、ソーニャは王都の大聖堂に仕える出世コースから外れ、聖女の称号を得たまま辺境巡回の任を押し付けられることとなった。
故郷の村から王都に来た時も、見るもの全てが新鮮で刺激的な毎日だった。
辺境にはまだ見たことも無い景色が広がっているに違いない。
ソーニャの胸は膨らむ好奇心でいっぱいで、一欠片の不安さえ紛れ込む隙間はなかった。
「王都で堅苦しいお勤めこなせるか不安だったし、ちょうどいいか」
『ちょ、お前何やって――』
ソーニャは複雑に編まれた長い銀髪を解き、懐から取り出したナイフで惜しげもなく切り落とした。
「毎朝結わうの大変だったしね。田舎に戻るならこっちのが楽でしょ?」
『前髪面白いことになってんぞ? せめて後で床屋いけよ』
ぷククと笑いをこらえながらフテネル。
トラーシャの修道院に勤める前、孤児であるソーニャは牧場で牛を追い羊の世話をして過ごしていた。
育ち過ぎた胸をのぞけば、その頃の少年めいた姿に戻ったようだ。
「ソーニャ、貴女その髪」
式典後の宴を抜け出し追ってきたシリルが、変わり果てたソーニャの姿に絶句する。
「シリル。だいじょうぶだった?」
「な……?」
掛けるつもりの台詞を先んじて掛けられ、再び言葉を無くすシリルだったが、すぐに司祭から受けたセクハラを思い出し、首筋まで真っ赤になった。
「わ、私は! あんな事ぐらいで動じたりはしません! 全くもって余計なお世話です!!」
「そうだねぇ。ごめんね」
シリルの剣幕に驚いたソーニャだったが、すぐに微笑み謝ってみせる。
修道院で過ごした6年間、繰り返してきたお決まりのルーチンだ。
「いつもシリルの言ってたとおり、田舎者のわたしに大聖堂でのお勤めは無理だよねぇ」
「貴女はッ――」
さらに怒りを募らせて何かを言い掛けたシリルだったが、うつむき大きく一つ息を吐いて気を落ち着かせると、ソーニャの瞳を真っ直ぐ見つめ宣言した。
「私も一緒に行きます。今のままでは、貴女に勝ち逃げされるようなものですから!」
貴族の家柄で品行方正、成績も常にトップのシリルだったが、奇跡を起こす力だけは、ソーニャのほうが桁違いに優れていた。
教会の重鎮も無視できず、2代揃ってという異例の聖女認定式の運びとなった。シリルはずっとそのことを気にしていたのだ。
(そもそも奇跡の力以外で聖女を決めるってことのほうが茶番だけどな)
にやにやと人の悪い笑みを浮かべたフテネルが見下ろすなか、ソーニャは困った表情で首を傾げた。
「でも、辺境は危険だよ?」
「有事となれば戦場にも立つ。それが聖女の勤めでしょ!」
「ベッドに虫が出るよ?」
「む、虫ッ!?」
「草むらにはカエルとかヘビとかいるし」
「ヘッ……!?」
足が無いのも多いのも。シリルはとにかく虫のたぐいが大の苦手だ。
ソーニャの言葉から想像しただけで、青ざめ脂汗を流しフリーズしている。
「でっ、でも! それでも! それでは貴女だけが!」
「シリルは大聖堂でお勤めしたほうが皆のためになるよ」
「そ、それは――」
ソーニャの言葉にシリルは虚を突かれ口を閉ざす。俯き、泣き出しそうな表情で言葉を探すシリルだったが、ふと何かに思い至った様子で顔を上げ、瞳を輝かせた。
「しかるべき発言力を持つまで時を待ち、教団の腐敗を糺せ。そういうことですのね?」
「うん?」
ソーニャはそこまで考えてはいない。
虫に怯えたシリルがギャン泣きし、ソーニャが捕まえて窓の外に逃がすまでの大騒ぎを避けたかっただけだ。
『ま、適材適所だな。ソーニャがやらかさないよう、あたしがよーく見張っとくから』
「貴女はけしかける側ではなくて?」
へらへらと笑うフテネルに、シリルは疑惑のまなざしを向ける。
それでも、ソーニャが本当の意味で危険な目には合わないのは事実だろう。
なんせ、腐っても女神の使いであるのは事実なのだから。
「それじゃあシリルも元気でね。落ち着いたらお手紙書くね」
聖女であるにもかかわらず、放逐されるソーニャを見送る者はいない。
わずかな荷物を手に去り行くソーニャを、シリルは泣き出すのを必死にこらえた表情のまま、見えなくなるまでずっと見送った。
§
切りすぎた前髪を気にしながら、修道服姿のソーニャは、西へ向かう馬車の荷台でゆられていた。
ひとりてくてく田園沿いの街道を歩いているところを、トラーシャに作物を卸した帰りの農夫に拾ってもらったのだ。
大きな都市の近くは信仰に篤い。追放された身とはいえ、やはり教団関係者というだけで扱いが違う。
だが、これからソーニャが赴く辺境では、女神フェルシアへの信仰を持たない者も多い。
たとえ教団の影響力の及ぶ土地であったとしても、女の一人旅など、首に『襲ってください』と札を下げて歩くような、危険極まる行動だ。
「街の近くなら、修道服のが融通が利く場面も多いけど、辺境では男装のほうが安全だよねぇ」
『そのおっぱいで男装は無理があるだろ』
「おっ!?」
真っ赤になったソーニャが振り回す拳を、フテネルは笑いながら、ふわふわと避ける。
生まれつき女神の強い加護を受けているソーニャの身体は、自然に周囲のマナを取り込み常に体内に巡らせている。
人間よりマナに対する親和性の高い、魔族か妖精の血が流れているのかもしれない。
おかげでこの歳になるまで病気知らず。フテネルに言わせれば、風邪をひかない馬鹿のたぐいなのだが。
多少のケガなら、ソーニャが手をかざすだけであっという間に治ってしまう。
ベゼル司祭に振るったのも、自らの筋力を増強し、同時に癒しの効果を乗せた祝福された拳だ。
おかげでベゼル司祭は顔の形が変わるほどの衝撃を受けながら、同時に治癒され腫れさえ残っていない。
ソーニャがどこまで自覚しているのかは分からないが、ただ強化した拳で殴っていただけなら、追放どころでは済まない惨事になっていたはずだ。
『馬鹿は馬鹿なりに考えてるんだろうね』
「馬鹿っていうな!」
フテネルが見えない農夫にとって、ソーニャはひとり喚きながら拳を振り回す危ない娘でしかない。
「あちゃー、失敗した……」
怯えた農夫に、わずかな距離で馬車を下ろされたソーニャはぼやきつつ、ふたたびてくてくと街道を行く。
いつしか田園の景色は途切れ、あたりは岩と低木の目立つ荒野に変わっていた。
辺境では知らぬ間に、魔族の領地や妖精の森に踏み込んでしまうこともある。
道慣れない旅人が怖い目に合う話は、ソーニャも幼いころ幾つも聞かされた覚えがある。
『橋や四辻、妖精の輪なんかには気を付けろよ。人間とは違って、修道女だからって見逃してはくれないからな』
「修道女じゃなくて聖女だよう」
『追放聖女だろ』
幸い日が完全に落ち切る前に、ソーニャは小さな村に辿り着くことができた。
「宿がないねぇ」
『教会もな』
村で一番大きな家に見当を付け訪ねると、村長はソーニャを快く迎え入れてくれた。
これも修道服が効果を発揮した形だ。
今回の聖女認定式について知らぬげな村長に対し、「修道女じゃなく追放された聖女です」と言い張ろうとするのを、フテネルに止められたのは不本意だったが。
質素だが量は充分な、固いパンと豆のスープで食事を済ませ人心地付くと、ソーニャは部屋の中を見渡した。
暖炉からは薪がはぜる心地良い音が響き、室内を照らすのはろうそくではなくランプの明かり。
初老の村長とその妻の身に付けている衣装は辺境に似合わぬ仕立ての良いもので、商いに成功した街の商人のように見える。
「裕福な村なんですねぇ」
さっきまで歩いてきた荒地の景色にそぐわない室内を見渡し、ソーニャが呟く。
「おかげさまで。女神さまの恩恵にあずかっております」
『空々しいな。そう思うなら教会建てろよ』
「信心の賜物ですねぇ。なにか困りごとはありませんか?」
フテネルの嫌味を聞き流しながら、この村に新たに建てられる教会に勤めるなら司祭も文句はないかなと、ソーニャは頭の片隅で考える。
「そう、困りごとといえば」
村長はもったいぶるような間を取り、
「吸血鬼が出るのでございます」
そう切り出した。
§
100年前に起きた聖魔大戦は、天界魔界、妖精界などの幽世の争いの余波が、現世である地上にもたらされた結果だ。
魔族の住まう西果ての地ルシフェニアを統治する魔王ルキウスと、人類の旗頭であった賢王アルナス、双方の死をもって戦は終わりを告げた。
人間から血を――正確には、血液に含まれるマナを奪い生きる吸血鬼は、聖魔大戦以前から地上に棲みついていた。
荒れ野や墓所に潜み、夜ごと人を襲う吸血鬼は、大戦の折にそのほとんどが駆逐されたが、城を構え、年貢の一部として血を求める高位の吸血鬼のなかには、未だに戦前と変わらぬ暮らしを続けている者も存在する。
「いまさらなんで? 聖魔大戦時にも討伐されず、いままで受け入れられる領主だったんでしょ?」
「さて。マナの不足が原因か、あるいはフェルシア様の教団の伸展に備えてか」
『おぉん? 引っ掛かる言いかただな。イヤミか!?』
大規模魔法の飛び交う大戦の結果、地上のマナは枯渇した。
妖精の寿命は縮まり、魔法を扱えない魔族も増えているという。
魔法を使える人間に至っては、女神フェルシア教団の聖女を含め、全て国に把握され管理下に置かれている。
マナの収穫が減れば取り立ては厳しくなる。100年も経てば状況は変わるもの。村長はそう語った。
「なるほど。それはなんとかしなきゃだよねぇ」
『城を構える吸血鬼は簡単な相手じゃないぞ? 魔族を殺る気満々の、100年前の血の気の多い抗戦派の連中でさえ、戦うのを避けたんだからな!』
「だからこそだよ。そのための聖女でしょ?」
『ああもう、この能天気娘は!』
口では呆れてみせるフテネルだったが、その表情は騒動への期待に満ちていた。
§
この村を含む領地を治めるのは、エルンスト・アメルハウザー伯爵。
魔族としては極東の名家で、聖魔大戦時には人間を含めた領民と領地を護ることを最優先し、早々に賢王の講和の呼び掛けに応じたという。
『墓ならどこでもいい食屍鬼や、人や家系に憑く吸精種と違って、吸血鬼は土地に執着するからな。不死性も土地に結びついてるからこそって奴も多いし』
「ふうん」
アメルハウザーの居城は森を越えた峻険な岩山の上にあるのだという。
とてもじゃないが夜更けに向かえる場所ではない。
「わたし、ほんとに寝てていいの? 見回りしたほうが良くない?」
ソーニャは使用人部屋の寝床を借りるのを断り、家畜小屋に積まれた藁をベッド代わりにしている。
フテネルの指示だ。修道院で初めてベッドを使ったソーニャとしては、特に不満はないのだが。
『これでいい。いや、これが良いんだよ』
途中で荷馬車にも乗れたとはいえ、ソーニャにも少しは聖女認定式典の気疲れや旅の疲れが溜まっていたらしい。
懐かしい家畜と藁の匂いに包まれ、ソーニャはいつの間にか眠りに落ちた。
§
『起きろ、馬鹿!』
「……馬鹿っていうな!」
フテネルの罵声に寝ぼけながらも言い返すソーニャの目の前には、紅い目が光っていた。
蒼白い肌でビスクドールのように美しい少女のものだ。
藁の上にあお向けで眠っていたソーニャに、灰の髪が掛かるほど近く覆い被さっている。
「ひッ」
紅い目に怯えを浮かべた少女は小さな悲鳴を上げ、慌てて身を放そうとする。ソーニャは反射的に少女の細い手首を掴んでいた。
「痛い! はなして!」
「あ、ごめん」
『おい!?』
苦悶の声に手を離すと、少女はひと跳びで壁際まで離れ、暗がりに身を潜めた。
『素直に放す馬鹿がいるか!』
「でも、なんか思ってたのとちがうし」
十を幾つか出たくらいだろう。
怯え切った少女は壁に張り付き、闇の中、ソーニャたちを伺う紅い目だけが光っている。
『思った通りだ。マナが欲しいならまず間違いなく、ソーニャに引き寄せられるだろうからな』
「え、なに? わたし餌だったの?」
『いや、囮だ』
「どっちも変わんないよ! それならそうと言っておいてよ」
相手がアメルハウザー伯爵ならどうなっていたか分からないが、この少女吸血鬼なら聖女であるソーニャの敵ではない。
フテネルに起こされなくとも、胸元に押し込んでいたロザリオの加護だけで、手出しすることも叶わなかっただろう。
「……うっ、うーっ」
「うん?」
威嚇の唸り声かと思われたが、少女は涙目で、必死に泣くのをこらえている様子。
闇になれた目でソーニャがよく見ると、闇色のドレスは汚れ、肩までで揃えた灰の髪は乱れている。
頭に結ばれた赤いリボンすら、力なくくたっとして見える。
「何もしない。なにもしないよ、ほら」
『ソーニャ!?』
ソーニャは微笑みながらロザリオを外すと、両手を広げ敵意のないことを示した。
『馬鹿、いくらなんでも油断しすぎだぞって、あれ?』
「うっ……うわあ~ぁぁぁん!!」
緊張の糸が切れたのか、少女はへたり込み手放しで泣き始めた。
§
「わたしはアリーセ。アリーセ・アメルハウザー」
泣きやむのを辛抱強く待ち話を聞くと、アリーセは聖魔大戦終結後、伯爵が娶った村娘との間に産まれた一人娘だという。
眷属になることを望まなかった母は、アリーセを産み落とし程なく病死したのだと。
「あれ、じゃあわたしより歳上? 子供あつかいしていいの? なんかやりにくいな」
『いや、そこはいいから』
「伯爵は? お父さんはどうしたの?」
「お父さん……起きないの」
『ああ、あれか。マナ不足で』
得心したていのフテネルの言葉で、ソーニャも理解した。
人を娶り人との間に子をなしたアメルハウザー伯爵は、マナが枯渇しようと、領民からより多くの血を搾り取ることを良しとしなかったのだろう。
「アリーセはハーフだから、人間の食べ物でも大丈夫だった。そういうことなの?」
「うん……」
概ね事情を把握したソーニャは、しばし考えるそぶりを見せると、
「よし、おいで!」
「キャ!?」
大きく広げた手でアリーセを捕まえ抱き寄せた。
『なんのつもりだ馬鹿ソーニャ、お前まさか』
「わたしはマナがあり余ってるからねぇ。こんな時のための聖女でしょ?」
ソーニャの胸に埋もれたアリーセは、困惑した表情でふたりのやり取りを聞いている。
「血を吸われるだけで眷属になるわけじゃあないんでしょ?」
『そりゃまあそうだけど……』
吸血鬼が眷属を作るには、血を吸う側の意志と吸われる側の同意が必要になる。
ベースが恐怖であれ信頼であれ、主に生殺与奪の全てをゆだねる意思がなければ、たとえ一滴残らず血を吸い尽されたとしても、眷属にされることはない。
『あーもういいよ! 勝手にしろ!』
やけくそ気味のフテネルの返事ににんまり笑みを返すと、ソーニャは胸元をはだけ、首筋を晒した。
「これでいい? おっぱいにする?」
『ソーニャ!!』
突然のことに目を白黒させていたアリーセだったが、あらわになった白い肌から漂う濃厚なマナの気配には抗えず、ソーニャの首筋に口づけた。
「傷、付けないから」
血液からではなく、直接マナだけを摂るつもりらしい。
くすぐったさと共に、確かに命の源が吸い出される感覚。
喉を鳴らし無心にマナを吸うアリーセを見下ろしながら、ソーニャは胸に温かなものを感じていた。
「お母さんって、こんな感じなのかな?」
『知らん!』
フテネルとしても、アリーセを害する気持ちはこれっぽっちもなかった。
けれど、どこか荘厳ささえ感じさせる二人の姿に、奇妙な苛立ちを抱いていた。
『ちぇッ、ソーニャのくせに!』
いいかんじにマナが抜かれ脱力したソーニャと、いいかんじにお腹がふくれたアリーセは、抱き合ったままうとうとしている。
ひとりふて腐れていたフテネルは、不意に嫌な推測に思い当たり大声を上げた。
「寝るなソーニャ! すぐに伯爵の居城に向かうぞ!」
§
「うえぇぇ……夜に森を行くのは危ないって言ったの、フテネルじゃない」
『それは敵が伯爵だった場合の話だ!』
おでこに張り付く蜘蛛の巣を払いつつ、ソーニャはぼやいた。夜目の効くアリーセの先導で、ソーニャたちは藪を漕ぎ夜の森を急いでいる。
祝福で身体を強化できるとはいえ、ふわふわと浮くフテネルや、己の領地で力を発揮する吸血鬼ハーフのアリーセと比べると、どうしてもソーニャひとり無茶をさせられている気分になる。
「敵じゃなかったんなら、それでいいじゃん」
『村長は伯爵に年貢を納めることもせず、村に降りてくる吸血鬼が伯爵でないと知っていて、あたしらに嘘を教えたわけだよな?』
「うーん?」
鈍いソーニャにも、フテネルの言わんとすることがじわじわ理解できてきた。
「あそこ!」
下弦の月に照らされて、木立の奥にそびえる岩壁が浮かび上がる。
ソーニャには見えないが、アリーセの目にはその上に建つ古城まではっきりと映っているのだろう。
「フテネル、手伝って!」
『落ちんなよッ!』
つづら折りの山道を登る時間が惜しい。
背にコウモリの翼を生やしたアリーセに続き、ソーニャはフテネルの力を借り、カモシカのように垂直の岩壁を駆けあがる。
§
辿り着いた山城《やましろ》は跳ね橋が下ろされ、正門は打ち砕かれていた。
「お父さん!」
駆け込んだ城内のあちこちに荒らされた形跡がある。
幸か不幸か。
焦燥したアリーセの呼び掛けから推すに、踏み込まれたのはアリーセが城を出た直後のことらしい。
押し入った賊は、城の大広間にたむろしていた。
皮の鎧、短弓、短剣、長剣、槍、戦棍。
それぞれ思い思いの装備に身を固め、皆一様に下卑た表情を浮かべている。
人であれ魔族であれ、100年前には誰もが己の大切なもののため、武器を手に戦った。
けれど、今ここにいる連中は、ただ血と荒事を追い求めるだけの、食い詰め傭兵の成れの果てだ。
「なんだ? 混じりもんの娘が帰ったと思ったら、尼さん連れてきやがった」
長剣を担いだ男が頓狂な声を上げた。
男の前には風呂敷代わりの敷物の上に、城中から掻き集めた金製品や装飾品が山と積まれている。
「お母さん!」
賊にとっては価値がなかったのだろう。
額を壊され、無残に切り裂かれた優しげな婦人の肖像画。
悲痛な声を漏らすアリーセを、槍使いが捕まえ後ろ手に捻り上げた。
「探す手間が省けたな。これで依頼は完了だ」
「張り合いがないとぼやいてたところに、ちょうど良い余興が出来たじゃねえか」
賊たちの舐め回すような不躾な視線が、ソーニャの肢体に絡みつく。
「ここで済ませて、娘ともども始末すりゃバレやしねぇ。行きがけの駄賃だ。尼さんにも遊んでもらうか」
長剣の男がにやけ顔で歩み寄り、ソーニャの肩に手を伸ばす。
「伯爵は……アメルハウザー伯爵はどうされたんですか?」
「地下の寝所で眠ってるぜ。柩に辿り着くまでは罠に多少手こずらされたが、木の杭一本で簡単に――」
『おい、やめろ!』
フテネルの制止は一顧だにされず。
ソーニャに顎を打ち抜かれた男は、人形喜劇の操り人形さながら回転しながら宙を舞い、岩壁にぶつかり血の華を咲かせた。
賊たちは何が起こったのかも理解できず、ぽかんとした表情を晒した。
「なん……だ?」
岩壁に打ち付けられ頭を砕かれた長剣の男は、次の瞬間復元した脳で状況把握する間もなく、目の前に歩み寄るソーニャの氷のような蒼い瞳に見据えられていた。
理解が追い付くにつれじわじわと疑問が恐怖に置き換わり、手にした長剣を動かすこともできない。
「ごめんなさいは?」
「な……何?」
左側からの衝撃に首が180度回転し、自らの頸椎が折れる音を聞いた直後、即座に癒され、また正面からソーニャに覗き込まれる。
「ごめんなさいは?」
「……なんだ、こいt――」
下からの衝撃で顎が砕け、岩壁にぶつけた頭蓋が砕け脳髄が零れる感覚を味わい、即座に治され揺れる意識でまた修道女の姿を認識させられる。
「ねえ、ごめんなさいは?」
「ヒッ……やめ――」
賊の仲間がようやく動き出したのは、長剣の男が4度壊され修復されたあとだった。
傷一つなく壁際に座り込む長剣の男はもう、頭を抱え動こうとしない。
短剣使いはいともたやすく奪われた自らの短剣で、手指を落とされる感覚を味わい癒された。
槍使いはソーニャを近づけぬよう遠い間合いで槍を振るったが、もぎ取られた穂先が腹から背を貫く激痛に苦しんだ後、癒された。
短弓使いは放った矢の全てを鏡のように狙った箇所に跳ね返され、床に倒れ込みもがき苦しんだ。
「すぐには死なないから、だいじょうぶだよね?」
即死に近い傷を負えば即座に癒され、致命傷でなければ放置される。
己を待つ責め苦を悟った戦棍の男は、武器を手放し救われる唯一の可能性に賭けようとした。
「ご――」
戦棍の男が謝罪の言葉を口にする前に、ソーニャの繊手が顎に触れ骨を外す。
「聖なるかな。慈愛の女神は悔い改めるものには寛大です。悔い改めるものにはね?」
戦棍で男の手足を一本づつ丁寧に折り砕いていたソーニャは、不意に腰に軽い衝撃を受け、視線を落とした。
灰の髪と紅い瞳を持つ少女が、大粒の涙を浮かべ首を振っている。
「もういい……もうやめて……」
(なんだっけ?――――――――だれだっけ?)
思い出せないのは些細なこと。再び作業を開始しかけたソーニャの頭を、フテネルが全力ではたいた。
『あほう! やめろって言ってるだろ! ちゃんと確認してきた、死んでない。伯爵はまだ滅んでない!』
「……死? ああ、殺しちゃうのは良くないよねぇ……」
ふわりと柔らかい笑みを浮かべると、ソーニャはねじが切れた玩具のように倒れ動かなくなった。
§
倒されたのが自らの寝所の柩のなかであったことが幸いしたらしい。
年経た吸血鬼だけあって、アメルハウザー伯爵は灰化したものの、マナの供給さえあれば、時間は掛かるが蘇るはずだとフテネルは言う。
「いくらわたしがマナを集めやすい身体だとしても、強大な吸血鬼一体復活させるだけ集めるのは大変だよねぇ」
「ママ……」
「ママじゃないけど」
眉をひそめた困り顔を浮かべたソーニャだったが、瞳を潤ませたアリーセに見つめられると、そう無下にも断れない。
「伯爵不在のままアリーセをほうってもいけないしね。どうせ追放された身だし、いろいろ落ち着くまでつきあうよ」
「ママ!」
「ママじゃないけどね?」
『さーて。伯爵は人間と講和を結んだ正式な領主。村長にどんな話を吹き込まれたのかは知らないけど、アスタリアの法ではこいつらのやったことはただの押し込み強盗。怪物退治じゃないからな?』
きれいに片付けられた大広間の壁沿いに一列に並び、傭兵崩れたちは聖歌隊の少年のようにおとなしくしている。
アリーセの淹れてくれたお茶を飲みながら、ソーニャはにこやかに尋ねた。
「村長から、どんな話を聞かされたのかな?」
「村を襲う吸血鬼を退治すれば褒美が出るって!」
「弱ってるから簡単な仕事だって話でした!」
「城にあるものは6:4で持って行って良いって話でしたが、7:3に吹っかけました!」
「馬鹿いらんこと言うな黙ってろ!」
やはり、村長が弱体化した伯爵に、付け込む形で仕掛けたものらしい。
辺境で困っている人たちを、救って歩ければと考えていたソーニャだったが、図らずも最初の人助けがハーフの吸血鬼であるアリーセになってしまった。
「伯爵は、大戦前から変わらず領地を護ってただけなんだから、どう考えても悪いのは村長のほうだね。しかたないな。村長にもちゃんと言って聞かせないと」
ふわりとほほ笑むソーニャの「言って聞かせる」を身をもって味わった男たちは、青ざめ冷や汗を浮かべた後、張り付けた愛想笑いで玩具のように頷き続けた。
§
数か月後、王都大聖堂。
早刷りの瓦版を見ていたシリルは、良き好敵手にしてずっと心の柔らかい部分に居座る大事な友人の記事を目にし、口にした紅茶を噴き出した。
「『追放された第666代聖女、辺境にて城を手に入れ魔王と化す』ですって? ソーニャ、貴女いった何をやらかしてますの!?」
ソーニャとしては筋を通して問題を解決しただけのつもりだったが、傭兵崩れたちが語った「言い聞かせ」の恐ろしさは尾ひれが付き、魔族を護り人を脅かす魔王の再来とまで噂されていた。
女神フェルシア教団の異端審問官、聖女らによる討伐隊が送り込まれるのは、もう少しだけ先の話である。
つづく⇒
「えっ、そんないきなり」
派手に鼻血を噴き出しわめく、でっぷり太った司祭を見下ろしながら、ソーニャは困惑の表情で呟いた。拳は血で汚れている。
「やっぱりグーはマズかったかも……」
§
アスタリア王国西方都市トラーシャ。
誇るべき聖女認定式の場で追放宣告を受けてしまったソーニャだったが、彼女にも言い分はある。
西方地区を取り仕切るベゼル司祭は、聖女の証しであるロザリオを授ける際、当たり前のようにソーニャの胸を揉んだのだ。
自分の胸の大きさが、男性の視線だけでなく手指をも誘うものであることを、ソーニャは嫌というほど理解している。
そこまでは慈愛の笑みで見逃すことができた。
だが、同じく第667代聖女に認定されたシリルが、司祭にお尻をまさぐられ恥辱に震えてるのを目にした瞬間、考えるより先に手が出てしまったのだ。
「なんかさ、自分がされるより、他人がやられてる場面を見せれらるほうが、ずっと頭にこない?」
『ひゃははははッ! 知らねーよ。ソーニャがお人好しってだけで、普通は逆なんじゃないか?』
純白の衣服に白い翼。
ソーニャの頭上に浮かんでいる、堕落を司る天使フテネルは、目尻に涙を浮かべ笑い転げている。
フテネルの姿は祝福され、奇跡を起こせる者にしか見ることができない。
胸を揉まれるソーニャに対し『やれ! やっちまえ!』とそそのかし、司祭に振るう拳には祝福を与えた。教会西方地区の重鎮が居並ぶなか、フテネルを認識していたのはソーニャとシリルのみだった。
『そんなお前だからあたしは近くにいるんだけどね』
「うん?」
地上で繰り広げられた聖魔大戦終結から100年。
女神フェルシアの教団は、アスタリアの国教と認められ勢力を広げた反面、組織として硬直化し腐敗の様相を呈している。
落ちこぼれ天界での役職を与えられず、地上の観察任務に就いているフテネルが見ても、嘆かわしい限りだ。
女神フェルシアの慈愛も、声を聞こうとしない者達には及ぶはずがない。
激昂したベゼル司祭は「破門だ!」と叫んでいたが、聖女を破門する権限を持つのは、司教か大聖女に限られる。
結果、ソーニャは王都の大聖堂に仕える出世コースから外れ、聖女の称号を得たまま辺境巡回の任を押し付けられることとなった。
故郷の村から王都に来た時も、見るもの全てが新鮮で刺激的な毎日だった。
辺境にはまだ見たことも無い景色が広がっているに違いない。
ソーニャの胸は膨らむ好奇心でいっぱいで、一欠片の不安さえ紛れ込む隙間はなかった。
「王都で堅苦しいお勤めこなせるか不安だったし、ちょうどいいか」
『ちょ、お前何やって――』
ソーニャは複雑に編まれた長い銀髪を解き、懐から取り出したナイフで惜しげもなく切り落とした。
「毎朝結わうの大変だったしね。田舎に戻るならこっちのが楽でしょ?」
『前髪面白いことになってんぞ? せめて後で床屋いけよ』
ぷククと笑いをこらえながらフテネル。
トラーシャの修道院に勤める前、孤児であるソーニャは牧場で牛を追い羊の世話をして過ごしていた。
育ち過ぎた胸をのぞけば、その頃の少年めいた姿に戻ったようだ。
「ソーニャ、貴女その髪」
式典後の宴を抜け出し追ってきたシリルが、変わり果てたソーニャの姿に絶句する。
「シリル。だいじょうぶだった?」
「な……?」
掛けるつもりの台詞を先んじて掛けられ、再び言葉を無くすシリルだったが、すぐに司祭から受けたセクハラを思い出し、首筋まで真っ赤になった。
「わ、私は! あんな事ぐらいで動じたりはしません! 全くもって余計なお世話です!!」
「そうだねぇ。ごめんね」
シリルの剣幕に驚いたソーニャだったが、すぐに微笑み謝ってみせる。
修道院で過ごした6年間、繰り返してきたお決まりのルーチンだ。
「いつもシリルの言ってたとおり、田舎者のわたしに大聖堂でのお勤めは無理だよねぇ」
「貴女はッ――」
さらに怒りを募らせて何かを言い掛けたシリルだったが、うつむき大きく一つ息を吐いて気を落ち着かせると、ソーニャの瞳を真っ直ぐ見つめ宣言した。
「私も一緒に行きます。今のままでは、貴女に勝ち逃げされるようなものですから!」
貴族の家柄で品行方正、成績も常にトップのシリルだったが、奇跡を起こす力だけは、ソーニャのほうが桁違いに優れていた。
教会の重鎮も無視できず、2代揃ってという異例の聖女認定式の運びとなった。シリルはずっとそのことを気にしていたのだ。
(そもそも奇跡の力以外で聖女を決めるってことのほうが茶番だけどな)
にやにやと人の悪い笑みを浮かべたフテネルが見下ろすなか、ソーニャは困った表情で首を傾げた。
「でも、辺境は危険だよ?」
「有事となれば戦場にも立つ。それが聖女の勤めでしょ!」
「ベッドに虫が出るよ?」
「む、虫ッ!?」
「草むらにはカエルとかヘビとかいるし」
「ヘッ……!?」
足が無いのも多いのも。シリルはとにかく虫のたぐいが大の苦手だ。
ソーニャの言葉から想像しただけで、青ざめ脂汗を流しフリーズしている。
「でっ、でも! それでも! それでは貴女だけが!」
「シリルは大聖堂でお勤めしたほうが皆のためになるよ」
「そ、それは――」
ソーニャの言葉にシリルは虚を突かれ口を閉ざす。俯き、泣き出しそうな表情で言葉を探すシリルだったが、ふと何かに思い至った様子で顔を上げ、瞳を輝かせた。
「しかるべき発言力を持つまで時を待ち、教団の腐敗を糺せ。そういうことですのね?」
「うん?」
ソーニャはそこまで考えてはいない。
虫に怯えたシリルがギャン泣きし、ソーニャが捕まえて窓の外に逃がすまでの大騒ぎを避けたかっただけだ。
『ま、適材適所だな。ソーニャがやらかさないよう、あたしがよーく見張っとくから』
「貴女はけしかける側ではなくて?」
へらへらと笑うフテネルに、シリルは疑惑のまなざしを向ける。
それでも、ソーニャが本当の意味で危険な目には合わないのは事実だろう。
なんせ、腐っても女神の使いであるのは事実なのだから。
「それじゃあシリルも元気でね。落ち着いたらお手紙書くね」
聖女であるにもかかわらず、放逐されるソーニャを見送る者はいない。
わずかな荷物を手に去り行くソーニャを、シリルは泣き出すのを必死にこらえた表情のまま、見えなくなるまでずっと見送った。
§
切りすぎた前髪を気にしながら、修道服姿のソーニャは、西へ向かう馬車の荷台でゆられていた。
ひとりてくてく田園沿いの街道を歩いているところを、トラーシャに作物を卸した帰りの農夫に拾ってもらったのだ。
大きな都市の近くは信仰に篤い。追放された身とはいえ、やはり教団関係者というだけで扱いが違う。
だが、これからソーニャが赴く辺境では、女神フェルシアへの信仰を持たない者も多い。
たとえ教団の影響力の及ぶ土地であったとしても、女の一人旅など、首に『襲ってください』と札を下げて歩くような、危険極まる行動だ。
「街の近くなら、修道服のが融通が利く場面も多いけど、辺境では男装のほうが安全だよねぇ」
『そのおっぱいで男装は無理があるだろ』
「おっ!?」
真っ赤になったソーニャが振り回す拳を、フテネルは笑いながら、ふわふわと避ける。
生まれつき女神の強い加護を受けているソーニャの身体は、自然に周囲のマナを取り込み常に体内に巡らせている。
人間よりマナに対する親和性の高い、魔族か妖精の血が流れているのかもしれない。
おかげでこの歳になるまで病気知らず。フテネルに言わせれば、風邪をひかない馬鹿のたぐいなのだが。
多少のケガなら、ソーニャが手をかざすだけであっという間に治ってしまう。
ベゼル司祭に振るったのも、自らの筋力を増強し、同時に癒しの効果を乗せた祝福された拳だ。
おかげでベゼル司祭は顔の形が変わるほどの衝撃を受けながら、同時に治癒され腫れさえ残っていない。
ソーニャがどこまで自覚しているのかは分からないが、ただ強化した拳で殴っていただけなら、追放どころでは済まない惨事になっていたはずだ。
『馬鹿は馬鹿なりに考えてるんだろうね』
「馬鹿っていうな!」
フテネルが見えない農夫にとって、ソーニャはひとり喚きながら拳を振り回す危ない娘でしかない。
「あちゃー、失敗した……」
怯えた農夫に、わずかな距離で馬車を下ろされたソーニャはぼやきつつ、ふたたびてくてくと街道を行く。
いつしか田園の景色は途切れ、あたりは岩と低木の目立つ荒野に変わっていた。
辺境では知らぬ間に、魔族の領地や妖精の森に踏み込んでしまうこともある。
道慣れない旅人が怖い目に合う話は、ソーニャも幼いころ幾つも聞かされた覚えがある。
『橋や四辻、妖精の輪なんかには気を付けろよ。人間とは違って、修道女だからって見逃してはくれないからな』
「修道女じゃなくて聖女だよう」
『追放聖女だろ』
幸い日が完全に落ち切る前に、ソーニャは小さな村に辿り着くことができた。
「宿がないねぇ」
『教会もな』
村で一番大きな家に見当を付け訪ねると、村長はソーニャを快く迎え入れてくれた。
これも修道服が効果を発揮した形だ。
今回の聖女認定式について知らぬげな村長に対し、「修道女じゃなく追放された聖女です」と言い張ろうとするのを、フテネルに止められたのは不本意だったが。
質素だが量は充分な、固いパンと豆のスープで食事を済ませ人心地付くと、ソーニャは部屋の中を見渡した。
暖炉からは薪がはぜる心地良い音が響き、室内を照らすのはろうそくではなくランプの明かり。
初老の村長とその妻の身に付けている衣装は辺境に似合わぬ仕立ての良いもので、商いに成功した街の商人のように見える。
「裕福な村なんですねぇ」
さっきまで歩いてきた荒地の景色にそぐわない室内を見渡し、ソーニャが呟く。
「おかげさまで。女神さまの恩恵にあずかっております」
『空々しいな。そう思うなら教会建てろよ』
「信心の賜物ですねぇ。なにか困りごとはありませんか?」
フテネルの嫌味を聞き流しながら、この村に新たに建てられる教会に勤めるなら司祭も文句はないかなと、ソーニャは頭の片隅で考える。
「そう、困りごとといえば」
村長はもったいぶるような間を取り、
「吸血鬼が出るのでございます」
そう切り出した。
§
100年前に起きた聖魔大戦は、天界魔界、妖精界などの幽世の争いの余波が、現世である地上にもたらされた結果だ。
魔族の住まう西果ての地ルシフェニアを統治する魔王ルキウスと、人類の旗頭であった賢王アルナス、双方の死をもって戦は終わりを告げた。
人間から血を――正確には、血液に含まれるマナを奪い生きる吸血鬼は、聖魔大戦以前から地上に棲みついていた。
荒れ野や墓所に潜み、夜ごと人を襲う吸血鬼は、大戦の折にそのほとんどが駆逐されたが、城を構え、年貢の一部として血を求める高位の吸血鬼のなかには、未だに戦前と変わらぬ暮らしを続けている者も存在する。
「いまさらなんで? 聖魔大戦時にも討伐されず、いままで受け入れられる領主だったんでしょ?」
「さて。マナの不足が原因か、あるいはフェルシア様の教団の伸展に備えてか」
『おぉん? 引っ掛かる言いかただな。イヤミか!?』
大規模魔法の飛び交う大戦の結果、地上のマナは枯渇した。
妖精の寿命は縮まり、魔法を扱えない魔族も増えているという。
魔法を使える人間に至っては、女神フェルシア教団の聖女を含め、全て国に把握され管理下に置かれている。
マナの収穫が減れば取り立ては厳しくなる。100年も経てば状況は変わるもの。村長はそう語った。
「なるほど。それはなんとかしなきゃだよねぇ」
『城を構える吸血鬼は簡単な相手じゃないぞ? 魔族を殺る気満々の、100年前の血の気の多い抗戦派の連中でさえ、戦うのを避けたんだからな!』
「だからこそだよ。そのための聖女でしょ?」
『ああもう、この能天気娘は!』
口では呆れてみせるフテネルだったが、その表情は騒動への期待に満ちていた。
§
この村を含む領地を治めるのは、エルンスト・アメルハウザー伯爵。
魔族としては極東の名家で、聖魔大戦時には人間を含めた領民と領地を護ることを最優先し、早々に賢王の講和の呼び掛けに応じたという。
『墓ならどこでもいい食屍鬼や、人や家系に憑く吸精種と違って、吸血鬼は土地に執着するからな。不死性も土地に結びついてるからこそって奴も多いし』
「ふうん」
アメルハウザーの居城は森を越えた峻険な岩山の上にあるのだという。
とてもじゃないが夜更けに向かえる場所ではない。
「わたし、ほんとに寝てていいの? 見回りしたほうが良くない?」
ソーニャは使用人部屋の寝床を借りるのを断り、家畜小屋に積まれた藁をベッド代わりにしている。
フテネルの指示だ。修道院で初めてベッドを使ったソーニャとしては、特に不満はないのだが。
『これでいい。いや、これが良いんだよ』
途中で荷馬車にも乗れたとはいえ、ソーニャにも少しは聖女認定式典の気疲れや旅の疲れが溜まっていたらしい。
懐かしい家畜と藁の匂いに包まれ、ソーニャはいつの間にか眠りに落ちた。
§
『起きろ、馬鹿!』
「……馬鹿っていうな!」
フテネルの罵声に寝ぼけながらも言い返すソーニャの目の前には、紅い目が光っていた。
蒼白い肌でビスクドールのように美しい少女のものだ。
藁の上にあお向けで眠っていたソーニャに、灰の髪が掛かるほど近く覆い被さっている。
「ひッ」
紅い目に怯えを浮かべた少女は小さな悲鳴を上げ、慌てて身を放そうとする。ソーニャは反射的に少女の細い手首を掴んでいた。
「痛い! はなして!」
「あ、ごめん」
『おい!?』
苦悶の声に手を離すと、少女はひと跳びで壁際まで離れ、暗がりに身を潜めた。
『素直に放す馬鹿がいるか!』
「でも、なんか思ってたのとちがうし」
十を幾つか出たくらいだろう。
怯え切った少女は壁に張り付き、闇の中、ソーニャたちを伺う紅い目だけが光っている。
『思った通りだ。マナが欲しいならまず間違いなく、ソーニャに引き寄せられるだろうからな』
「え、なに? わたし餌だったの?」
『いや、囮だ』
「どっちも変わんないよ! それならそうと言っておいてよ」
相手がアメルハウザー伯爵ならどうなっていたか分からないが、この少女吸血鬼なら聖女であるソーニャの敵ではない。
フテネルに起こされなくとも、胸元に押し込んでいたロザリオの加護だけで、手出しすることも叶わなかっただろう。
「……うっ、うーっ」
「うん?」
威嚇の唸り声かと思われたが、少女は涙目で、必死に泣くのをこらえている様子。
闇になれた目でソーニャがよく見ると、闇色のドレスは汚れ、肩までで揃えた灰の髪は乱れている。
頭に結ばれた赤いリボンすら、力なくくたっとして見える。
「何もしない。なにもしないよ、ほら」
『ソーニャ!?』
ソーニャは微笑みながらロザリオを外すと、両手を広げ敵意のないことを示した。
『馬鹿、いくらなんでも油断しすぎだぞって、あれ?』
「うっ……うわあ~ぁぁぁん!!」
緊張の糸が切れたのか、少女はへたり込み手放しで泣き始めた。
§
「わたしはアリーセ。アリーセ・アメルハウザー」
泣きやむのを辛抱強く待ち話を聞くと、アリーセは聖魔大戦終結後、伯爵が娶った村娘との間に産まれた一人娘だという。
眷属になることを望まなかった母は、アリーセを産み落とし程なく病死したのだと。
「あれ、じゃあわたしより歳上? 子供あつかいしていいの? なんかやりにくいな」
『いや、そこはいいから』
「伯爵は? お父さんはどうしたの?」
「お父さん……起きないの」
『ああ、あれか。マナ不足で』
得心したていのフテネルの言葉で、ソーニャも理解した。
人を娶り人との間に子をなしたアメルハウザー伯爵は、マナが枯渇しようと、領民からより多くの血を搾り取ることを良しとしなかったのだろう。
「アリーセはハーフだから、人間の食べ物でも大丈夫だった。そういうことなの?」
「うん……」
概ね事情を把握したソーニャは、しばし考えるそぶりを見せると、
「よし、おいで!」
「キャ!?」
大きく広げた手でアリーセを捕まえ抱き寄せた。
『なんのつもりだ馬鹿ソーニャ、お前まさか』
「わたしはマナがあり余ってるからねぇ。こんな時のための聖女でしょ?」
ソーニャの胸に埋もれたアリーセは、困惑した表情でふたりのやり取りを聞いている。
「血を吸われるだけで眷属になるわけじゃあないんでしょ?」
『そりゃまあそうだけど……』
吸血鬼が眷属を作るには、血を吸う側の意志と吸われる側の同意が必要になる。
ベースが恐怖であれ信頼であれ、主に生殺与奪の全てをゆだねる意思がなければ、たとえ一滴残らず血を吸い尽されたとしても、眷属にされることはない。
『あーもういいよ! 勝手にしろ!』
やけくそ気味のフテネルの返事ににんまり笑みを返すと、ソーニャは胸元をはだけ、首筋を晒した。
「これでいい? おっぱいにする?」
『ソーニャ!!』
突然のことに目を白黒させていたアリーセだったが、あらわになった白い肌から漂う濃厚なマナの気配には抗えず、ソーニャの首筋に口づけた。
「傷、付けないから」
血液からではなく、直接マナだけを摂るつもりらしい。
くすぐったさと共に、確かに命の源が吸い出される感覚。
喉を鳴らし無心にマナを吸うアリーセを見下ろしながら、ソーニャは胸に温かなものを感じていた。
「お母さんって、こんな感じなのかな?」
『知らん!』
フテネルとしても、アリーセを害する気持ちはこれっぽっちもなかった。
けれど、どこか荘厳ささえ感じさせる二人の姿に、奇妙な苛立ちを抱いていた。
『ちぇッ、ソーニャのくせに!』
いいかんじにマナが抜かれ脱力したソーニャと、いいかんじにお腹がふくれたアリーセは、抱き合ったままうとうとしている。
ひとりふて腐れていたフテネルは、不意に嫌な推測に思い当たり大声を上げた。
「寝るなソーニャ! すぐに伯爵の居城に向かうぞ!」
§
「うえぇぇ……夜に森を行くのは危ないって言ったの、フテネルじゃない」
『それは敵が伯爵だった場合の話だ!』
おでこに張り付く蜘蛛の巣を払いつつ、ソーニャはぼやいた。夜目の効くアリーセの先導で、ソーニャたちは藪を漕ぎ夜の森を急いでいる。
祝福で身体を強化できるとはいえ、ふわふわと浮くフテネルや、己の領地で力を発揮する吸血鬼ハーフのアリーセと比べると、どうしてもソーニャひとり無茶をさせられている気分になる。
「敵じゃなかったんなら、それでいいじゃん」
『村長は伯爵に年貢を納めることもせず、村に降りてくる吸血鬼が伯爵でないと知っていて、あたしらに嘘を教えたわけだよな?』
「うーん?」
鈍いソーニャにも、フテネルの言わんとすることがじわじわ理解できてきた。
「あそこ!」
下弦の月に照らされて、木立の奥にそびえる岩壁が浮かび上がる。
ソーニャには見えないが、アリーセの目にはその上に建つ古城まではっきりと映っているのだろう。
「フテネル、手伝って!」
『落ちんなよッ!』
つづら折りの山道を登る時間が惜しい。
背にコウモリの翼を生やしたアリーセに続き、ソーニャはフテネルの力を借り、カモシカのように垂直の岩壁を駆けあがる。
§
辿り着いた山城《やましろ》は跳ね橋が下ろされ、正門は打ち砕かれていた。
「お父さん!」
駆け込んだ城内のあちこちに荒らされた形跡がある。
幸か不幸か。
焦燥したアリーセの呼び掛けから推すに、踏み込まれたのはアリーセが城を出た直後のことらしい。
押し入った賊は、城の大広間にたむろしていた。
皮の鎧、短弓、短剣、長剣、槍、戦棍。
それぞれ思い思いの装備に身を固め、皆一様に下卑た表情を浮かべている。
人であれ魔族であれ、100年前には誰もが己の大切なもののため、武器を手に戦った。
けれど、今ここにいる連中は、ただ血と荒事を追い求めるだけの、食い詰め傭兵の成れの果てだ。
「なんだ? 混じりもんの娘が帰ったと思ったら、尼さん連れてきやがった」
長剣を担いだ男が頓狂な声を上げた。
男の前には風呂敷代わりの敷物の上に、城中から掻き集めた金製品や装飾品が山と積まれている。
「お母さん!」
賊にとっては価値がなかったのだろう。
額を壊され、無残に切り裂かれた優しげな婦人の肖像画。
悲痛な声を漏らすアリーセを、槍使いが捕まえ後ろ手に捻り上げた。
「探す手間が省けたな。これで依頼は完了だ」
「張り合いがないとぼやいてたところに、ちょうど良い余興が出来たじゃねえか」
賊たちの舐め回すような不躾な視線が、ソーニャの肢体に絡みつく。
「ここで済ませて、娘ともども始末すりゃバレやしねぇ。行きがけの駄賃だ。尼さんにも遊んでもらうか」
長剣の男がにやけ顔で歩み寄り、ソーニャの肩に手を伸ばす。
「伯爵は……アメルハウザー伯爵はどうされたんですか?」
「地下の寝所で眠ってるぜ。柩に辿り着くまでは罠に多少手こずらされたが、木の杭一本で簡単に――」
『おい、やめろ!』
フテネルの制止は一顧だにされず。
ソーニャに顎を打ち抜かれた男は、人形喜劇の操り人形さながら回転しながら宙を舞い、岩壁にぶつかり血の華を咲かせた。
賊たちは何が起こったのかも理解できず、ぽかんとした表情を晒した。
「なん……だ?」
岩壁に打ち付けられ頭を砕かれた長剣の男は、次の瞬間復元した脳で状況把握する間もなく、目の前に歩み寄るソーニャの氷のような蒼い瞳に見据えられていた。
理解が追い付くにつれじわじわと疑問が恐怖に置き換わり、手にした長剣を動かすこともできない。
「ごめんなさいは?」
「な……何?」
左側からの衝撃に首が180度回転し、自らの頸椎が折れる音を聞いた直後、即座に癒され、また正面からソーニャに覗き込まれる。
「ごめんなさいは?」
「……なんだ、こいt――」
下からの衝撃で顎が砕け、岩壁にぶつけた頭蓋が砕け脳髄が零れる感覚を味わい、即座に治され揺れる意識でまた修道女の姿を認識させられる。
「ねえ、ごめんなさいは?」
「ヒッ……やめ――」
賊の仲間がようやく動き出したのは、長剣の男が4度壊され修復されたあとだった。
傷一つなく壁際に座り込む長剣の男はもう、頭を抱え動こうとしない。
短剣使いはいともたやすく奪われた自らの短剣で、手指を落とされる感覚を味わい癒された。
槍使いはソーニャを近づけぬよう遠い間合いで槍を振るったが、もぎ取られた穂先が腹から背を貫く激痛に苦しんだ後、癒された。
短弓使いは放った矢の全てを鏡のように狙った箇所に跳ね返され、床に倒れ込みもがき苦しんだ。
「すぐには死なないから、だいじょうぶだよね?」
即死に近い傷を負えば即座に癒され、致命傷でなければ放置される。
己を待つ責め苦を悟った戦棍の男は、武器を手放し救われる唯一の可能性に賭けようとした。
「ご――」
戦棍の男が謝罪の言葉を口にする前に、ソーニャの繊手が顎に触れ骨を外す。
「聖なるかな。慈愛の女神は悔い改めるものには寛大です。悔い改めるものにはね?」
戦棍で男の手足を一本づつ丁寧に折り砕いていたソーニャは、不意に腰に軽い衝撃を受け、視線を落とした。
灰の髪と紅い瞳を持つ少女が、大粒の涙を浮かべ首を振っている。
「もういい……もうやめて……」
(なんだっけ?――――――――だれだっけ?)
思い出せないのは些細なこと。再び作業を開始しかけたソーニャの頭を、フテネルが全力ではたいた。
『あほう! やめろって言ってるだろ! ちゃんと確認してきた、死んでない。伯爵はまだ滅んでない!』
「……死? ああ、殺しちゃうのは良くないよねぇ……」
ふわりと柔らかい笑みを浮かべると、ソーニャはねじが切れた玩具のように倒れ動かなくなった。
§
倒されたのが自らの寝所の柩のなかであったことが幸いしたらしい。
年経た吸血鬼だけあって、アメルハウザー伯爵は灰化したものの、マナの供給さえあれば、時間は掛かるが蘇るはずだとフテネルは言う。
「いくらわたしがマナを集めやすい身体だとしても、強大な吸血鬼一体復活させるだけ集めるのは大変だよねぇ」
「ママ……」
「ママじゃないけど」
眉をひそめた困り顔を浮かべたソーニャだったが、瞳を潤ませたアリーセに見つめられると、そう無下にも断れない。
「伯爵不在のままアリーセをほうってもいけないしね。どうせ追放された身だし、いろいろ落ち着くまでつきあうよ」
「ママ!」
「ママじゃないけどね?」
『さーて。伯爵は人間と講和を結んだ正式な領主。村長にどんな話を吹き込まれたのかは知らないけど、アスタリアの法ではこいつらのやったことはただの押し込み強盗。怪物退治じゃないからな?』
きれいに片付けられた大広間の壁沿いに一列に並び、傭兵崩れたちは聖歌隊の少年のようにおとなしくしている。
アリーセの淹れてくれたお茶を飲みながら、ソーニャはにこやかに尋ねた。
「村長から、どんな話を聞かされたのかな?」
「村を襲う吸血鬼を退治すれば褒美が出るって!」
「弱ってるから簡単な仕事だって話でした!」
「城にあるものは6:4で持って行って良いって話でしたが、7:3に吹っかけました!」
「馬鹿いらんこと言うな黙ってろ!」
やはり、村長が弱体化した伯爵に、付け込む形で仕掛けたものらしい。
辺境で困っている人たちを、救って歩ければと考えていたソーニャだったが、図らずも最初の人助けがハーフの吸血鬼であるアリーセになってしまった。
「伯爵は、大戦前から変わらず領地を護ってただけなんだから、どう考えても悪いのは村長のほうだね。しかたないな。村長にもちゃんと言って聞かせないと」
ふわりとほほ笑むソーニャの「言って聞かせる」を身をもって味わった男たちは、青ざめ冷や汗を浮かべた後、張り付けた愛想笑いで玩具のように頷き続けた。
§
数か月後、王都大聖堂。
早刷りの瓦版を見ていたシリルは、良き好敵手にしてずっと心の柔らかい部分に居座る大事な友人の記事を目にし、口にした紅茶を噴き出した。
「『追放された第666代聖女、辺境にて城を手に入れ魔王と化す』ですって? ソーニャ、貴女いった何をやらかしてますの!?」
ソーニャとしては筋を通して問題を解決しただけのつもりだったが、傭兵崩れたちが語った「言い聞かせ」の恐ろしさは尾ひれが付き、魔族を護り人を脅かす魔王の再来とまで噂されていた。
女神フェルシア教団の異端審問官、聖女らによる討伐隊が送り込まれるのは、もう少しだけ先の話である。
つづく⇒