待ち合わせ場所であるカフェに入ると、窓際のテーブル席に立花がいた。

「おまたせぇ」

俺は荷物をおろし、顔を上げると立花は嬉しそうに俺の頭を見つめる。

「伸びたねー」
「もう二年は切ってないしね。腰くらいは行きたいね」

そういって、俺は美容シャンプーのCMのように頭は降って髪をなびかせる。

「めっちゃ似合ってる」

高校を卒業してからもう2年が経つ。高校も髪を伸ばせない制約はありつつもそれなりに楽しくすごしたつもりだが、
やはり大学生は自由度が違う。
良くも悪くも自己責任。
みんな違って、みんなどうでもいい。
それを寂しく思う人もいるだろうが、俺には合っていると思う。

「立花もいい感じじゃん。ストレートも似合ってたけど」
「まぁね。でも結局、この髪質が私って感じする」

そういって立花は指先で髪の毛を摘み、つーっと引っ張る。
 指を離すと髪の毛は元の形へとクルクル戻っていく。
立花も高校を卒業し、一人暮らしを初めてすぐに縮毛矯正をあてた。風が吹けば綺麗になびく、艶やかなストレートヘアを楽しんでいたが、それ以降縮毛矯正を当てることは無かった。
理由は単純。

サラサラのロングヘアは手入れがめんどくさいから。

 3年間、憧れ、焦がれたサラサラのロングヘアはめんどくささにあっけなく散ったのだ。
 でも、それでいいと思った。
 実際にロングヘアの手入れは死ぬほど面倒くさいし。
 
 窓に映る自分の姿を見て、俺は立花の家でみたウィッグをかぶった自分の姿を思い出す。
 青く、幼く、痛々しい自分の姿を。
 
 今にして思えば、なんであんなに悩んでいたんだろうと思う。
 でも、そんな風に思うのは過去の自分に失礼だし、過去の立花に叱られてしまう。

 人の悩みを軽んじるなって。
 
 そうだ。
 あの頃、俺たちは本気で悩んだ。
 悩んで、悩んで、今がある。
 まぁ、今だって悩みが完全に消えたわけじゃないけど。

 だから、これからも、ほんのりと絶望しながら生きていこう。

 男だとか女だとかうるさい世の中を。
 肌の色や瞳の色で人間性を決めつける世の中を。
 他人の生きづらさに名前を付けたがる世の中を。
 
 そうして、絶望が一人で抱えきれなくなったら、こうやって友だちに会って話をしよう。
 そうして、明日を生きる希望を紡ごう。
 
 鏡に映る自分が、素敵だと思えるように。




 終わり。