3
「くれぐれも、無茶はするな。お前たちの仕事は敵と戦うことよりも、村人への警告・召集と非難誘導だ。無理に強敵と偶発的に死闘しても意味はない、時間ロスと消耗リスクを考えろ」
トラは出発するレトリバリック・チームの三人に言い含めて、数発の信号弾を手渡す。そして念を押すように言い含める。
「下級以上の魔族の斥候や、十人以上の盗賊やアビスエルフと遭遇したら、それで空に合図を送れば十分だ。戦うな、逃げろ。これは助言でなく命令だと思ってくれ」
レトと三人の若い女たちは、並の人間に比べれば強いだろうし、相手方が少人数であればやられてしまう危険は低い。だが潜行してきた魔族や大集団と遭遇すれば安全とは言いかねる。死亡や捕獲などの危険と同時にタイムロスになり、しかも、たとえ戦って勝利しても負傷があとに響く恐れもある。
神妙な顔で頷くレトの横で、小生意気なドワーフ娘がニヤッとして言った。
「二三人くらい、わたし一人だって蹴散らせるし、十人や二十人くらいなら」
皆まで言い終わらぬうち、トラの手がカエデの髪を掴んで左右に引っ張った。レトはトラの珍しい行動と冷酷な目つきにギョッとしたようだ。
「勝てる勝てないより、リスクとタイムロスの効率性の話だ。お前が個人の趣味で余計な自己満足することで、村人たちが安全に脱出できる余裕も減っていく。勝手な趣味で、無力な村人連中を危険にさらすのが賢い判断か?」
次にカエデが甘ったれたことを言ったら、トラは殴るつもりだった。
先の説明は理由の半分で、もしこの娘が敵の魔族や盗賊に捕まったらどうなるかを思えば(暴行でなぶり物にされたり奴隷に売り飛ばされたり魔族の食肉にされる)、今殴って鼻血を出させてでも安全な行動と作戦を強要しなければいけない。
「は、はい」
カエデはトラの真剣で冷徹で異論を許さない調子に、珍しく素直に頷く。事態や状況と意図を察したのだろうか?
トラは手を離して「よろしく頼む。村人たちを危険にさらしたり無駄な犠牲は出したくない」と、重ねて、特にカエデに言い聞かせた。
レトリバリック・チームの出撃・出発のあと、トラはやや高い小さな丘の小さな櫓に上る。トラバサミの鉄仮面ヘルメットを外し、背丈ほどの長杖(スタッフ)に手を伸ばす。
それ用にしつらえられた「杖」は魔法使いにとっては射撃や砲撃を補助する武器で、パワーの効率性や集束率・精度などを高めることが出来る。「スタッフ」と呼ばれる長杖なら長距離を狙撃や砲撃できるわけだが、さらに大型のビッグスタッフは鎖で吊されたり補助台がついている。彼らのような中級以上の魔法使い一人は砲兵や騎兵の優秀な一個小隊に匹敵・凌駕する(それが彼らの戦術・戦略上の価値だった)。
見張りするその場には、他にも二三人ほどのエルフの魔法使いたちがいた。いずれもパワー出力の高い者ばかりなのは、攻撃面での出力だけの問題ではない。立地や装備・設備が良くて人数がまとまっていれば、逆に敵から集中砲火されるような危険も伴うためである。
「今のところ、レーダーにはそれらしき敵影はないようだ」
磨かれた銅鏡と水晶玉を見ながら、長老格エルフの一人が言った。もしも魔族や敵性の大集団が現れた場合には、ここからスナイプ射撃で片付けたり、味方の救助班や避難民たちを援護して守る算段だった。
最初は個別の哨戒パトロールの遊撃で警戒・駆逐する案も出ていたが、まだ敵が大量に来ているわけでないのだし、へたにウロウロすることで敵の先鋒の斥候(もしも既に近くに侵入してきているならば)をかえって見逃す恐れが高かった。むしろ現時点では見張りに主眼を注ぎ、発見した敵が狙撃・砲撃で対処不能であれば、その地点に転送魔法で誰かがテレポートしても良い。
人数と戦力に限りがある以上はやり方を考えるしかない。いかにエルフやドワーフの村々が人間よりも魔法能力に長けていても、それら全てが戦闘向きなわけではない。彼らの魔法は冶金や医薬品の練成などの生業に直結する方面で活用されている事が多く、戦闘目的はごく一面なのだ。
4
知らせを受けたジョエル大尉は珍しくホッとしたような、ニンマリとした笑みを浮かべた。閲覧室していた書簡を持ち上げて、傍の部下に示す。
「ようやく分からず屋の魔術協会にも、話のわかる連中がふえてきたらしい。魔法マテリアルの採掘や配分にあずからせる条件で、二百名を支援に送ると言ってきた」
全員がクリュエルやトラほどに腕が立つのでなかったとしても、魔術者二百名というのは悪くない戦力だった。通常の接近しての白兵戦や格闘する戦士たちとは兵種・戦力としての種類と質が違う。優秀な砲兵部隊や騎兵隊ですら不可能な水準の援護射撃や突撃をやってのけるし、一緒にいるだけで魔族の魔術に対抗する防御になる。
元来は、数名から数十名の戦士の一隊に魔術者が一人二人くらいがつきそって、援護やカバーに当たるのが理想とされていた。ところが世の中が腐敗して魔術協会も非協力的になり、そのために人間側陣営が不利になる一因となっていたのだ。
だが、世界情勢は悪化している。
そろそろ魔術者たちにも、さすがに現状を憂いて義勇心を起こす者たちが増えだしても不思議はない。そんなことを思うにつけ、ジョエル大尉は顔をほころばせてしまう。
もしかしたら、これをきっかけに流れが変わるかもしれない。もしその二百人が積極協力してくれれば、この地方からだけでも魔族利権のギャングを抑え込んだり駆逐していくこともできる。一部とも魔術者たちのまとまった人数が反魔族レジスタンスを支持して立ち上がれば、日和見と裏切りを常習している主流派に政治圧力をかけることも可能になり得るからだ。
5
数日後、魔族側の軍勢(雑兵はエルフ・ドワーフや人間の奴隷や盗賊・無法者も多い)が「進駐」と称して押し寄せて来たときには、周囲の村落の住民たちの避難はあらかた済んでいた(クリュエルのリベリオ屯田兵村の付近にキャンプ村を併設)。周辺の都市や村々のエルフ・ドワーフと人間たちの戦える者も集まって、迎撃の陣。
「とうとう、中央からの援軍はこなかったようだが。だが魔術協会の二百人もいることだし」
真摯な眼差しのジョエル大尉に、トラが言い辛そうに口を挟んだ。
「お言葉だが。あいつらは、もうあそこにいない」
「は?」
左翼と正面にいたはずの魔術者たちは、蜃気楼のように透けて薄れていく。
「なんだ、あれは?」
「だからもう、「あそこにはいない」。魔術のテクニックで、幻影とテレポートの組み合わせ技の「残像後退」というやつ。残像を残して、踏みとどまってその場にいるように見せかける」
「つまり、逃げたと?」
「おそらく、残念ながら」
「こんな戦闘開始の直前にか? 敵の方に回り込んで先制の奇襲をしかけた、とかではないのか?」
森林エルフの長老格の魔法使いが、言いよどんで苦虫を噛み潰した顔になる。
「そらみたことか! あいつら腐った人間魔術屋カルテルのやりそうなことだ。前方に行ったのでなく、後方に逃げたとはっきり探知できる」
「そんなことをして、なんになる? なんになるってんだよ、おい?」
目を白黒させるジョエル大尉に、トラは明らか顔で肩をすくめた。あまりにも事態が無惨すぎて、かえって冷淡な眼差しだった。
「こうやって、戦う気のある俺らを最前線におびき出して売り飛ばして、魔族に始末させる。あとは都市や村々を親魔族ギャングと腐敗で統治してめでたしめでたし。そんなとこじゃないか?」
やがて、敵方から魔術砲撃が始まった。
応戦や防御するはずだった人間の魔術協会派遣軍は既におらず、残ったわずかな人間の魔術者・その地のエルフの魔法使いたちが対抗しても、時間稼ぎの牽制にすら不十分。
じきに「大敗走祭り」が始まった。
「くれぐれも、無茶はするな。お前たちの仕事は敵と戦うことよりも、村人への警告・召集と非難誘導だ。無理に強敵と偶発的に死闘しても意味はない、時間ロスと消耗リスクを考えろ」
トラは出発するレトリバリック・チームの三人に言い含めて、数発の信号弾を手渡す。そして念を押すように言い含める。
「下級以上の魔族の斥候や、十人以上の盗賊やアビスエルフと遭遇したら、それで空に合図を送れば十分だ。戦うな、逃げろ。これは助言でなく命令だと思ってくれ」
レトと三人の若い女たちは、並の人間に比べれば強いだろうし、相手方が少人数であればやられてしまう危険は低い。だが潜行してきた魔族や大集団と遭遇すれば安全とは言いかねる。死亡や捕獲などの危険と同時にタイムロスになり、しかも、たとえ戦って勝利しても負傷があとに響く恐れもある。
神妙な顔で頷くレトの横で、小生意気なドワーフ娘がニヤッとして言った。
「二三人くらい、わたし一人だって蹴散らせるし、十人や二十人くらいなら」
皆まで言い終わらぬうち、トラの手がカエデの髪を掴んで左右に引っ張った。レトはトラの珍しい行動と冷酷な目つきにギョッとしたようだ。
「勝てる勝てないより、リスクとタイムロスの効率性の話だ。お前が個人の趣味で余計な自己満足することで、村人たちが安全に脱出できる余裕も減っていく。勝手な趣味で、無力な村人連中を危険にさらすのが賢い判断か?」
次にカエデが甘ったれたことを言ったら、トラは殴るつもりだった。
先の説明は理由の半分で、もしこの娘が敵の魔族や盗賊に捕まったらどうなるかを思えば(暴行でなぶり物にされたり奴隷に売り飛ばされたり魔族の食肉にされる)、今殴って鼻血を出させてでも安全な行動と作戦を強要しなければいけない。
「は、はい」
カエデはトラの真剣で冷徹で異論を許さない調子に、珍しく素直に頷く。事態や状況と意図を察したのだろうか?
トラは手を離して「よろしく頼む。村人たちを危険にさらしたり無駄な犠牲は出したくない」と、重ねて、特にカエデに言い聞かせた。
レトリバリック・チームの出撃・出発のあと、トラはやや高い小さな丘の小さな櫓に上る。トラバサミの鉄仮面ヘルメットを外し、背丈ほどの長杖(スタッフ)に手を伸ばす。
それ用にしつらえられた「杖」は魔法使いにとっては射撃や砲撃を補助する武器で、パワーの効率性や集束率・精度などを高めることが出来る。「スタッフ」と呼ばれる長杖なら長距離を狙撃や砲撃できるわけだが、さらに大型のビッグスタッフは鎖で吊されたり補助台がついている。彼らのような中級以上の魔法使い一人は砲兵や騎兵の優秀な一個小隊に匹敵・凌駕する(それが彼らの戦術・戦略上の価値だった)。
見張りするその場には、他にも二三人ほどのエルフの魔法使いたちがいた。いずれもパワー出力の高い者ばかりなのは、攻撃面での出力だけの問題ではない。立地や装備・設備が良くて人数がまとまっていれば、逆に敵から集中砲火されるような危険も伴うためである。
「今のところ、レーダーにはそれらしき敵影はないようだ」
磨かれた銅鏡と水晶玉を見ながら、長老格エルフの一人が言った。もしも魔族や敵性の大集団が現れた場合には、ここからスナイプ射撃で片付けたり、味方の救助班や避難民たちを援護して守る算段だった。
最初は個別の哨戒パトロールの遊撃で警戒・駆逐する案も出ていたが、まだ敵が大量に来ているわけでないのだし、へたにウロウロすることで敵の先鋒の斥候(もしも既に近くに侵入してきているならば)をかえって見逃す恐れが高かった。むしろ現時点では見張りに主眼を注ぎ、発見した敵が狙撃・砲撃で対処不能であれば、その地点に転送魔法で誰かがテレポートしても良い。
人数と戦力に限りがある以上はやり方を考えるしかない。いかにエルフやドワーフの村々が人間よりも魔法能力に長けていても、それら全てが戦闘向きなわけではない。彼らの魔法は冶金や医薬品の練成などの生業に直結する方面で活用されている事が多く、戦闘目的はごく一面なのだ。
4
知らせを受けたジョエル大尉は珍しくホッとしたような、ニンマリとした笑みを浮かべた。閲覧室していた書簡を持ち上げて、傍の部下に示す。
「ようやく分からず屋の魔術協会にも、話のわかる連中がふえてきたらしい。魔法マテリアルの採掘や配分にあずからせる条件で、二百名を支援に送ると言ってきた」
全員がクリュエルやトラほどに腕が立つのでなかったとしても、魔術者二百名というのは悪くない戦力だった。通常の接近しての白兵戦や格闘する戦士たちとは兵種・戦力としての種類と質が違う。優秀な砲兵部隊や騎兵隊ですら不可能な水準の援護射撃や突撃をやってのけるし、一緒にいるだけで魔族の魔術に対抗する防御になる。
元来は、数名から数十名の戦士の一隊に魔術者が一人二人くらいがつきそって、援護やカバーに当たるのが理想とされていた。ところが世の中が腐敗して魔術協会も非協力的になり、そのために人間側陣営が不利になる一因となっていたのだ。
だが、世界情勢は悪化している。
そろそろ魔術者たちにも、さすがに現状を憂いて義勇心を起こす者たちが増えだしても不思議はない。そんなことを思うにつけ、ジョエル大尉は顔をほころばせてしまう。
もしかしたら、これをきっかけに流れが変わるかもしれない。もしその二百人が積極協力してくれれば、この地方からだけでも魔族利権のギャングを抑え込んだり駆逐していくこともできる。一部とも魔術者たちのまとまった人数が反魔族レジスタンスを支持して立ち上がれば、日和見と裏切りを常習している主流派に政治圧力をかけることも可能になり得るからだ。
5
数日後、魔族側の軍勢(雑兵はエルフ・ドワーフや人間の奴隷や盗賊・無法者も多い)が「進駐」と称して押し寄せて来たときには、周囲の村落の住民たちの避難はあらかた済んでいた(クリュエルのリベリオ屯田兵村の付近にキャンプ村を併設)。周辺の都市や村々のエルフ・ドワーフと人間たちの戦える者も集まって、迎撃の陣。
「とうとう、中央からの援軍はこなかったようだが。だが魔術協会の二百人もいることだし」
真摯な眼差しのジョエル大尉に、トラが言い辛そうに口を挟んだ。
「お言葉だが。あいつらは、もうあそこにいない」
「は?」
左翼と正面にいたはずの魔術者たちは、蜃気楼のように透けて薄れていく。
「なんだ、あれは?」
「だからもう、「あそこにはいない」。魔術のテクニックで、幻影とテレポートの組み合わせ技の「残像後退」というやつ。残像を残して、踏みとどまってその場にいるように見せかける」
「つまり、逃げたと?」
「おそらく、残念ながら」
「こんな戦闘開始の直前にか? 敵の方に回り込んで先制の奇襲をしかけた、とかではないのか?」
森林エルフの長老格の魔法使いが、言いよどんで苦虫を噛み潰した顔になる。
「そらみたことか! あいつら腐った人間魔術屋カルテルのやりそうなことだ。前方に行ったのでなく、後方に逃げたとはっきり探知できる」
「そんなことをして、なんになる? なんになるってんだよ、おい?」
目を白黒させるジョエル大尉に、トラは明らか顔で肩をすくめた。あまりにも事態が無惨すぎて、かえって冷淡な眼差しだった。
「こうやって、戦う気のある俺らを最前線におびき出して売り飛ばして、魔族に始末させる。あとは都市や村々を親魔族ギャングと腐敗で統治してめでたしめでたし。そんなとこじゃないか?」
やがて、敵方から魔術砲撃が始まった。
応戦や防御するはずだった人間の魔術協会派遣軍は既におらず、残ったわずかな人間の魔術者・その地のエルフの魔法使いたちが対抗しても、時間稼ぎの牽制にすら不十分。
じきに「大敗走祭り」が始まった。