「だりぃ……」
学園祭まであと一週間を切っている。
軽音部の活動だけでもいつも以上に熱を入れているのに、クラス演劇の主要キャストの練習までこなそうとすれば、当然のように帰宅は遅くなり睡眠時間が削られる。
それになにより、雨宮と過ごす時間が多くなったことに神経を削られる。
以前よりほんの少し当たりが柔らかくなったようにも思うけど、それはみっともなく泣き顔を晒してしまったあたしのほうが、強く出れなくなっただけなのかもしれない。
あの事件が印象的に過ぎたのか、クラスの女子連中は脚本を弄ってでもキスシーンを入れたがった。
冗談じゃない。あたしと雨宮の強硬な反対で、なんとか指先へのキスに留まったが、そのぶん「唇じゃないんだから」と毎回本番を強要され胃が痛む。
演劇の裏方に回ったコトコは、模擬店に関われないのが不満だったようで。
友人に頼み込み、女子バスケ部の出し物である、メイド喫茶のヘルプに入る気満々でいる。
わざわざ仕事を増やしご苦労なことだとは思うけど、本人が楽しんでいるのなら止めるいわれはない。
夕飯を済ませたお風呂上りに、電子タバコのカートリッジを切らしているのに気付いた。
高校入学を機に、こっそり喫いはじめたものだ。無ければないで済むものだけど、なんとなく口さみしい。
眠いのを我慢して、上着を羽織り帽子を被り、自転車でコンビニへ向かった。
お店によっては未成年には売ってくれないし、当然知り合いに見られるのも困る。
そんな理由でいつもは隣駅との間にあるコンビニで買うのだけれど、今日はそこまで行く元気が残っていない。
ものは試しで、普段は行かない近場のドラッグストアに入ってみる。
「いらっしゃいませ~」
帽子をかぶっていて正解だった。
聞き覚えのある、やけに通る声だと思ったが、棚の整理をしていた店員は雨宮だった。
あわてて棚の影に姿を隠す。
今まで近場を避けていたのは賢明だった。
うっかり電子タバコを喫っていることを知られてしまったら、いまごろなにを言われていたことか。
それにしても雨宮、こんな時間にバイトをしているんだ。
部活――新体操部だったか――の出し物の準備を、申し訳なさそうに断る場面を目にしたことはあったけど、こういう事情だったのか。
校則でバイトは禁止されている訳じゃないけれど、今は高校生が働いていい時間帯ではなかったはず。
べつに雨宮を気遣っているわけじゃないけど、ご飯は食べたのかなとか、帰れるのは閉店後だろうかとか。
そんなことをぐるぐる考えながら眺めていると、店の奥から出てきた中年の男が雨宮に話しかけた。
店長だろうか。
今のうちに店を出てしまおうかと思ったけど、雨宮の表情が曇ったようなのが気になった。
近い。この男、女子高生相手に距離が近すぎる。
おまけに漏れ聞こえてくる会話の内容は、仕事とは関係ないくだらないもので、むしろ雨宮の作業の邪魔になっている。
やきもきしながら見守っていると、男が上の方の棚を指し、意識のそれた雨宮の腰に手を回すのが見えた。
店内に他の客の姿はない。
あたしは帽子をまぶかに被り直すと、つかつかと歩み寄り、ものも言わずに男を殴り飛ばした。
「えっ? ……あ……」
泣き出しそうな顔をしていた雨宮は、すぐにあたしだと分かったようだけど、ここで名前を呼ぶような馬鹿じゃない。
あたしは立ち上がろうとしていた男の足を払い、再び床に転がすと、雨宮の手を取って店を飛び出した。
学園祭まであと一週間を切っている。
軽音部の活動だけでもいつも以上に熱を入れているのに、クラス演劇の主要キャストの練習までこなそうとすれば、当然のように帰宅は遅くなり睡眠時間が削られる。
それになにより、雨宮と過ごす時間が多くなったことに神経を削られる。
以前よりほんの少し当たりが柔らかくなったようにも思うけど、それはみっともなく泣き顔を晒してしまったあたしのほうが、強く出れなくなっただけなのかもしれない。
あの事件が印象的に過ぎたのか、クラスの女子連中は脚本を弄ってでもキスシーンを入れたがった。
冗談じゃない。あたしと雨宮の強硬な反対で、なんとか指先へのキスに留まったが、そのぶん「唇じゃないんだから」と毎回本番を強要され胃が痛む。
演劇の裏方に回ったコトコは、模擬店に関われないのが不満だったようで。
友人に頼み込み、女子バスケ部の出し物である、メイド喫茶のヘルプに入る気満々でいる。
わざわざ仕事を増やしご苦労なことだとは思うけど、本人が楽しんでいるのなら止めるいわれはない。
夕飯を済ませたお風呂上りに、電子タバコのカートリッジを切らしているのに気付いた。
高校入学を機に、こっそり喫いはじめたものだ。無ければないで済むものだけど、なんとなく口さみしい。
眠いのを我慢して、上着を羽織り帽子を被り、自転車でコンビニへ向かった。
お店によっては未成年には売ってくれないし、当然知り合いに見られるのも困る。
そんな理由でいつもは隣駅との間にあるコンビニで買うのだけれど、今日はそこまで行く元気が残っていない。
ものは試しで、普段は行かない近場のドラッグストアに入ってみる。
「いらっしゃいませ~」
帽子をかぶっていて正解だった。
聞き覚えのある、やけに通る声だと思ったが、棚の整理をしていた店員は雨宮だった。
あわてて棚の影に姿を隠す。
今まで近場を避けていたのは賢明だった。
うっかり電子タバコを喫っていることを知られてしまったら、いまごろなにを言われていたことか。
それにしても雨宮、こんな時間にバイトをしているんだ。
部活――新体操部だったか――の出し物の準備を、申し訳なさそうに断る場面を目にしたことはあったけど、こういう事情だったのか。
校則でバイトは禁止されている訳じゃないけれど、今は高校生が働いていい時間帯ではなかったはず。
べつに雨宮を気遣っているわけじゃないけど、ご飯は食べたのかなとか、帰れるのは閉店後だろうかとか。
そんなことをぐるぐる考えながら眺めていると、店の奥から出てきた中年の男が雨宮に話しかけた。
店長だろうか。
今のうちに店を出てしまおうかと思ったけど、雨宮の表情が曇ったようなのが気になった。
近い。この男、女子高生相手に距離が近すぎる。
おまけに漏れ聞こえてくる会話の内容は、仕事とは関係ないくだらないもので、むしろ雨宮の作業の邪魔になっている。
やきもきしながら見守っていると、男が上の方の棚を指し、意識のそれた雨宮の腰に手を回すのが見えた。
店内に他の客の姿はない。
あたしは帽子をまぶかに被り直すと、つかつかと歩み寄り、ものも言わずに男を殴り飛ばした。
「えっ? ……あ……」
泣き出しそうな顔をしていた雨宮は、すぐにあたしだと分かったようだけど、ここで名前を呼ぶような馬鹿じゃない。
あたしは立ち上がろうとしていた男の足を払い、再び床に転がすと、雨宮の手を取って店を飛び出した。