今回、キルシュがレッドドラゴンの財宝を転送させたのは俺たちが住む庵の地下室だ。
そこにはキルシュが刻んだ紋があり、物を自在に転送することができる。
依頼主であるギルドマスターに、冒険時に発見した宝物の所有権は全てこちらあるとした契約を結んだのはこのためだ。
「あれだけの財宝も一瞬でどこかに送れるとか、もうあんたらなんでもありなんじゃ……」
「…! キルシュ、下がってください!!」
「え?」
突如、自分たちの背後から感じられた感じられた強烈な殺気に、俺はキルシュの前に立ち剣を構えた。
その直後、強烈な衝撃が俺の体を襲ってきた。
バスタードソードを盾代わりに構えて衝撃を受け止めたが、あまりの衝撃に俺の体は吹っ飛ばされそうになる。
凄まじい圧に足が地面にめり込む。
「ちぃ……!!」
「ザイ、耐えられそう?」
「はい、なんとか耐えられそうです……! これは?」
なんとかその場に踏みとどまり体は吹き飛ばされずに済んだが、剣で受け止めたものを見て俺は驚きを隠せなかった。
それは巨大な爪だった。
先ほど倒したはずのレッドドラゴンの爪。
そう俺の目の前には死んだはずのレッドドラゴンが再び立ちあがった姿があったのだ。
そしてその爪で俺たちを薙ぎ払ってきたのだ。
「……馬鹿な、あの攻撃を喰らって死んでなかったのか?」
喉元に剣を突き立てたはずだが止めの一撃には至らなかったということか……。
「いや、死んでいたよ。というか今も死んでるね。あれは」
「キルシュ、それはどういう意味ですか? ……まさか、いやしかし……」
キルシュの言葉に聞いて、俺の脳裏にある種の魔物の事が思い出された。
「そう、そのまさかだよ。あれはアンデッドだね」
アンデッド。
命を失いながら死という輪廻に還らず、不死という新たな生命を授かった種族。
当然自然に発生するわけがなく、何らかしらの邪悪な力を受けることで発生する不浄の存在である。
そのアンデッドの中でも、今俺たちの目の前にいる魔物は最上級にして最悪に位置する存在だ。
「……ドラゴンゾンビとなって黄泉がえるとは想定外でした」
喉元は俺のバスタードソードで貫かれ今も穴が開いているが、最早血が流れることはない。
肉体の生態活動は停止しているからだ。
その体もキルシュの氷嵐とディートリヒの投げ槍によって至る所が切り裂かれ、鱗も砕かれたままだ。
皮どころかその下にある肉も割かれ中にある骨すら露出している箇所も見受けられるが、それでもこの魔物は整然と変わりなく動けている。
背に生えている翼はそれを覆う被膜が千切れ、ボロボロになっておりかろうじて翼であった形を保っているのみ。
瞳は濁り、何も映し出さなくなっているはずだが、その奥に青白い炎のようなオーラを湛えてこの世ならざるものの凄絶さがにじみ出ている。
そして口が開かれると、半ば砕かれた牙と肉が自身の血で染まっているという醜悪この上ない中身がさらけ出される。
「脆弱ナ下等生物ドモメガ……、マサカ我ニコノヨウナ辱メヲ与エルトハ……」
口の中にギラギラと漆黒の光が宿り溢れ出していく。
「ダガ死ヌヨリハイイ……。死ンデ堪ルモノカ……。死ヲ受ケ入レルクライデアレバ、ソウトモ、アノ連中ノ腹立タシイ力モ受ケ入レヨウ。ダガ、ソノ前ニ貴様ラダケハ許サヌ……。ココヲ貴様ラノ墓場トシテクレルワ!!」
「……やらせん!」
あの漆黒の光を吐きださせるわけにはいかない。
俺はバスタードソードを構えて、不死の竜と化した魔物に攻撃を仕掛けようとした。
しかし……。
「愚カ者メ、貴様ヲ自由ニサセルモノカ!」
ドラゴンゾンビの白濁した瞳に睨まれた俺は、その眼窩の奥にある青白い眼光に射貫かれ、背筋が凍りつくような悪寒に取りつかれた。
恐怖に心が縛られ、体の自由が効かない。
「……これは…体が、動か…せん……」
「我ガ憎悪ノ視線ヲ視テハ体ヲ動カスコトサエデキマイ。最早抵抗モ許サヌ……絶望ノ内ニ果テルガ良イ!!」
憤怒の咆哮と共にドラゴンゾンビの口から漆黒に輝くブレスが放たれる。
生命を蝕み肉も骨も塵に帰すおぞましき吐息を前に、俺は為す術なく飲み込まれるのみかと思われた。
だが俺の目の前に巨大な氷の壁が張り巡らされ、邪悪な闇を宿したブレスはその前に霧散した。
これはキルシュが使用した“氷壁”の魔術によって生み出した氷の壁だ。
「動ける、ザイ? 視線を遮ったからもう体の自由は取り戻せたはずだよ」
「キルシュ! 麻痺の影響はないのですか?」
「真正面からドラゴンゾンビの眼と視線を合わせてしまうと、呪いによって恐怖に与えられ体の自由が奪われてしまうんだよ」
なるほど、そういうからくりだったのか。
俺の体は氷の壁による遮蔽のおかげで、視線から解放されて自由を取り戻していた。
「あ、そうか。君はまだドラゴンゾンビとは戦ったことがなかったんだっけ」
「はい、遅れを取りまして申し訳ありません」
魔術師を守る護衛士は予め己がこれから戦うであろう魔物の戦法を理解しておくのが基本なのだが、初めて遭遇したとはいえドラゴンゾンビへの知識が足りず、対処が遅れてしまったことは恥ずべき事だ。
護衛士失格と言われても仕方のないくらいの失態なのだが、キルシュは俺を叱責するような事はしなかった。
「いや、あれは滅多に遭遇しない魔物だから対処が遅れても仕方ないよ。生前とはまったく違う戦法をとるようになるしね。……しかしひっかかるねぇ、こんなすぐにゾンビ化するドラゴンなんて普通いるはずがないんだよ」
「ドラゴンがアンデッド化するには、死霊術の中でも上位に位置する特殊な儀式が必要……でしたね」
俺がドラゴンゾンビに纏わる知識を頭から引っ張り出していると、当の魔物は氷の壁に行く手を阻まれて苛立ちの咆哮を上げていた。
そこにはキルシュが刻んだ紋があり、物を自在に転送することができる。
依頼主であるギルドマスターに、冒険時に発見した宝物の所有権は全てこちらあるとした契約を結んだのはこのためだ。
「あれだけの財宝も一瞬でどこかに送れるとか、もうあんたらなんでもありなんじゃ……」
「…! キルシュ、下がってください!!」
「え?」
突如、自分たちの背後から感じられた感じられた強烈な殺気に、俺はキルシュの前に立ち剣を構えた。
その直後、強烈な衝撃が俺の体を襲ってきた。
バスタードソードを盾代わりに構えて衝撃を受け止めたが、あまりの衝撃に俺の体は吹っ飛ばされそうになる。
凄まじい圧に足が地面にめり込む。
「ちぃ……!!」
「ザイ、耐えられそう?」
「はい、なんとか耐えられそうです……! これは?」
なんとかその場に踏みとどまり体は吹き飛ばされずに済んだが、剣で受け止めたものを見て俺は驚きを隠せなかった。
それは巨大な爪だった。
先ほど倒したはずのレッドドラゴンの爪。
そう俺の目の前には死んだはずのレッドドラゴンが再び立ちあがった姿があったのだ。
そしてその爪で俺たちを薙ぎ払ってきたのだ。
「……馬鹿な、あの攻撃を喰らって死んでなかったのか?」
喉元に剣を突き立てたはずだが止めの一撃には至らなかったということか……。
「いや、死んでいたよ。というか今も死んでるね。あれは」
「キルシュ、それはどういう意味ですか? ……まさか、いやしかし……」
キルシュの言葉に聞いて、俺の脳裏にある種の魔物の事が思い出された。
「そう、そのまさかだよ。あれはアンデッドだね」
アンデッド。
命を失いながら死という輪廻に還らず、不死という新たな生命を授かった種族。
当然自然に発生するわけがなく、何らかしらの邪悪な力を受けることで発生する不浄の存在である。
そのアンデッドの中でも、今俺たちの目の前にいる魔物は最上級にして最悪に位置する存在だ。
「……ドラゴンゾンビとなって黄泉がえるとは想定外でした」
喉元は俺のバスタードソードで貫かれ今も穴が開いているが、最早血が流れることはない。
肉体の生態活動は停止しているからだ。
その体もキルシュの氷嵐とディートリヒの投げ槍によって至る所が切り裂かれ、鱗も砕かれたままだ。
皮どころかその下にある肉も割かれ中にある骨すら露出している箇所も見受けられるが、それでもこの魔物は整然と変わりなく動けている。
背に生えている翼はそれを覆う被膜が千切れ、ボロボロになっておりかろうじて翼であった形を保っているのみ。
瞳は濁り、何も映し出さなくなっているはずだが、その奥に青白い炎のようなオーラを湛えてこの世ならざるものの凄絶さがにじみ出ている。
そして口が開かれると、半ば砕かれた牙と肉が自身の血で染まっているという醜悪この上ない中身がさらけ出される。
「脆弱ナ下等生物ドモメガ……、マサカ我ニコノヨウナ辱メヲ与エルトハ……」
口の中にギラギラと漆黒の光が宿り溢れ出していく。
「ダガ死ヌヨリハイイ……。死ンデ堪ルモノカ……。死ヲ受ケ入レルクライデアレバ、ソウトモ、アノ連中ノ腹立タシイ力モ受ケ入レヨウ。ダガ、ソノ前ニ貴様ラダケハ許サヌ……。ココヲ貴様ラノ墓場トシテクレルワ!!」
「……やらせん!」
あの漆黒の光を吐きださせるわけにはいかない。
俺はバスタードソードを構えて、不死の竜と化した魔物に攻撃を仕掛けようとした。
しかし……。
「愚カ者メ、貴様ヲ自由ニサセルモノカ!」
ドラゴンゾンビの白濁した瞳に睨まれた俺は、その眼窩の奥にある青白い眼光に射貫かれ、背筋が凍りつくような悪寒に取りつかれた。
恐怖に心が縛られ、体の自由が効かない。
「……これは…体が、動か…せん……」
「我ガ憎悪ノ視線ヲ視テハ体ヲ動カスコトサエデキマイ。最早抵抗モ許サヌ……絶望ノ内ニ果テルガ良イ!!」
憤怒の咆哮と共にドラゴンゾンビの口から漆黒に輝くブレスが放たれる。
生命を蝕み肉も骨も塵に帰すおぞましき吐息を前に、俺は為す術なく飲み込まれるのみかと思われた。
だが俺の目の前に巨大な氷の壁が張り巡らされ、邪悪な闇を宿したブレスはその前に霧散した。
これはキルシュが使用した“氷壁”の魔術によって生み出した氷の壁だ。
「動ける、ザイ? 視線を遮ったからもう体の自由は取り戻せたはずだよ」
「キルシュ! 麻痺の影響はないのですか?」
「真正面からドラゴンゾンビの眼と視線を合わせてしまうと、呪いによって恐怖に与えられ体の自由が奪われてしまうんだよ」
なるほど、そういうからくりだったのか。
俺の体は氷の壁による遮蔽のおかげで、視線から解放されて自由を取り戻していた。
「あ、そうか。君はまだドラゴンゾンビとは戦ったことがなかったんだっけ」
「はい、遅れを取りまして申し訳ありません」
魔術師を守る護衛士は予め己がこれから戦うであろう魔物の戦法を理解しておくのが基本なのだが、初めて遭遇したとはいえドラゴンゾンビへの知識が足りず、対処が遅れてしまったことは恥ずべき事だ。
護衛士失格と言われても仕方のないくらいの失態なのだが、キルシュは俺を叱責するような事はしなかった。
「いや、あれは滅多に遭遇しない魔物だから対処が遅れても仕方ないよ。生前とはまったく違う戦法をとるようになるしね。……しかしひっかかるねぇ、こんなすぐにゾンビ化するドラゴンなんて普通いるはずがないんだよ」
「ドラゴンがアンデッド化するには、死霊術の中でも上位に位置する特殊な儀式が必要……でしたね」
俺がドラゴンゾンビに纏わる知識を頭から引っ張り出していると、当の魔物は氷の壁に行く手を阻まれて苛立ちの咆哮を上げていた。