幼等部の生徒たちと学院を出たリヒトは、急遽城下を訪れることになった。

 ――『赤の大陸』。
 そう呼ばれるだけあって、グラナトゥムは世界で最も陸地を有している。
 多くの穀倉地帯を持つこの国は、領地に気候の違う地域をもち、またまれびとの文化を積極的に採用しているため、様々な『食』を楽しむことができることでも有名だ。

 甘いお菓子や香ばしい串刺しの肉、おにぎりや果実――子どもたちにすすめられるまま食べ物を買っていたリヒトは、沢山の荷物を抱える羽目になってしまった。

 クリスタロス王国は、宝石、特に精霊晶の産出国で知られており、加工までを国内で行っている。
 鉱石《しげん》はいつ枯渇するかわからないため、出来るだけ長く利益を生み出せるように、宝飾品として扱われるよう手を加えているのだ。
 そもそも精霊晶は、普通の宝石よりも値が張る物だ。
 その国の王子であるリヒトは、自由にできる金はそれなりに与えられている。

 ――まあ、こういう国だから俺の立場がないのもあるんだけどな……。

 だからこそ、クリスタロス王国の書くことだ王族に生まれながら、魔力が低く、芸術に関して全くの才能が無いのは、国を代表する人間として不適格と指摘される理由になりうる。
 リヒトとは違い、レオンには芸術の才能もあるのだ。

 この世界において、王族は火属性を使えるほかに、国を代表する産業において才覚を示すことが求められる。
 『広大な地を領地に持つ』――グラナトゥムの王族が、代々地属性の使い手であることが重視されてきたのもこのためである。

 強大な魔力を持つ火属性の王。
 『当代』のロイ・グラナトゥムは地属性魔法が使えなかったが、今後は精霊晶を用い、『赤の大陸(グラナトゥム)』の王として、地属性魔法をはじめとした様々な属性魔法を必要とする祭典でも魔法を使う予定らしく、生徒たちはリヒトを神殿へと案内した。

「次の『光の祭典』は、陛下が行われるんだぜ」

 尊敬のまなざしで神殿を見つめる子どもの言葉を聞きながら、リヒトはこの神殿の中にあるであろう、巨大な水晶を思い浮かべた。

 世界中の国には、その国でしか扱えない特別な石が一つずつ存在する。
 石は魔力を保存する力を持っており、傷つくことは決してない。
 クリスタロスにおいて、石はかつてレオンやギルバートたちの生命維持装置として利用されたが、通常その石は、国に光の守護を与えるために存在している。

 そのための儀式が『光の祭典』。
 リヒトの名前の由来でもあるこの祭りは、世界中に存在し、年に一度同時に行われることでも有名だ。

 そしてこれは前回、アカリがクリスタロスの代表として光魔法を行使しようとして失敗し、ローズが引き継いだ行事でもある。
 危うくレオンとギルバートは、アカリの魔法の失敗によって命を落とすところだった。

 リヒトはそのことを思い出して、当時の自分を恥じた。
 異世界人《まれびと》が伝える『医療技術』では、植物状態の人間の延命措置が技術として確立されているが、今のこの世界ではまだ、眠り続ける人間を生かすには、魔法の力をかりるしかない。
 現状、光魔法を10年もかけ続けるなんて真似は、王族かそれに近しい人間にしか許されない。神殿に存在する石を利用する他に方法がないからだ。
 
 ――でもそのことを、俺は話してもらえなかった。だからこの10年、俺は二人が生きている姿を見ることすら叶わなかった。

 その話を自分に父やローズがしなかったのは、それだけ自分が周りから信頼されていなかったのだろうと思うと、リヒトは胸が少し痛かった。
 いかに自分が軽視されていたか思い知らされる。
 ただその特別な役目を、どんな経緯であれロイが執り行えるようになったことを、リヒトは祝福したいと思った。



「――それで、お化け屋敷って、どういうところなんだ?」
「噂によると、『顔がない』らしいんだ」
 
 リヒトが尋ねると、しゃがむようリヒトに合図をして、少年は小さな声で言った。

「顔が……ない?」
「俺が思うに、『のっぺらぼう』ってやつじゃないかと思うんだよ」

 少年は至極真面目な顔をしていた。
 リヒトはその言葉を聞いて驚いた。

「のっぺらぼう? そんな言葉、よく知ってたな」

 そういえば異世界人《まれびと》の本の中に、そんなものがあった気がする。
 ただそれは、人が読まなさそうな本だった気がして――リヒトが驚いて返すと、子どもたちは何故かリヒトを哀れむような目で見た。

「は? 普通に絵本とかに出てくるじゃん。誰でも知ってるだろ」
「そうなのか?」
「……なんか、リヒトってさあ……」
「勉強ばっかしてるせいで、知識偏りまくってるよな。普通知ってること知らないっていうか」
「…………そうなのかな」

 彼らの指摘に、リヒトは思い当たる節はあった。
 ただ自分が『普通の子ども』が知るべき話を知らないのは、母上が早くなくなったせいかもしれない――そう考えていただけに、リヒトが胸の痛みを隠すために控えめな笑みを浮かべると、リヒトのそばに控えていたアルフレッドが、静かに剣に手をかけた。

「!!」
「……突然固まってどうしたんだ?」

 リヒトは子どもたちが何故か怯んでいることに気づいて、一度首を傾げた後、振り返って、慌ててアルフレッドの手に自分の手を添えた。

「あ、アルフレッド。俺は大丈夫だから」

 リヒトが宥めれば、アルフレッドはチラリと子どもたちを睨んで剣を納めると、ぷいっとリヒトから顔を背けた。

「別に貴方のことなんて、心配なんかしていません」
「…………そうか」

 バツの悪そうな顔をするアルフレッドを見て、リヒトは静かに頷いた。
 リヒトには何故かその言葉や姿が、彼の兄と被って見えた。

 ――前より好かれてる? っていうか、これは甘えられてるってことなのか……?
 ただそれを指摘すれば反抗される予感があったので、リヒトは黙って彼の好意を受け取ることにした。

 アルフレッド・ライゼン。
 ローズの婚約者であるベアトリーチェの実の弟である彼は、生意気でKY(意図的)であることを除けば、優秀な人材だ。
 今回の護衛はベアトリーチェが選んだが、リヒトはベアトリーチェが、身内贔屓をする人間ではないことは理解していた。
 ただこの国に来て、他国の人間の前では、自国の王子(じぶん)を軽んじる姿を見せないよう努力しているらしいアルフレッドを見れたのは、リヒトには発見だった。

「アルフレッド。面倒をかけてすまないが、何かあれば俺たちを守ってくれ」

 『俺たち』その意味を理解して、アルフレッドは頷いた。
「かしこまりました」



「あそこだよ! リヒト。あの家に、おばけが住んでるんだって!」

 『のっぺらぼう』の住む屋敷。
 王都の外れにあったその建物は、一見古いが、質のいい素材で作られているようにリヒトには見えた。
 蔦のはう屋敷は、どこか懐古的な趣もあり、お化け屋敷と言われて思い浮かべていたものとは、あまりに違う。

「でてこいお化けめ! 俺たちは何も怖くないぞ!」
「かっこいい! おばけなんかやっつけてやれ!」

 だが、首を傾げるリヒトは余所に、『化け物を倒しに来た勇者気取り』の子どもたちは、おのおの森で拾った木を手に、屋敷の前で大声で叫んでいた。
 周りに人家はないとはいえ、勘違いだとすると、あまりに無礼な物言いだ。

「おいお前たち、落ち着け。この家なんだけど、本当に」
 ――お前たちの言う『のっぺらぼう』の住む屋敷なのか?

 しかしリヒトが止めに入るより前、屋敷の扉がゆっくりと開いた。

「はい。どちら様」
「ひゅっ! うわあああああああああああああ!! でたあああああああああああああっ!!!!!」
 
 その瞬間、子どもたちはリヒトを置いて、全速力で駆け出した。

「ええっ!?」
 ――なんで俺、置いて行かれてるんだ!?
 リヒトは慌てた。
 扉の向こうには、年老いた老婆が一人。
 食べ物を抱えた自分だけが取り残される、この状況はいかに。

「ええと……あの、これは、その……」
 リヒトがどう取り繕うか悩んでいると、屋敷の奥から、リヒトのよく知る声が聞こえた。
「いいって。ばあちゃん、危ないから俺がでるってば。良いから、今日は座っててよ」
「え?」
 この声は――……。

「フィズ?」
「――……なんで、リヒトがここに?」

 用があると言って今回の『お化け退治』には参加していなかったフィズは、リヒトを見て目を瞬かせていた。