雨宮を後ろに乗せ、二人乗りで自転車を走らせるうち、正直「なんでこんなことやらかしたんだ……」という思いがよぎったのは事実だ。けれど、あたしの背中につかまる雨宮が小さく震えているのに比べれば、ほかのことはぜんぶ取るに足らないものばかりだ。

 川沿いの公園に自転車を停め、雨宮に上着を羽織らせベンチに座らせた。

 自販機が見えたので、落ち着かせるために何か飲みものを買うことにする。雨宮はいつも何を飲むんだろう。日頃のすました言動から推すに、無糖のブラックコーヒーあたりのような気がする。

「……ありがとう」

 プルタブを開けて渡したミルクティーの缶を、すこしの躊躇のあと、雨宮は大事そうに両手でつかんだ。
 時期的に温かいのか冷たいのかで迷ったけど、こんな時には甘くて温かいものがいいに決まってる。
 あたしはじぶんの分のアップルティーの缶で手を温めながら、一人分の間を空け、雨宮の隣に腰を下ろす。
 夜の公園には誰の姿もない。ひとりきりなら、絶対に来ることのない時間帯だ。

「くっ……ふふふ……あはははは」

 緊張の糸が切れたのか。アップルティーの缶を握る手がかすかに震え、あたしの口から笑い声がもれる。
 そんなあたしを、雨宮はあっけにとられたように見つめていたが、少しだけ口元を綻ばせた。

「百地さんは、買い物はいいの?」
「あたしの目当てはこれだから。売ってくれないだろ?」

 ポケットから電子タバコをのぞかせると、雨宮は呆れたように眉を上げ、いつものお小言を始めかに見えたが――

「私も校則違反のアルバイトしてたからおあいこね」

 ――人差し指を唇の前に立て、悪戯っぽくウィンクして見せる。
 へえ。こんな表情も見せるんだ。

「バレエの教室に通わせて貰ってるんだけど、うちって母子家庭だから。自分の使う分は自分で稼ぎたかったんだけど、上手く行かないものね」

 うちの学校にはバレエ部がないが、部活参加は必須なため新体操部に所属しているのだとか。苦笑まじりの雨宮の告白に、あたしは罪悪感を覚えた。
 こうなってしまっては、あのドラッグストアでのアルバイトは、続けることはできないだろう。あたしは半端な正義感で、余計なことをしてしまったのではないか。

「校則違反と知りつつ、時給の良いシフトに入れてくれたのは、店長にも下心あってのことだからね。ボディタッチが露骨になってきてたから、辞める口実が出来てせいせいしたわ」

 大きく伸びをし、雨宮は吹っ切れたような台詞を吐く。
 けれどその表情は、どこか諦め交じりのようにも見えて。

「あの……あたしは、あたしはね!」

 奇妙な義務感に急き立てられるまま、あたしは誰にも話していない秘密をぶちまけ始めた。

 中学のとき、いじめられて不登校になったこと。
 そのころに電子タバコに手を出したけど、お酒のほうははダメだったこと。
 高校デビューでキャラを変え、コトコや軽音部のメンバーと友達になれて、ギターに夢中になったこと。

「そう」

 あたしの自分語りを、雨宮は何も言わずに、ただうなづいて聞いていてくれた。

「……だからね、あたしは……あたしも……」

 だから何だというんだ。
 自分でも意図の分からない告白に結論を付けられず、話し過ぎたとも話し足りないとも付かぬ焦燥感でいっぱいのまま、言葉に詰まる。
 そんなあたしと目をじっと合わせたあと、雨宮は深く頭を下げた。

「ごめんなさい。私、百地さんのこと、何の苦労もなく学校に通わせて貰ってるのに、まじめに勉強しない不良だと決め付けてた」

 ……不良? いまどき不良って……

「いいよ。あたしも雨宮のこと、いけすかない苦労知らずのお嬢様だと思ってたし……」
「でもその髪の色は似合ってない。もっと大人しめの方が可愛いと思う」
「か、可愛い?……そ、それ、この流れで言うこと!? でも……ありがとな」
「今度、その電子タバコってやつ、私にも試させてくれる?」

 すっかり温くなっているであろうミルクティーを飲み干すと、雨宮は悪戯っぽく笑って見せた。