「したいこと、全部しようぜ」


ヒーローショーを目の前にした子どものように、キラキラと輝く目。欲が出ることが怖くないのだろうか。ひとつ夢が叶ったら、叶うということを知ってしまったら、次を望んでしまうのが人間なのに。一度は効果の出た治療に裏切られたことは数知れず、期待は恐ろしいと知っている。天峰もそうでしょう。本音はその輝きの裏側にでも隠しているだけだ。でも天峰に言うことすることに、裏があったことが一度でもあっただろうか。愚直過ぎて、目も当てられない馬鹿。でも眩しかったのは、羨ましかったからかもしれない。ほんの、少しだけ。


したいことも、夢も大してない。天峰にそれを聞いたこともなかったけれど、きっとわたしよりも大層な夢を持っているのだろう。時間を、受け渡すことができたらいいのに。天峰のための一日なら、苦痛も耐えられる気がした。一日だけなら、終わりがそこにあるのなら。


「わたしの時間、あげられたらいいのに」


気付けば、そう口にしていた。天峰はきょとんと目を瞬かせて、手を伸ばしたかと思うと無遠慮にわたしの頭を掻き回した。


「だったらその時間、俺のしたいことに付き合ってもらうだけ」
「ちょっと、やめてよ」
「天寿、全うしようぜ」


馬鹿じゃないのか。いや馬鹿だとは知っている。でもそれ、本気で言っているのなら天寿の意味を辞書で引いた方がいい。喉を震わせて、声を出して、口を開けて笑いながらも、天峰の顔色は決して良くない。つい数日前までベッドから起き上がることもできずにいたのだ。きっと、今も本調子ではない。本当に、最後っ屁のようなものなのかもしれない。

何と声をかけていいのかわからずにいると、天峰はハッと目を見開いて運転席に体を乗り出す。


「マコトさん、俺パフェ食いたい。でっかいやつ。顔よりでかくてアイス山盛りの!」
「そこのファミレスに寄るか」
「ちっげえよ、ファミレスにデカパフェないだろ」
「食いきれなくて残すのが目に見えてんだよ」
「でかいパフェじゃないと意味がない!」


ぎゃあぎゃあと一方的にやかましい。再び窓の外を眺め、耳を塞いだ。車はマコトさんの宣言通りにファミレスへ。夜ご飯には早い時間だからか席は空いていた。天峰はフードメニューを一切見ずにデザートメニューを開き、ほらみろでかいパフェがないと小声で騒ぐ。向かい側に座ったマコトさんが天峰を無視してわたしにメニューを見せてくれた。


「どれがいい?」
「わたし、お金持ってきてない」
「いいよ。俺の奢り。好きなの選びな」


分厚い体躯に刈り上げられた短い髪。吊り上がった目は鋭いけれど、声音は優しかった。マコトさんの厚意に甘えることにして、ページをいったりきたり。なかなか決めきれずにいる間も、急かすことなく待っていてくれた。ふと感じる視線を辿ると、優しげな顔立ちに誰かの面影を感じた。


「決めた。チョコレートパフェにいちごアイス、バニラアイス、チーズケーキとガトーショコラで俺が究極のパフェを作る」
「やめとけ。小遣い足りないだろ」
「マコトさんの奢りだよな!?」


また隣でぎゃあぎゃあと騒いだのち、一足先に店員を呼びつけて、先程の宣言通りの注文をする。わたしも二択まで絞れていたうちの一つ、オムライスを注文。マコトさんはメインの食事を頼まず、ポテトや唐揚げ、サラダといった軽くつまめるものを注文していた。

窓の外の空は少しずつ、夜に向かっていく。今頃院内では騒ぎになっているだろう。連絡のいく保護者がいないから幾分か気が楽だった。わたしに家族はいない。施設の職員が何度か面会に来たけれど、都度人が変わる。慣れてもいないし、覚えてもいない。もしも警察が動いたら、わたしは何時間で、何日で、見つかってしまうのだろう。


そんなことを考えている間に注文した品が運ばれてきた。つるっと綺麗な黄色い山。ナイフで切り込みを入れて割るととろとろの黄身が溢れ出る。これをしたいがためにオムライスを選んだ。スプーンを口に運んで噛み締めると、ぼろっと涙が落ちた。


「え」
「遥!? どうした、舌噛んだか?」
「わ、わかんない、美味しくて。美味しかった、から」


病院のご飯にだって味はある。いらないと思う日はあっても美味しくないと感じることは少ない。初めて口にするわけでもないのに、どうしてか、喉がじんと震える。それでもスプーンを止めずに頬張っていると、天峰が車内で一度見たときと同じ顔をしていた。きょとん、と。


「んははは! 飯が美味くて泣くって! こんなファミレスの飯で、いいな、しあわせじゃん」
「そうだね、こんなファミレスで」


しあわせ、と聞いて、ああこれは幸せなんだってどこか遠くで答えを見つけたような感覚に陥る。手繰り寄せようとしても現実味がなくて。だって幸せを間近に感じたことなんて数えるほどしかないから。

おまえら二人とも失礼なこと言ってるぞ、とマコトさんに静かに叱られて、お互いに慌てて口を噤む。天峰は間もなく届いたデザートを手ずから盛り付けて、歪なパフェを完成させていた。マコトさんの注文した品を分けてもらってつまみながら、天峰のパフェにも手に伸ばす。

俺の分がと言いながら、駄目だとは言わなかった。あれだけ気合いを入れていたのに、全て食べ切るのはきつそうで、途中からマコトさんも参戦してくれていた。甘ったるい口の中に塩味のポテトを放り込む。贅沢だなあ、と噛み締める。今度は涙は出なかった。