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 気がつくと、いつもの寝床が目に入った。いつの間に眠ってしまっていたのだろう。
「おや、目覚めたかい? あぁ、良かった…安心したよ」
 先程私を助けてくれた彼は、隣でずっと介抱してくれていたらしい。ほっとため息をつくと、私に微笑んだ。
「あなたは…」
「……さっきは挨拶出来なくてごめんなさいね。アタシは…深守(しんじゅ)よ」
 尻尾を揺らしながらも、凛々しい眉毛を少しだけ下げた。なんだか悲しげに見えるその表情に、私は申し訳なくなった。
「…アタシはね、ここら辺で神様っていうのをやってんだ」
「神、様…」
「…あら? 驚かないのね」
 深守さんはきょとんとした顔で見つめる。
「…あ、えっと……、妖が当たり前にいる世界ですし…、神様が存在しないのもおかしな話かなと……思いまして…。…あの、それより…、助けてくれたお礼を…させて下さい。絶対にご恩を忘れません」
 私は起き上がると、深守さんに向かって深く頭を下げた。
「ちょ、ちょいとお辞めなさいよ! アタシはそういうの全く気にしないから。さぁさ、顔をお上げ」
「で、ですが……このような事………」
「いいのよ。お願いだから」
 深守さんは私の頬に手を伸ばそうとして、触れるか触れないかの距離まで詰める。だがその手は下がり、代わりに困った様に笑った。
「………はい……」
 助けてくれた本人の深守さんがそういうのなら、私も引き下がる他ない。
(……妖…、じゃなくて神様………?)
 妖もあまり直接目に触れることがないが、深守さんの風貌は確かに妖そのものというよりは、それに近い何かの様に見えた。
 この小さな村に、妖以外にも不思議な存在がいたなんて。
 ―――気の所為かもしれないが、見た目が先日の狐に似ているような気もした。綺麗な瞳…とか。
 だがそれを聞くのはなんだか今じゃないような感じがして、聞けなかった。
「…そ、それよりもさっきのは一体、なんだったんですか……? 折成…さんは、何者なのでしょう……」
 私は考えていた事を振り払い、深守さんに質問した。
 一度眠ってしまったからだろうか。一番大事なことを、落ち着いてる今なら聞ける気がしたのだ。
 すると深守さんはどこから話そうか、と頭を傾げる。
「折成…彼は鬼族(きぞく)ってやつよ。妖ね」
「やっぱり彼もそうなんですね…」
 鬼…か。角が生えていたから、きっと共通した特徴があれば皆仲間なんだろうか。
「それ以外のこともいずれ話す事になるとはいえ、まだ詳しい事は知らずにいてほしい……と言っちゃあ、ダメかしら…?」
 深守さんは腰に差していた扇子を取り出し開くと、口を覆い隠した。口調はおちゃらけてはいるが表情は真剣そのものだったから、私は大人しく肯定することにした。
「えっと、それより深守さんは…」
「ふふっアタシの事は深守で良いわよ。あと敬語もなしね」と、笑う。
「えっ…と、あの―――」
 言いかけた所で、ガラガラッと玄関を開ける音がした。
「…マズイわね」
 深守はさっと立ち上がった。神様でも基本、見つかるのは禁忌なのだろうか。
「結望、また今度お話しましょ」
 手を振りながら踵を返した。
 その矢先だった。昂枝が障子を開き、深守と鉢合わせてしまったのだ。
「……は?」
 と、昂枝は顔を顰める。それもそうだろう。見ず知らずの男、しかも耳と尻尾が付いている只者ではない奴が目の前にいるのだから。
 昂枝は静かに中に入り、障子を閉めた。そしてそのまま私を庇う形になると、持っていた短刀を深守に突き付けた。
「誰だ」
「…っ…昂枝、違っ…違うの…!」
 私は深守を庇おうとした。しかし、深守は何もしなくて良いと、そんな表情をこちらに向ける。
「アタシは……深守よ」
 短刀は頬を掠めて血が滲むが、動じず、静かに挨拶をする姿はとても品があり美しい。こんな状況なのに、どうしてそんな事を思ってしまうのだろう。先程、あれだけの事があったというのに。
「深守…? お前……人間じゃないだろ」
「ふふっ、当たり。アタシはねぇ、ここら辺に住む神様ってやつかしら? 因みにその子を守りに来たんだけど…」
 ダメだったかしら? と、付け加えおどけてみせる。
「は、守りに来た…?」
 昂枝は半信半疑になりながらも、一度短刀を下ろした。私はそれを見て、ほっと胸を撫で下ろす。「………本当か?」と私の方を向く昂枝に頷くと、事情を説明する事にした。
「―――そういう訳で、命の恩人なんです…」
「…結望ちゃん、怪我してない?」
「…はい」
「良かった…」
 おばさんは安堵の表情を見せた。
「結望に何かあったら大変だもんな」
 昂枝に話をしている間に心配した昂枝のご両親も来てしまい、見つかってしまったのならいっそ、秘匿を条件に全てを話してしまおうという事になった。深守は少し苦笑していたが、宮守家の人なら問題ないと判断したのと、話さずに逃がしたらそれこそ危険に晒す事になると考えたのだ。実際、宮守家で深守を匿おうという話にまで広がっていた。
 そんな中、昂枝はまだ信じられないと言った面持ちで深守を一瞥する。
「……さっきはすまなかった」
 目を合わせる事はしなかったが、彼なりに謝罪を述べた。
「良いのよ。こういうの慣れっこだし。それよりほらほら、顔を上げなさいな。色男が台無しじゃないか」
 深守さんは持っていた扇子で口元を隠すと、にやにやと笑った。その余裕さを見て、昂枝は尚更信頼して良いのか不安になったのだった――。