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雲ひとつない晴天。からっとした秋晴れとはまさにこのことで、空が突き抜けて高く見える。
私は空を見上げ、大きく息を吐き出した。
こんな日は空の上にいる大切なあの人に向かって声を投げたくなるけれど、ほわっとした息が空に溶けていくだけで、音色は奏でられない。
これが私の日常。私、相羽綺咲の普通。
歩道の真ん中で空を見上げていて、ふとはっとする。
まずい、こんなことしている場合じゃなかった。
もたもたしていたらバスが行ってしまう。この田舎街では、一本乗り過ごしたら最後、命取り――即ち遅刻してしまうのだ。不便なことに、朝の通学時間にバスは一本しか走っていない。
駆け足でバス停に向かう。
家からバス停までは10分ほど。その道を駆け足で急いだというのに、バス停が見えてきたちょうどその時、バスは乗客を飲み込みそのドアを今まさに閉じようとしていた。
うそ、まだ5分余裕があるのに……!
高校の入学記念にとお母さんが贈ってくれた、白い革の腕時計を確認しながら、私は駆ける足を速める。
待ってください……!
走りながら手を伸ばし心の中でどれだけ叫んでも、それが音を伴わないことを知っている。それなのに心の内で大声をあげずにはいられない。
けれどそんな私の願いも虚しくぷしゅーっと音をたてて、そのドアが閉じる。そして私の姿に気づくこともなく発車した。
私にバスを停める手立てはない。
行ってしまったバスの後ろ姿を見つめ、私は足を緩めて荒い呼吸を繰り返す。
行っちゃった……。遅刻決定だ……。
がくんと肩を落とし、とぼとぼ歩く。先生に怒られると思うと、学校に向かう足取りも鉛のように重い。
するとその時。ふと、車道を挟んだ反対側の歩道に、大きな影を見つけた。
目を凝らしてよく見れば、それはおばあちゃんをおんぶする男子高校生の姿だった。
あれはもしかして……。
駆け足でその姿に向かって駆け寄り、そして確信する。
昨日、あの橋で自殺しようとしてた人だ。
彼が毎朝同じバスに乗っていることも、同じ高校の一学年上の先輩であることも知っている。
けれどその彼があのバスに乗っていないということは、おばあちゃんを助けたせいでバスに乗りそびれたのだろう。
ゆっくりゆっくり。まるで背中のおばあちゃんに余計な振動を与えまいとするように、慎重に歩を進める彼。
常に無表情で不良のような出で立ちの彼だけど、やっぱり優しい人だったのだ。
私はなんだか温かい気持ちになって、車道を挟んで歩く彼の後を着いていくように足取りを緩めた。