ファミレスを出てしばらく車を走らせると、海沿いの商業施設の明かりが見えた。ネオン色の観覧車を見つけ、いいなあと思っていると、天峰がそこに行きたいと言ってくれた。代弁してくれたというよりは、本当に行きたくなったのだろう。車はすいっと進行方向を変えて、施設内の駐車場に入っていった。

観覧車のチケットを買う間に、天峰はトイレに行くと言い残してどこかへ行ってしまった。マコトさんと二人残されて、何か話さなきゃと話題を探す。そんな様子を気にもせず、マコトさんは手すりにもたれてじいっとわたしを見ていた。わたしもマコトさんを真っ向から見つめる。

やっぱり、誰かに似ている。でも、気のせいかもしれない。自分から聞くことはできなかった。もし、わたしの思う通りだとしても、マコトさんと過去に面識がないことに変わりはない。


「あの……」
「うん?」
「天峰のことなんですけど、平気そうに装っていて、たぶん全然平気じゃないと思うんです。きつそうなの、わかるから。だから、本当に苦しそうだったら、天峰が何を言っても帰ってほしくて、おねがい、します」


車内でも顔をしかめたり、頭を押さえるような仕草を見せていた。相当きついのだと思う。もしものことが、今起きても、おかしくない。トイレで倒れてはいないかという心配は、向こうから走ってくる姿を見ていると一先ずは無くなるけれど、一分先一秒先はわからない。

会話が聞こえる距離に天峰が来る前に、マコトさんに向き直り、お願いします、と頭を下げる。


「天峰も同じことを言ってたよ。遥さんがきつそうだったら、すぐに帰るからって。わかってる。どちらかの様子が変だと思ったら、引き返すよ。近くの病院も押さえてるから、安心して」


微笑みながらそう言うけれど、マコトさんの瞳は真剣そのものだった。この人なら大丈夫だと確信して頷き返し、天峰を迎える。


観覧車に乗り込むと、凡そ8分で地上に戻るという短いアナウンスの後に狭い空間に沈黙が落ちる。進行方向の座席にわたしと天峰が座り、向かい側にマコトさんがいる。窓の外の西日が眩しい。夕焼けを見つめていると、自分のまつ毛の先が輝いて、まるで世界がきらめいているようだった。その世界の真ん中に天峰を映す。

最初で最後の観覧車。背筋がつんと冷えて足が竦む心地になるのは、狭いゴンドラが風に煽られて揺れるのが怖いからだ。きっと、それ以外の理由なんてない。間もなく頂上に差し掛かるというときに、天峰がやっと口を開く。


「この観覧車、頂上を通るときに赤く光るんだってさ」
「へえ、って、中から見えないのに?」
「そう、それ思った。三秒光るってポスターに書いてあって……あとあれ、観覧車の頂上で愛を誓うと永遠になるとかありきたりなやつ」


途中から話がすり変わって、何言ってるんだこいつって思いながらマコトさんを見遣る。目が、合っていた。わたしではなくて、マコトさんと天峰の視線が定規で線を引いたようにばっちりと。二人して目を見開いて瞬いたかと思うと、天峰がバッと自身の口元を覆う。


「マコトさんとっ……!?」
「やめろ気色悪い」
「ひっでぇの」


けらけら、からから、と笑う二人に便乗してわたしも少しだけ笑った。わたしたちの乗るゴンドラが一番上を通過するとき、窓の縁が赤く光るのが見えた。いち、にい、さん。誰も愛を誓わないし、夢や願いを語ることもない。ゆっくりと下降していく、残り一分。お互いに反対の窓の外を眺めながら、無造作に置いていた手が触れ合うと、どちらからともなく握った。あたたかい手だった。

地上に降りると握っていた手は自然と解かれる。店内を見て回る? とマコトさんに声をかけられたけれど、断った。車内で軽く食べられそうなものと飲み物を購入し、車に戻る。後部座席に乗り込むと、天峰の頭が肩にもたれてくる。


「ごめん、車が傾いた」
「言い訳下手くそか。いいよ、そのままで」
「うん、じゃあ、借りる」


わたしが天峰にできることなんていくつもない。肩を貸したところで、呼吸を落ち着かせる手伝いはできないし、苦痛を取り除いてあげることもできない。相反するように、わたしの体は平常だった。気遣わしげに天峰の様子を窺うマコトさんに、大丈夫の意味を込めて頷くと、車は夜に向かって発進した。