およそ百年生きた若竜で成人した人間の体の倍以上、二百年ほどで到達する成竜ではちょっとした家屋並みの大きさとなり、それから数百年経つと長老種、千年を超えるという古代種に至ってはその体の大きさに限度がなくなるという。

「……ほう、多少は道理をわきまえた人間もいるようだな。いやお前、エルフか……? なるほど、長命種であるエルフであれば我の存在を理解できたのも頷ける」

人の言葉を話すドラゴンを初めて目の当たりにして困惑するディートリヒと、落ち着いて状況を理解しているエルフのキルシュ。

大局的な二人の様子を見て、レッドドラゴンは口を歪めてみせた。

恐らく我々人間で言うところの笑みのようなものだろう。

「それで? 我は質問の答えをまだ聞いておらぬな。貴様らは誰の許しを得て我が臥所を訪れたのだ? 下等生物の分際で我が眠りを妨げた罪は重いぞ」

「誰の許しも得ていないよ。そもそもレッドドラゴンがこんな貧相な洞窟に引きこもっているなんて想像もしていなかったからね。どうせ寝ている間襲われるのが怖くて引きこもっていたんでしょ?」

キルシュの台詞に挑発されてドラゴンの口から炎が漏れ出した。

「エルフ……。我を侮辱して只で済むとは思っておるまいな」

「図星のようだね。その状況から見て休眠期からようやく目覚めたばかりのようだから、恐らく“揺籠”で隠れ潜みながら下僕化した魔物を操って生贄を集めさせていた、ってところかな。どう当たってる?」

レッドドラゴンからの返答は、激しい火炎のブレスによる攻撃だった。

爆風のごとく叩きつけられた火炎のブレスが俺たちの鎧を溶かし肉をも焦がす……はずだったが、炎の帯は俺たちの体をかすりもせずにすり抜けていく。

「残念だったね。その程度の対策はもう済んでいるよ」

キルシュが事前に使用していた“防除”の魔法により、俺たちの体の周りには不可視の障壁が展開されていた。

魔素によって構築された障壁はブレスの炎どころかそれが周囲に発生させる熱すらも完全に遮断し、俺たちは何も感じることはない。

ディートリヒもこのようなやり取りに少し慣れてきたようで、ドラゴンのブレスをあっさりと凌いで見せるキルシュの魔術を平然と受け入れている。

「キルシュの旦那、ドラゴンを挑発するとは大胆だなぁ……。ところで休眠期とか“揺籠”ってどういう意味なんだ?」

「ドラゴンはその長い生を、休眠期と活動期という大きく分けて二つのシーズンで送っている。休眠期とは他の生物でいうところの冬眠のような時期を示す。エネルギーの消費を最小限にして生命活動の大半を睡眠に当てるわけだ。活動期は逆に積極的に食事を求める厄介な時期だ。たまに話にでる、暴れるドラゴンというのがこれに該当するな。そして“揺籠”というのは、先ほどこの洞窟に張られていた偽装魔術のことを指す」

休眠期の入ったドラゴンは何十年という間、眠りにつく。

この期間、ドラゴンは無防備な状態に陥るため、安全にやり過ごすため主神である邪竜ファーブニルより恩寵を授かっている。

この恩寵が“揺籠”、すなわち安全な揺り籠のように安全な場所を作り出す魔術であり、自分が眠る場所を魔力で隠蔽し、誰からも感知されない場所にするのだ。

「旦那、マジで物知りだな。しかしこの炎、キルシュさんの魔法がなかったら一瞬で燃え尽きそうな勢いだぜ」

「あぁ、若竜や成竜のブレス程度なら直撃しても火傷を負うくらいで耐えられないものでもないんだが、長老種のドラゴンが放つブレスは人間くらいなら簡単に焼き払えるぐらいの威力があるからな。しかし、あのドラゴンもまだ本気でブレスを吐いてはいないようだな」

「マジかよ!?」

キルシュの“防除”の前に自分のブレスが通じないことを理解したレッドドラゴンは、一度ブレスを吐くのを止めた。

「……やるではないか、エルフ。長命種とはいえここまで強力な魔術を使えるものは初めて見たわ」

「御託はいいから本気できなよ。まだ本気で吐いていない事ぐらい知ってるよ」

「……ほう、分かるか。ならば!」

そう言うと、ドラゴンは大きく息を吸って身構えた。

その動きを見た俺はバスタードソードを構えドラゴンに対し一直線に駆け出す。

「お、おい、ザイフェルトの旦那!?」

ディートリヒの声を背中に聞きながら、俺はドラゴンの右側に回り込む。

するとドラゴンの尾が激しい勢いで打ち付けられてきた。

このドラゴンは炎を吐くと見せかけて、尻尾による一撃をキルシュに喰らわせようとしていたのだ。

息を吸う動作の時に僅かに尻尾が動く様子が見て取れたので、恐らく尻尾の物理攻撃で無理やり“防除”の障壁を打ち破り、そこからブレスの炎で一気に焼き払うつもりなのだろう。

丸太よりも太い巨大な尻尾が猛烈な勢いで俺の体に叩きつけられた。

その尾に対し、俺はバスタードソードを振り下ろす。

剣はドラゴンの尻尾を鱗から皮、筋肉から骨へと抵抗なく斬り進み、反対側の皮まで届くとそれを両断した。

「貴様ッ、人間! なんだ、その剣は!! よくも、よくも我の尾を……!!!」

辺りに鮮血が飛び散り、レッドドラゴンが苦悶の声を上げた。

鉄や鋼すら容易に両断する刃は、鉄よりも硬いと言われるドラゴンの尻尾すらものともせずに切り裂いた。

「許さぬ! もはや肉片一つ残さず焼き尽くしてくれるわ!!」

尻尾を両断された痛みで怒り狂ったレッドドラゴンは、先ほどもよりもはるかに激しい火炎のブレスを俺に吹きかけてきた。

ドラゴン種は手負いになると、ブレスの威力がさらに増すという特性がある。

炎に包まれた俺の体は一瞬で消し炭になるかと思われたが、そこはキルシュが抜かりなく“防除”の魔法をかけておいてくれたようだ。

俺の視界全てが紅蓮の炎に包まれ、あまりのブレスの威力に障壁が壊れるのではないかと思われるほどの勢いだったが、不可視の障壁がなんとか凌いでくれているようで、今のところ俺の体は無事だった。

「助かったよ、ザイ。物理攻撃とブレスを重ね合わせられたら流石に“防除”一枚では防ぎきれなかったかもしれないからね」

「ですがこうも激しく炎を吐かれては、反撃するのも容易ではありませんね」

狂乱したレッドドラゴンは、あたりかまわず炎を吐き続け周囲は灼熱地獄と化している。

キルシュの“防除”による障壁を突破するほどの威力ではないようだが、少しでも“防除”の効果範囲外に飛び出せば一瞬で黒コゲになることは必至だろう。

俺たちは容易に近づくことができない膠着状態に陥り、ディートリヒは声を荒げる。

「おい、キルシュさんよ! いつまでもカメのように籠ってても何も始まらねぇないぜ!!」

「……確かにその通りだね、ディートリヒ君。このまま攻勢に転じないとジリ貧だ。じゃあ、今度はちょっと派手にこちらから仕掛けてみようか」

キルシュは冷たい笑みを浮かべて、俺とディートリヒの方を見た。

「これから大技を仕掛けるから、ザイはタイミングを見計らって攻撃をよろしく。ディートリヒ君は投げ槍による援護を頼むよ。無理に近づかなくていいからね」