放課後。
 遠くから聞こえる吹奏楽部のチューニング音を聞きながら、俺は机の下でスマホを起動する。

「あった」

 検索項目は『頭髪検査 反省文 書き方』。
 俺は一番上に出てきたサイトをタップし、掲載された例文をそのまま書き写す。
 それにしても、めんどくさい。
 こんなことなら遼平の言うように、もっと短く切ればよかった。
 いやそもそも、男らしくってなんだよ。
 なんで男だからってだけで短く切らなきゃいけないだよ。
 髪が長いからって、なにがいけないだよ。

『だってお前、……』

 過去の記憶がフラッシュバックし、俺は机にへばりつく。
 あぁ、最悪。嫌なこと思い出しちゃった。
 そういえば、こういう時は意図的に声を出したりすることで、気持ちを切り替えることができるってなにかで見たな。
 幸い教室には俺一人。試してみるか。
 俺は息を吸い込み、天井を見上げる。

「ああああああ~~……、あ」

 息が切れて顔をおろすと、開きっぱなしの扉からこちらを見ている女子生徒と目が合った。
 驚き。恥ずかしさ。気まずさ。
 全部の感情が一気に押し寄せ、なにも言えずにいると、女子生徒は先に口を開いた。

「宮本先生は? どこにいるか知らない?」
「え?」

 女子生徒の言葉に俺は二つの意味で驚いた。
 一つは俺の奇行に対するリアクションが皆無なこと。普通は心配か、せめて笑ってくれるのがやさしさだろう。
 もう一つは、彼女が流ちょうな日本語を話したこと。
 彼女の身長は俺と同じ170cm前後。肌は濃い褐色で、顔だちがくっきりとしている。
 そして、髪の毛はくるくると巻かれていた。

「聞いてる? 宮本先生は? さっき職員室で聞いたら、自分のクラスに行ったって聞いたんだけど」
「来てないけど。待ってたら来るんじゃない?」
「……うん」

 そういうと、彼女は俺の斜め後ろの席に腰掛けた。
 通り過ぎる時に見かけたがスリッパの色は俺と同じ青だった。つまりは同じ一年生だ。

「そっちも頭髪検査ひっかかんだ」
「え?」
「それ、反省文でしょ?」

 彼女は俺の卓上を指さす。

「めんどくさいよね」
「そっちもって、じゃあ……」
「そう。これがパーマじゃないかって。どう考えても遺伝でしょ。顔見て分かれっつーの」
「あはは……」

 俺は笑っていいのか分からなかったけど、なんとなく笑った。
 そういえば宮本先生は俺の担任であると同時に、生徒指導の先生でもあり、この反省文を提出する相手だ。
 だから彼女は宮本先生を探していたのか。
 そんなことを思いつき、ちらりと彼女の方を振り返ると彼女はぼーっと俺の頭を見ていた。

「……なに?」
「いい髪質ね。さらさらで羨ましい」

 ぼんやりと呟かれた彼女の言葉が、俺の心にひっかかる。

「俺も羨ましいよ」
「なにが?」

 言葉にこめた皮肉に、彼女はすぐに気づいたようで、彼女の言葉には敵意と苛立ちを感じた。

「べつに」

 キンと冷えた空気を無視して、宮本先生が入ってくる。

「横村、反省文書けたかー」
「あ、もうちょっとで……」
「立花もいたのか。立花は」
「反省文書きませんよ、私」

 立花と呼ばれた彼女は、宮本先生にむかって冷たく言い放つ。
 しかし、宮本先生はそんな立花の反逆の意思をひらりとかわす。

「わかったわかった。その代わり来週中に地毛証明書をもってこいな」
「……」
「じゃあ横村は書き終わったら、職員室にもってこいよ」

 そういうと宮本先生は手をひらひらとふり、行ってしまった。

「これでも羨ましい?」

 立花はそういうと教室から出ていった。
 再び静かになった教室に、立花が発した音が残る。
 カバンを乱暴に担ぐ音。立ち上がる際の椅子を引きずる音。そして、鼻をすする音。
 立花が発する音の一つ一つに、立花の悔しさや怒りがこもっていた。