「邪竜ファーブニルの恩寵“揺籠”はドラゴン種のみに与えらえた固有の能力で、休眠期で眠る場所を完全に外敵の目から隠してしまう。これ恩寵という能力自体あまり知られていないものなのに、活動期に入ってもそれを維持して狩りを行うドラゴンなんてボクも初めて見たよ。あれは気付けなくても仕方のない事態だと思うよ」
ドラゴン狩りの専門の魔術師であるキルシュをしても看破するのが難しかったのだ。
冒険者とはいえ一般人である以上、止むを得ない事態であったことを彼は告げた。
遺跡にいたレッドドラゴンは、“揺籠”の能力を用いて自分の存在を巧妙に隠しながら部下であるホブゴブリンたちを指示し贄となる人間を集めさせていた。
休眠期を無事に終えたドラゴンの大半は“揺籠”を消して活発に活動し始めるものなのだが、あの遺跡のドラゴンは“揺籠”を維持したまま遺跡に籠り続け、自分が完全に力を取り戻すまで引き籠っていたのだ。
それは自分たちこそが世界の最強種であるという自負とプライドの塊であるドラゴン種の行動にしては、やや惰弱ともとれる奇妙な行動だった。
「しかもあのドラゴンは自分が死んだ場合に備えて不死の魔術までかけていたんだから驚いたね。死霊術は魔術師からすれば禁忌の系統だし、ドラゴンたちも基本死霊術には手を出したがらないんだよ。アンデッドになってまで存在し続けることを望むなんて、己が最強種であるドラゴンであるという存在意義の否定に繋がりかねないからね」
「死にたくないという衝動がその全てに勝っていた、という可能性もあるかと思いますが……」
俺の考えを聞いてキルシュは頷く。
「そうだね、それも考えられなくはない。 ただそれが理由だとしても、あのドラゴンが死霊術を学んでいた形跡は感じられなかったから誰かと取引して手に入れたと考えるべきだろう。しかし傲岸不遜なドラゴンは何事も自分の力だけで達成したいと考えるから、誰かの手助けを受けるなんて事自体が珍しい。どれもこれもドラゴン種にしては異例づくめな感じなんだよね。ふ~む、どうも釈然としない答えだね。あのドラゴン自身不死を受け入れることは不承不承といった感じだったし……」
学究の徒である魔術師として、キルシュは目の前に疑問があれば解き明かさずにはいられない気質の持ち主である。
なぜあのドラゴンは種族的な傾向として好まれない誰かの助けを借りてまで生き続けようとしていたのか、キルシュは一人でその疑問の考察に耽っている。
こうなってしまうと、彼は回りの人の事など頭にまったく入らなくなってしまう。
現に話題についていけていないディートリヒとディーゼルは、ぶつぶつと独り言を言って考察しているキルシュの事を半ばあきれ顔で見つめている。
このままでは埒が明かないため、俺がディーゼルと話を続けることにした。
「以上で俺たちからの報告は終わりです。これで依頼の達成条件は満たしたと思うのですが、いかがでしょうか?」
「は、はい、これで十分です。遺跡の探索と冒険者たちの追跡、どちらも行っていただけたのでこれにて依頼終了ですね。それでは報酬をお支払いいたします」
ディーゼルは部屋に置かれた戸棚に向かい、引き出しの鍵を開けると大き目の袋を三つ取り出してテーブルの上に置いた。
「お確かめください。金貨四百枚入れてあります」
「ありがとうございます。確認させていただきます」
袋を開けて中身を確認する。
中身はぎっしりと金貨が詰まっており、ディーゼルのいう通りそれぞれに四百枚の金貨が入っていた。
俺がキルシュと自分の分を預かり、残りの袋をディートリヒに手渡す。
「おう、ありがとさん。確かにいただいたぜ」
流石はB級冒険者、遺跡から町に戻る初日こそ足元がふらついていたが、二日目には体力を取り戻し普通に歩けるようになっていた。
一般人いやCランクあたりの冒険者でも、あれだけの怪我を治療したら二日間は体力が回復できない事の方が多いのだが、一日であそこまでの回復力を見せられて俺は素直に驚いた(高速飛行に巻き込まれたくないため必死だったのかもしれない)。
俺はディートリヒに右手を差し出し、礼を述べた。
「世話になった。適切なガイドと槍術に助けられたよ」
「あんたたちにあれだけの差を見せつけられた後だと、褒められても微妙なところだけどな」
「それ以上の力を求めるなら、遺跡で話したことを検討したほうがいい。自分でも言っていたように、この先これ以上の成長を求めるならただ努力するだけでは不可能だろう」
魔素を自分の力に切り替える事ができる護衛士と普通の戦士では埋めようのない力の差がある。
もちろん護衛士になるということは、主である魔術師やその組織である“叡智の塔”に所属する必要があるなど様々なしがらみが多々発生するため、万人に勧められる道ではない。
それでも力を求めるのであれば、護衛士の道を目指すことになるだろう。
ディートリヒは握手に応じた後、しばし間をおいて呟いた。
「……そうだな。考えてみるわ」
「護衛士を目指すならギルド経由で連絡してくれ。俺かキルシュが推薦させてもらう。ところでキルシュ、そろそろ…」
まだ一人で考察を続けているキルシュに声をかけると、彼はようやく思考を止めて会話に加わった。
「ああ、ザイありがとうね。また時間と場所を忘れていて考え事に耽っていたみたいだ。そうだね、依頼も完了したし失礼するとしようか。じゃディーゼルさん、何か相談事があればまたいつでも連絡してくれていいからね」
「キルシュ師、ザイフェルト殿。この度は大変お世話になりました。何かありましたら一人で抱え込まずにご相談させていただきます」
ディーゼルとディートリヒに別れを告げた俺たちは応接室を退出し、エーリカとシュールが滞在している部屋を訪れることにした。
彼らは冒険者ギルドから二階の角部屋を与えられていた。
俺がドアをノックするとしばしの間を置いて戸が開かれた。
シュールが出迎えに現れ、彼の後ろには小柄なシュールの姿が見える。
「これはお二方、よくおいでくださいました」
「やぁ、二人とも元気そうで何よりだよ」
三日ぶりの再会となったがキルシュの言葉通り二人とも血色が良くなっていた。
以前は緊張していたエーリカも緊張が解けてきたようで表情の強張りも無くなっている。
二人はかなり良い環境にいるようだ。
「約束通り隷属紋の解呪に来たよ。どちらから始めてもいいけど、誰から始めようか?」
「……そうですね。それでは私からお願いします」
「わかった。それではベットに寝てシャツをまくってもらっていいかな。胸元の隷属紋が見れるようにね」
シュールはキルシュが指示に従い、部屋に備え付けられているベッドの寝て服をめくった。
その胸元には掌の中に眼という衣装の紋が赤く刻まれている。
キルシュは紋に指を当て、術式の解析を始めた。
「ふ~む。これはまた独特な術式だね。魔法帝国時代に使われていたものに一部手を加えたタイプかな、これは……。いや、違うな。帝国時代の知識を引っ張り出してきたけど完全に使いこなせてはいない感じがするね。どうにも中途半端だ」
「不完全な代物、ということでしょうか?」
「近いけど、ちょっと違うね。本来の隷属紋は被術者に対する主人への絶対服従させるため術式なんだけど、その効果を永続的なものにするには必要な手順がいろいろあってね。たぶんそれを省略するために不完全というべきか、多少インスタントな術式でも発動できるように手を加えたんじゃないかな」
ドラゴン狩りの専門の魔術師であるキルシュをしても看破するのが難しかったのだ。
冒険者とはいえ一般人である以上、止むを得ない事態であったことを彼は告げた。
遺跡にいたレッドドラゴンは、“揺籠”の能力を用いて自分の存在を巧妙に隠しながら部下であるホブゴブリンたちを指示し贄となる人間を集めさせていた。
休眠期を無事に終えたドラゴンの大半は“揺籠”を消して活発に活動し始めるものなのだが、あの遺跡のドラゴンは“揺籠”を維持したまま遺跡に籠り続け、自分が完全に力を取り戻すまで引き籠っていたのだ。
それは自分たちこそが世界の最強種であるという自負とプライドの塊であるドラゴン種の行動にしては、やや惰弱ともとれる奇妙な行動だった。
「しかもあのドラゴンは自分が死んだ場合に備えて不死の魔術までかけていたんだから驚いたね。死霊術は魔術師からすれば禁忌の系統だし、ドラゴンたちも基本死霊術には手を出したがらないんだよ。アンデッドになってまで存在し続けることを望むなんて、己が最強種であるドラゴンであるという存在意義の否定に繋がりかねないからね」
「死にたくないという衝動がその全てに勝っていた、という可能性もあるかと思いますが……」
俺の考えを聞いてキルシュは頷く。
「そうだね、それも考えられなくはない。 ただそれが理由だとしても、あのドラゴンが死霊術を学んでいた形跡は感じられなかったから誰かと取引して手に入れたと考えるべきだろう。しかし傲岸不遜なドラゴンは何事も自分の力だけで達成したいと考えるから、誰かの手助けを受けるなんて事自体が珍しい。どれもこれもドラゴン種にしては異例づくめな感じなんだよね。ふ~む、どうも釈然としない答えだね。あのドラゴン自身不死を受け入れることは不承不承といった感じだったし……」
学究の徒である魔術師として、キルシュは目の前に疑問があれば解き明かさずにはいられない気質の持ち主である。
なぜあのドラゴンは種族的な傾向として好まれない誰かの助けを借りてまで生き続けようとしていたのか、キルシュは一人でその疑問の考察に耽っている。
こうなってしまうと、彼は回りの人の事など頭にまったく入らなくなってしまう。
現に話題についていけていないディートリヒとディーゼルは、ぶつぶつと独り言を言って考察しているキルシュの事を半ばあきれ顔で見つめている。
このままでは埒が明かないため、俺がディーゼルと話を続けることにした。
「以上で俺たちからの報告は終わりです。これで依頼の達成条件は満たしたと思うのですが、いかがでしょうか?」
「は、はい、これで十分です。遺跡の探索と冒険者たちの追跡、どちらも行っていただけたのでこれにて依頼終了ですね。それでは報酬をお支払いいたします」
ディーゼルは部屋に置かれた戸棚に向かい、引き出しの鍵を開けると大き目の袋を三つ取り出してテーブルの上に置いた。
「お確かめください。金貨四百枚入れてあります」
「ありがとうございます。確認させていただきます」
袋を開けて中身を確認する。
中身はぎっしりと金貨が詰まっており、ディーゼルのいう通りそれぞれに四百枚の金貨が入っていた。
俺がキルシュと自分の分を預かり、残りの袋をディートリヒに手渡す。
「おう、ありがとさん。確かにいただいたぜ」
流石はB級冒険者、遺跡から町に戻る初日こそ足元がふらついていたが、二日目には体力を取り戻し普通に歩けるようになっていた。
一般人いやCランクあたりの冒険者でも、あれだけの怪我を治療したら二日間は体力が回復できない事の方が多いのだが、一日であそこまでの回復力を見せられて俺は素直に驚いた(高速飛行に巻き込まれたくないため必死だったのかもしれない)。
俺はディートリヒに右手を差し出し、礼を述べた。
「世話になった。適切なガイドと槍術に助けられたよ」
「あんたたちにあれだけの差を見せつけられた後だと、褒められても微妙なところだけどな」
「それ以上の力を求めるなら、遺跡で話したことを検討したほうがいい。自分でも言っていたように、この先これ以上の成長を求めるならただ努力するだけでは不可能だろう」
魔素を自分の力に切り替える事ができる護衛士と普通の戦士では埋めようのない力の差がある。
もちろん護衛士になるということは、主である魔術師やその組織である“叡智の塔”に所属する必要があるなど様々なしがらみが多々発生するため、万人に勧められる道ではない。
それでも力を求めるのであれば、護衛士の道を目指すことになるだろう。
ディートリヒは握手に応じた後、しばし間をおいて呟いた。
「……そうだな。考えてみるわ」
「護衛士を目指すならギルド経由で連絡してくれ。俺かキルシュが推薦させてもらう。ところでキルシュ、そろそろ…」
まだ一人で考察を続けているキルシュに声をかけると、彼はようやく思考を止めて会話に加わった。
「ああ、ザイありがとうね。また時間と場所を忘れていて考え事に耽っていたみたいだ。そうだね、依頼も完了したし失礼するとしようか。じゃディーゼルさん、何か相談事があればまたいつでも連絡してくれていいからね」
「キルシュ師、ザイフェルト殿。この度は大変お世話になりました。何かありましたら一人で抱え込まずにご相談させていただきます」
ディーゼルとディートリヒに別れを告げた俺たちは応接室を退出し、エーリカとシュールが滞在している部屋を訪れることにした。
彼らは冒険者ギルドから二階の角部屋を与えられていた。
俺がドアをノックするとしばしの間を置いて戸が開かれた。
シュールが出迎えに現れ、彼の後ろには小柄なシュールの姿が見える。
「これはお二方、よくおいでくださいました」
「やぁ、二人とも元気そうで何よりだよ」
三日ぶりの再会となったがキルシュの言葉通り二人とも血色が良くなっていた。
以前は緊張していたエーリカも緊張が解けてきたようで表情の強張りも無くなっている。
二人はかなり良い環境にいるようだ。
「約束通り隷属紋の解呪に来たよ。どちらから始めてもいいけど、誰から始めようか?」
「……そうですね。それでは私からお願いします」
「わかった。それではベットに寝てシャツをまくってもらっていいかな。胸元の隷属紋が見れるようにね」
シュールはキルシュが指示に従い、部屋に備え付けられているベッドの寝て服をめくった。
その胸元には掌の中に眼という衣装の紋が赤く刻まれている。
キルシュは紋に指を当て、術式の解析を始めた。
「ふ~む。これはまた独特な術式だね。魔法帝国時代に使われていたものに一部手を加えたタイプかな、これは……。いや、違うな。帝国時代の知識を引っ張り出してきたけど完全に使いこなせてはいない感じがするね。どうにも中途半端だ」
「不完全な代物、ということでしょうか?」
「近いけど、ちょっと違うね。本来の隷属紋は被術者に対する主人への絶対服従させるため術式なんだけど、その効果を永続的なものにするには必要な手順がいろいろあってね。たぶんそれを省略するために不完全というべきか、多少インスタントな術式でも発動できるように手を加えたんじゃないかな」