「――嫁ぎ…先…?」
 私は耳を疑った。
 私が結婚…? 誰と…?
 今まで、そんな話を聞いたことがなかった。
 だって私のことを必要としてくれる人なんて、誰一人としていなかったから。限られた人達の中でも、そういった話が出るとは思えない関係性をしている…そうなると結婚相手は赤の他人ということになるわけだが。
「………一体、どなた…と? そもそも私は、結婚する資格が…あるのでしょうか」
 私は震えながら言った。
 深守も隣で驚いた表情をしている。
「それがね、結婚するお相手の方はあまり外に出るのが得意ではないみたいで…。代わりにと別の男性…、その方の下についている方がいらっしゃってるの」
「………えっ」
「身支度整えて早くお座敷へいらしてちょうだいね。お呼び出しするから」
 おばさんはそう言うなり駆けて行った。
「………………」
「……結望」
「……あ、あ…えっと……。どうし、ましょう……?」
 私は突然のことで頭が破裂しそうになった。
 普通なら喜ばしいことなのに焦りと不安でいっぱいになる。本人は不在とはいえ、もう此処に来ているなんて。
 ――いえ、結婚して初めて婚約者とお会いすることも割と普通のことで…、そもそもこうして挨拶に来てくださることはとてもありがたい訳なんだけれど。
 どうしたものか…。
「結望…、アタシがついてるわ」
「で、でも…! 深守は離れているべき…でしょう?」
「………大丈夫よ。そばにいる」
 怖いなら羽織をもうひとつのお守りにしなさい、そう私に優しく伝えると背中を押した。


 私は座敷に向かい指定された場所へと腰を下ろした。隣には昂枝が真剣な面持ちで座っている。それだけで、少し安心だ。
「昂枝はこのこと、知ってたの…?」
「……いや、突然決まったんだ。だから俺も驚いてて」
 昂枝は頭を抱えると、溜息を吐いた。
 私はなら仕方ない…と、大きく深呼吸を二回。
 そして、障子が開き、目の前に現れた男性を見て息を飲んだ。

 ―――鬼族。

 私は彼を見て即判断した。
 人間のようでそうでないただならぬ雰囲気。そして、大きく頭から生えた角。
 折成さんよりも恐ろしい空気感を纏っていた。
「こちらが、結望ちゃんの婚約者の代理で来てくださった空砂(からさ)さん」
 おばさんは人間じゃないその人を見ても驚くことはない。それもそうだ。深守を受け入れる程の寛大さ、鬼族を受け入れないわけがない。
「………」
 空砂、と呼ばれた男性は静かにお辞儀をした。小豆色のような、それでいて白髪にも見える長髪が揺れ動く。
 私達も彼のお辞儀に合わせて一礼をする。
「……儂は鬼族…と呼ばれる者である。…驚いたかもしれぬが、笹野結望様と我々一族の長は婚約を致した故、此度はそれの挨拶へと参ったのじゃ」
 空砂さんは、静かに語る。これが人間だったらきっと、ただの政略結婚だと思うだろう。しかし、相手は鬼族だ。
 鬼族は私達の中でもあまり知られていない存在で、尚且つ以前、折成さんから酷い目に遭っている。
(『迎えの時間』か…)
 今になって合点がいった。あれは、そういう事だったんだ。
 あの事件がなければ知る由もなかった鬼族。その彼らの長…と呼ばれる人と正式に婚約をしてしまった。
 深守は、どう思っているのだろう…。
 彼は毎日私を守ると言ってくれていたけれど、あまり詳しくは教えてくれなかった。

 貴方は何を知っているの――?
 

 ―――挨拶は何事もなく終わった。
 婚礼を挙げる日まで、向こうへ行く準備をしたり、想埜への挨拶をする時間もしっかりと与えられた。丁重に扱って貰えていることに安堵のため息さえ出てくる。
 婚礼の予定日は、私の誕生日。その前には、此処を出ていかなければならない。
 喜ばしいことが沢山あるはずなのに、募るのは焦りばかり。
 そういえば、深守はどこにいるのだろう。またどこかへ行ってしまったようで、私はつい、家中を探し歩いてしまった。
 まるで深守を求めているかのようで気恥ずかしくなる。
(もうすぐ結婚するというのに…。別の男の人を思っては…だめなんだから。んん? …男の人、なのかな……女の人………? ううん、どちらにしても、だめよ)
 こうなったらお茶でも飲んで落ち着こうと思ったけれど、何だかそんな気分でもないことに気づいて落胆する。
「はぁ…」とため息をつき、そのまま自室へと戻る。
「…………」
 何事も上手くいきますように…。
 布団へ潜り込むと、後は考えずに眠りについた。