共犯者になった私と刻先輩は、それから放課後になると河原で同じ時間を過ごすようになった。
 
 刻先輩は無口で、真顔はちょっと怖くて……でも温かい人。
 捨てられているネコを見つけたら、きっと迷わず連れて帰るような、そんな静かな直向きな優しさを心に飼っている。

 元々口数は多いわけではないのだろうけど、心を開くのに比例するように、少しずつ口数が増えてきたことに私はこっそり気づいている。

 ――学校で私は友達がいない。
 話せないというハンデを負った私は、目まぐるしく進んでいく学校生活についていくことができなかった。
 私がスマホで文字を打ち込んでいるうちに、話題は次へと移り変わってしまう。そんな目に見えないタイムラグがあることに加え、私の過去が影を差し、気づけば教室の中で気を遣わなければいけない厄介な存在になっていた。
 
 相羽さんが話をするから、こっちの話は中断しなきゃ。相羽さんの文字には、しっかり答えてあげなきゃ。
 そういう腫れ物に触るような過剰なカワイソウな眼差しに耐えられず、気づけば学校でスマホのメモ帳を開かなくなっていた。
 まわりの時間を止めて、気を遣わせてしまうくらいなら、私は独りでいい。……だってすべては声が出ない私が悪いのだから。

 そんな私にとって、放課後の刻先輩との時間は憩いだった。
 刻先輩は、当たり前のような空気で、私が文字を打つのを待っていてくれる。それはきっと刻先輩にとって優しさが当たり前のものだからなのだろう。
 そしてなにより、ふたりきりの時間は心地よくて、折り畳んで縮こまった羽を思い切り伸ばすことができた。

《共犯者になったからには、
なにか悪いことをしませんか?》

 私はスマホに文字を打ち、刻先輩にスマホを見せた。

 腕を枕にして河原に寝転んでいた刻先輩は、その文字を見るなり驚いたように目を見張った。

「悪いことを?」

 驚きに満ちた刻先輩の(かお)は、多分本人は気づいていないけれど、とても綺麗だ。
 無駄なものがなくシャープな顔立ちで、男らしさと艶っぽさを併せ持っている。
 先輩たちの中できゃーきゃー言われたりしていないのだろうか。

 そんなことを頭の端で考えつつ、私は文字を続ける。

《私、悪いことをしてみたいんです》

 すると刻先輩はなぜか吹き出した。笑うことに慣れていないのか、ぎこちなさも拭えない様子で。
 でもそのぎこちなさが、妙に愛おしく思えた。

「はは」
《なんで笑うんですか》
「だって綺咲が言うと、楽しいことをするみたいだから」

 刻先輩は本気にしてないみたい。
 私は片頬を膨らまし、む、とした顔を作って見せる。

《私は本気です》
「たしかに悪いことしたことなさそうだもんな」
《それっていい意味ですか?》
「当たり前だろ」

 それから刻先輩は悩むような間も持たずに答えた。

「いいよ」

 ……え?

「付き合うよ、綺咲の悪いこと」

 長めの髪を風に揺らしながら、あまりに凪いだ声で言うものだから、一瞬反応が遅れてしまった。

《いいんですか⁉》
「綺咲が言ってきたことだろ」

 たしかに自分から言い出したことだけど、こんなにすんなり快諾してもらうイメージをしていなかったから、改めて驚いてしまったのだ。

「どうせ俺の命なんてあの日捨てるはずだったし。綺咲にあげるよ」

 その声にほんの少し投げやりな色が滲んだのを、私は見逃さなかった。
 ……そうだ。刻先輩と過ごす時間があまりに穏やかで忘れてしまっていたけれど、刻先輩はあの日自殺をしようとしていたのだった。

 なんであの日、命を捨てようとしていたんですか。
 こんなことを訊くのは野暮だろうか。
 あの日のことを会話に持ち出さないというのが、私たちの中で暗黙のルールになっていた。

 なにが刻先輩を苦しめているんですか。
 私がそれをやっつけることはできますか。
 そうしたら刻先輩はもう二度とあんなことをしないでくれますか?

 文字にならない思いが胸に募る。

 ……ああ、私に声があったなら、刻先輩の心にもっと寄り添えていたのかな。
 あの日自殺を引き止めたこの必死さがもっと伝わっていたのかな。
 そして――私はもっと前から刻先輩に出会えていたのだろうか。

「どうした? 難しい顔して」

 顔を覗き込む刻先輩の視線に気づき、私ははっと我に返った。慌ててふるふると首を横に振る。
 ……だめだめ。刻先輩に気を遣わせてはいけない。
 暗い感情の影は、無理やり音のない笑顔でかき消した。