あいかわず、アシェルは、
ハシビロコウのシャウトを見張り役にして、
ボイスレッスンを防音室で
行っていた。

「あ、か、さ、た、な、
 は、ま、や、ら、わ!」

 何度も繰り返し、噛まないように
 叫んでいると、
 シャウトが天井ギリギリに
 バサーとこちらに向かって飛んでくる。

 滅多に飛ばないとされるハシビロコウ。
 貴重な場面を見ているのに、
 アシェルは怖がって、逃げ回る。
 
 何も話さないシャウトは、いつも
 ずっとこちらを見続けては、
 時々静かに
 居眠りしている。

 監視役がサボっていても、
 イライラするが、
 めげずに発声練習を続けていた。

 バタンと大きな音を立てて、
 ドアが開いた。


「アシェルさん!?
 練習してるところ、すいません!!!!」


 血相を変えて中に入ってきたのは、
 ひよこのルークだ。

 ルークが来たと分かると、
 シャウトは目をギラギラ充血させて、
 目を覚ました。

 調子がいいなとアシェルは腹が立つ。

「黄色くん、何かあったの?!」

「いやいや、
 緑じゃないことは確かですけど…。
 そう言ってる場合じゃないです。
 大変なんですよ!!!
 アシェルさんが動画配信で歌あげたもの
 あるじゃないですか!!」

「あ、俺の?
 少しバズった歌のこと?
 最近、全然、アクセスしてなかったけど、
 何、再生回数でも増えた??」

「増えるも何も…まずいですよ!!
 アカウントが盗まれています!!」

「え?????」

 頭に何個も疑問符が浮かぶ。
 アカウントが盗まれるって
 どういうことだと理解するまでに
 時間かかった。

「誰がやったかわかりませんが、
 おそらく、ハッカーと呼ばれる人に
 乗っ取られて、名義を変更されています。
 そして、そのまま、
 動画配信を別な方が次々新しい動画を
 配信しているんですよ。
 でも、これ、どう見ても、アシェルさんと
 同じ狼ですよ。 
 髪色は少し違うようですが…。」

 アシェルは、ルークのスマホから
 映し出される動画映像を
 透明ディスプレイで見た。

「マジか!? 
 ……てか、この狼、どっかで見たこと
 あるような。
 目元とか隠してるけど、頭の色とか
 誰だっけなぁ。」

 腕を組み、顎に指をあてて、考えた。

「え、お知り合いなんですか?」


「あーーーーー、オーディション。
 赤ずきんの。
 あの時に狼役で選ばれた、
 ロックってやつだ。
 覚えているよ、雰囲気とか。
 落とされたから、腹立つくらい
 頭の先から足先まで、見たもんね。」

「…そうなんですね。
 ジェマンドさんの企みの可能性が
 出てきましたか。
 本当にボスは嫉妬されますね。
 因縁の相手ですから。
 絶対、こちらの作戦読まれてる
 ような気がします。
 どこから漏れたのか。」


「あ、悪いけど。
 俺、まめに管理してないのよ。
 登録パスワードとか。
 適当に誕生日とか、自分の名前とか
 入れてるからばれたのかもしれない。」

「簡単にアクセスができたってことかも
 しれないですね。
 メールアドレスとかって
 オーディションしたときに
 記入しました?」


「うん、普通に。
 いつも使ってるやつ書いてたかな。」

「アシェルさんの個人情報
 ダダ漏れってことですね。
 その、
 ロックさんに
 歌を盗まれてしまったので、 
 もう、アシェルさんの歌として、
 使えなくなりました。
 二番手ってことになり、
 カバー曲になってしまいます。
 いくらこちらが正当性を訴えても
 難しいところあるんですよね。」


「俺、別にあの歌に執着ないよ?
 確かに再生回数多くなったみたいだけど
 1人でやったからさ。
 何か、実感わかなくて。
 人数多い方が盛り上がるじゃん?
 新曲の方で勝負しようぜ!
 まぁ、評価されてることは
 嬉しいけどね。」

「ポジティブ~。
 なんか、アシェルさん
 そんな感じでしたっけ?
 こじきみたいな格好してたのに
 随分おしゃれになってますもんね。」

「おかげさまで、お給料いただいてますから
 微々たる額でも頑張ろうかなって、
 いつかはビックになって売れてやるって
 思ってるから!」

「えー、そう思うなら、
 スプーン内職手伝ってほしいです。」

「悪い。俺、手先は器用じゃないんだわ。
 歌では頑張るから。」

「……確かに手が大きすぎますしね。
 期待はしてませんけど。
 ま、頑張ってください。
 そしたら、盗まれたものは
 残念でしたってことで
 新たなIDとパスワード作ってください。
 私が管理しますから。
 この紙に書いてください。」

 ルークは持っていた小さなメモ紙を
 アシェルに渡したが、あまりにも小さくて
 書けなかった。

「なぁ、俺に書けると思って渡してる?」

「あ、ごめんなさい。
 手先が不器用でしたね。
 そしたら、メールで送ってもらえます?」

 ちょっとした意地悪をした。
 小さなひよこはこういうメモを
 使ってるんだぞと言いたかった。

「初めからそういえば良いじゃないか。」

「それもそうですね。
 動画配信は、こまめに練習風景でも
 いいので載せていきましょう。
 シャウトも映っていると
 撮れ高あると思うので。」

「は? こいつも?
 てか、何も言わないじゃん。」

「今、意外とハシビロコウ人気なんですよ。
 アシェルさんより見たい人いっぱい
 いると思います。
 広報として役立ちますって。
 ね、シャウト!」

 シャウトは
 いつも見ないくらいの速さで大きく
 頷いた。

 ルークには勝てない上下関係のようだ。

「あ、そう。
 まぁ、やってみようか。
 動画配信のアプリ決めたら、
 教えてくれよ。」

「わかりました。
 この事件とともに
 ボスと話し合ってアプリを決めますね。
 あと、時々、みなさんとセッション動画も
 載せたいので、集まる日を決めてもらって
 いいですか?」


「え?」


「だから、リーダーでしょう。」


「は?」


「聞いてませんでした?
 アシェルさん、
 このバンドのリーダーですから、
 取りまとめてくださいね。」

「俺がリーダー??」

「はい!
 よろしくお願いします。」

 ルークはニコニコとアシェルの
 両手を握る。

 ため息をつきながら
 致し方なく受け入れた。


 シャウトはお腹が空いたのか
 ご飯を1人黙々と食べていた。


 アシェルの額に筋が走る。
 
  
 音楽で成功するまでの
 まだまだ道のりは長そうだ。