朝を迎えて、天峰の言うように星々が白む空に溶けていくのを見た。やがて青空が広がる頃には雲の輪郭がはっきりとして、星の姿は消える。かろうじて、白い月の姿がそこに浮かんでいた。

来た道を戻る車の中で、わたしも天峰も眠っていた。

わたしだけが目を覚ますタイミングがあって、そこでマコトさんに尋ねたことがある。


「マコトさんって、もしかして、速人(はやと)くんのお兄さん?」
「お、気付いた? まあ、わかるよな。顔似てるし」
「うん、似てる」


ずっと、どこかで見たことのある顔だと思っていた。速人くんは二年前に同じ病院で亡くなった5つ年上の男の子だ。わたしと天峰のことをすごく可愛がってくれていて、わたしたちが大きくなる頃にはこの病気は治せるようになっているからと、優しい嘘を残していなくなった。


「天峰とはずっと連絡を取っていて、どうしてもっていうから、昨日迎えに行ったんだ。正しくはないんだろうな。下手したら犯罪だし、何か起きたときの責任を全部覚悟しているかって言われたら、そうでもない。でも、俺、速人を連れ出してやれなかったから。『兄ちゃん、どっか連れてって』って声がずっと頭ん中に残ってる。一晩あればこんなに遠くまで行けるのに、なんで叶えてやらなかったんだろうな」
「マコトさんは、何も間違えていないです。正しさは、わたしには説けないけれど、少なくとも、間違えていない」
「俺も、そう思うよ。いつだって、後悔しないのは難しい。でも、今朝車に戻ったときの天峰と遥さんの顔を見たらさ、こうして良かったって思えたんだよ。だから、ありがとうな」


リスクを背負っているのはマコトさんもそうだ。一日一日を何とか繋いでいる状態のわたしたちという爆弾を載せてこんなにも遠くまで来てくれた。感謝の言葉を尽くしても足りない。

きっともう、会うことはないだろう。こんなにも底なしの優しさを持つマコトさんがこの一件を咎められることが決してないようにしなければいけない。そのために、今日を生きて、明日も、生きる。


病院から少し離れた場所に車を停めて下ろしてもらった。マコトさんはすぐには立ち去ろうとせず、車の外に出てわたしたちを見送ってくれた。病院までの僅かな距離を天峰と手を取り合って歩く。

天峰は車を降りるときにマコトさんの肩に額を押し当てて、何度もありがとうと伝えていた。それきり、言葉を発しない。

病院に着いたら、わたしたちは引き離される。病室が違うし、そもそも、元のベッドに戻ることはできないだろう。自分の体の状態のことだから、よくわかる。天峰の青白い顔を指の背ですりっと撫でると、顔を上げてわたしに向けて微笑む。


「遥」
「なに、天峰」
「俺たち、どうして、死ぬんだろう」


足を止めた。もう、体が重くて動けない。それは天峰も同じのようで、二人して地面に座り込む。

天峰は泣いていた。ぼたぼたと大粒の涙が目の縁に込み上げては頬を伝い落ちていく。だから、天峰の両頬を包んだ。


「死にたく、ねえな。もっと、生きたい」


人生に希望はもう残されていない。まっさらな体になりたい。空っぽでいいから、一からやり直しでいいから、生きていたい。等価に値するものが何もない。命を尊ぶべき理由をこんなにも理解しているのに、それでも手が届かない。気休めはいらないだろう。奥歯をぎりっと噛み締めて、天峰の頬をぺちりと叩く。


「いいの、それで」
「……なん、」
「最後の会話、それでいいの」


わたしの言葉に天峰は目を見開いた。涙の粒を乗せてしなるまつ毛が綺麗だった。目を細めて、笑って、それから。


「やっぱり、もいっかい、キスしときゃよかったな」
「ばっかじゃないの」


さいごのときに幸せだなんて口にしないんだ。だって、幸せが常に手のひらにあるほど、わたしたちの人生は満ち足りていない。後悔は残したままだろう。綺麗なさようならを必死で作るくらいなら、気の利いた冗談をと、そんなところだろうか。それにしては、真っ直ぐな瞳をしていた。