「――まさか、母親と決別出来たのか」
 折成さんに槍で押さえつけられたまま、空砂さんはぽつりと呟く。
「あいつは、強い奴ですから」
「……折成、貴様……」
 空砂さんは懐から短刀を抜いて振りかざす。
 既のところで折成さんは避けると、大きく槍を回転させた。
「もう、血で血を洗うのは辞めましょうよ。こんなの、誰も望んでないでしょう……!」
 折成さんは後ろからの刺客を槍の反対側で突き飛ばす。刃を食らったわけではないが、細長いもので突かれた痛みは尋常ではない。普通の人間でも同じ事をすればそれなりの威力だが、鬼族同士の戦いだ。折成さん程の馬鹿力なら相当な威力を発揮する。バタバタと倒れる上役を見ながら、折成さんは心疚しい気持ちになり、頭を強く横に振った。
「我々鬼族の為じゃ。何故わからぬ」
「長を生きながらえさせる事だけが全てじゃない。随分前に寿命を迎えているはずの長を延命させたところで何の意味があると言うのですか」
「だからこそ生贄が必要だと言うておるじゃろう。羅刹様は笹野の女性の血を好んでおる。食べる事で寿命を伸ばし、意識を取り戻すことを繰り返す。鬼族の全てを知っている羅刹様が亡くなれば、鬼族は何もかも失ってしまうのじゃ。それだけは避けなくてはならぬ」
 空砂さんはそう言うと、折成さんを勢い良く蹴り飛ばした。

 ドカンッ!

 と音を立てて制圧されてしまう。折成さんは腹部にかかった圧力と、壁まで吹き飛ばされた衝撃に「がはっ」と声が漏れる。背中にズキズキと痛みが走り、思うように動けなくなってしまう。
 その瞬間にも上役はこちらに襲いかかってくる。
「……危ない!」もうダメだと折成さんが目を閉じた時、想埜が上役を水で弾いた。「折成さん、大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ……なんとかな……」
 水圧で押さえつけ、見様見真似で上役を羽交い締めにしながら、縄で腕を縛り上げる。水圧ともなれば怪力も効かないのか、想埜は弱い力でも何とか戦えているようだ。身動きが取れずに舌打ちをしている上役を他所に、想埜は壁から折成さんを引っ張り上げた。
(水神辺りの血でも入っているのか?)
 想埜を見ながら脳裏によぎる。親族が何者なのかは知った事ではなかったが、水の能力に長けている妖と言えばその限りではないものの、水神や河童等が挙げられるからだ。
 狐が治癒能力に長けているのは多分、あいつが白狐の類だからだろうし……。と、折成さんは槍を構えながら推察する。
「折成さん、あと半分です」
「あぁ……」
 想埜の声に頷くと、改めて敵陣の輪に戻った。

 空砂さんは私と深守の方を向くと「生贄を渡すのじゃ」と手を伸ばす。
「させるかよっ!」
 キンッと刃の交わる音が鳴り響いた。昂枝は深守と私の前に割り込む形を取り、空砂さんの真正面で刀を構える。
 鬼族の中でも強い力を持つ男相手を前に、昂枝は構える腕が震えている事を悟られぬよう、こんなもの余裕だと無理矢理に笑顔を作った。正直、わかりやすい嘘だと自分でも思ったが、それが彼の中の精一杯だったのだ。
「宮守の人間まで楯突くか。貴様らは金さえ有れば満足ではなかったのか?」
 空砂さんは、戦いの末ビクともしなくなった上役の一人を一瞥すると、血が滲んだ刀を拾い、昂枝と同様、真っ直ぐに捉え睨みつけた。
「……生憎俺は違う。こいつに恋してしまったからな」
「ふん……恋、か――つくづく無駄な行為じゃ」
「……そうですか? 好きな人を救う為に馬鹿げた事まで出来るんですよ。俺は凄いと思いますけどね」
 視線も刀も空砂さんを向いたままだが、昂枝は茶化したような口調で、だけど前向きに語った。
 空砂さんは小首を傾げる。
 つまらなさそうに、そして、面倒臭いという感情を顕にしながら、小指でこめかみを引っ掻いた。
「例えそれが失恋だったとしても、恋をしたことに後悔はない……っ」
 昂枝は隙を突くと、刀を空砂さんへ突き出した。
 想埜と折成さんも、まだまだ攻めてくる他の鬼族を蹴散らしながら、空砂さんの動向を伺う。思えば上役達は鬼族の中でも年配が多いからか、同じ鬼族でも年齢の若い折成さんからしたら劣弱のようだ。
 結望の傍でそれらを見守っていた深守は「結望、此処で待っていて頂戴…」と呟いた。深守は念じると、私の周りに三匹の狐型の式が現れる。
「深守……」
「大丈夫よ。アンタはそこで待っていて。何もかも終わらせて、皆で仲良く帰りましょう」
 深守は私の頭をぽんぽんと立ち上がると、空砂さん――ではなく、社の外へ駆け出した。

「っ野狐!!」
 そう叫んだ声の主は、深守を視界に入れた瞬間走り出し、刀を大きく振り翳した。
 左頬を掠りつつも、何とか避けられた刃は地面の土へ食い込んだ。海萊は直ぐさまそれを引き抜いて深守を目で捉える。
「チッ、まだ生きてやがるのか。しぶとい奴だな」
「終わるまでは死ねないわよ」
 左頬に流れた血を拭いながら深守は言った。
 他に妖葬班は見当たらないが、一人で来たのだろうか。それとも――弟の海祢ちゃんが引き留めているのだろうか。
 そんな事より、とびきり厄介な空砂と海萊が揃ってしまったではないか。深守はどう全員生きた状態で、穏便に済ませようか考える。
(………)
 ――駄目だ。考えるだけ無駄かもしれない。
 兎に角この強さに太刀打ちするには、やはり自身も刀なり何なり持った方が良いだろう。深守は扇子を懐に仕舞うと、代わりに短刀を取り出した。
「じゃあ、終わると同時に死んでもらうとしよう」
 海萊は楽しそうに構える。
 深守も合わせて構えると、二人同時に地面を蹴った。