花嫁の神渡り式は、水晶殿から始まる。
会場である月の舞台まで、花嫁一行が行列を作って歩くのだ。
楪は先に舞台で待っている……はずだ。
雅楽の演奏と漆黒の闇に染まる世界を、ゆっくりと仮面を被った巫女たちに先導され、睡蓮は歩いた。
周囲を照らすのは、竹の中に施されたほんのりとした照明のみ。ぽうぽうとした光を辿ると、竹林の中に人知れず作られた舞台が、ずっと先に見える。
まるで、おとぎ話の世界に入り込んでしまったような気持ちになりながら、睡蓮たち花嫁一行は、その舞台を目指し歩いていた。
『……れん。睡蓮』
足元に気を配りつつ歩いていると、ふと、声が聞こえてきた。楪の声だ。睡蓮は顔を上げた。
姿を探すが、楪は見当たらない。いるわけがない。楪は舞台にいるはずなのだから。気のせい?
きょろきょろしていると、となりを歩いていた巫女が「どうかなさいましたか」と話しかけてきた。
「あ、いえ……なんでも」
ハッとして、再び歩くことに集中する。
『睡蓮』
するとまた、声が聞こえてきた。
『驚かせてすみません。俺です。楪です。これは、念術と呼ばれる、特定のひとの頭に直接話しかける術です』
やはり、この声は楪。
周囲を見る。みんな、楪の声には反応していない。術を使って話しかけてきているらしいから、おそらくこの声は睡蓮にしか聞こえていないのだろう。
驚いた。楪はそんな術も使えたのか。
『どうかそのまま、歩きながら聞いてください』
睡蓮は、静かに楪の声に耳を傾けることにした。
『睡蓮。昨日は、すみませんでした。式を前にして、あなたが不安になるのは当たり前のことなのに、俺は配慮が足りていませんでした。それどころか、あなたが俺になにも相談してくれないことが不満で……』
頭の中に直接響く楪の声は、いつもより少し弱々しい気がする。
『今朝、薫さまのところへ行って、いろいろと話を聞いてきました』
「え……」
声が漏れてしまい、睡蓮は慌てて口を噤む。
なぜ薫に? と内心睡蓮が疑問に思いながら歩いていると、楪は心の内を読んだかのように付け足す。
『彼は念術を得意とする現人神ですから、あなたの心を覗くことができるのです。実は今も、彼の力を借りて話しかけています』
そういえば、昨夜もそのようなことを言っていた。
『あなたが俺を信用できないのは、楪としてのかつての行いのせいだと理解しています。……だからこそ、あなたにこれ以上いやな思いをさせないよう、考えて……配慮して行動していたつもりだったんですが……』
楪の言葉が一度途切れる。
『……俺は、桔梗でいたほうがよかったでしょうか』
足が止まりかけた。慌てて足を出すが、おかげで着物が引っかかって足がもつれそうになる。咄嗟に葉織が支えてくれた。
「す……すみません」
「いえ。お気を付けください」
睡蓮は慎重に歩みを進める。一方で、心は動揺していた。楪がそんなことを思っていただなんて、ぜんぜん知らなかった。
桔梗でいたほうがよかったか……なんて。
――そんなこと、思うわけない。
むしろ、桔梗が楪だと知って睡蓮は心の底から嬉しかったし、ホッとした。楪が想像通り優しいひとだったと分かったから。
だから……違うのだ。
そう言いたいが、楪は近くにいない。
いくら心の中で思っても、睡蓮の心の声は楪には届かない。
会場である月の舞台まで、花嫁一行が行列を作って歩くのだ。
楪は先に舞台で待っている……はずだ。
雅楽の演奏と漆黒の闇に染まる世界を、ゆっくりと仮面を被った巫女たちに先導され、睡蓮は歩いた。
周囲を照らすのは、竹の中に施されたほんのりとした照明のみ。ぽうぽうとした光を辿ると、竹林の中に人知れず作られた舞台が、ずっと先に見える。
まるで、おとぎ話の世界に入り込んでしまったような気持ちになりながら、睡蓮たち花嫁一行は、その舞台を目指し歩いていた。
『……れん。睡蓮』
足元に気を配りつつ歩いていると、ふと、声が聞こえてきた。楪の声だ。睡蓮は顔を上げた。
姿を探すが、楪は見当たらない。いるわけがない。楪は舞台にいるはずなのだから。気のせい?
きょろきょろしていると、となりを歩いていた巫女が「どうかなさいましたか」と話しかけてきた。
「あ、いえ……なんでも」
ハッとして、再び歩くことに集中する。
『睡蓮』
するとまた、声が聞こえてきた。
『驚かせてすみません。俺です。楪です。これは、念術と呼ばれる、特定のひとの頭に直接話しかける術です』
やはり、この声は楪。
周囲を見る。みんな、楪の声には反応していない。術を使って話しかけてきているらしいから、おそらくこの声は睡蓮にしか聞こえていないのだろう。
驚いた。楪はそんな術も使えたのか。
『どうかそのまま、歩きながら聞いてください』
睡蓮は、静かに楪の声に耳を傾けることにした。
『睡蓮。昨日は、すみませんでした。式を前にして、あなたが不安になるのは当たり前のことなのに、俺は配慮が足りていませんでした。それどころか、あなたが俺になにも相談してくれないことが不満で……』
頭の中に直接響く楪の声は、いつもより少し弱々しい気がする。
『今朝、薫さまのところへ行って、いろいろと話を聞いてきました』
「え……」
声が漏れてしまい、睡蓮は慌てて口を噤む。
なぜ薫に? と内心睡蓮が疑問に思いながら歩いていると、楪は心の内を読んだかのように付け足す。
『彼は念術を得意とする現人神ですから、あなたの心を覗くことができるのです。実は今も、彼の力を借りて話しかけています』
そういえば、昨夜もそのようなことを言っていた。
『あなたが俺を信用できないのは、楪としてのかつての行いのせいだと理解しています。……だからこそ、あなたにこれ以上いやな思いをさせないよう、考えて……配慮して行動していたつもりだったんですが……』
楪の言葉が一度途切れる。
『……俺は、桔梗でいたほうがよかったでしょうか』
足が止まりかけた。慌てて足を出すが、おかげで着物が引っかかって足がもつれそうになる。咄嗟に葉織が支えてくれた。
「す……すみません」
「いえ。お気を付けください」
睡蓮は慎重に歩みを進める。一方で、心は動揺していた。楪がそんなことを思っていただなんて、ぜんぜん知らなかった。
桔梗でいたほうがよかったか……なんて。
――そんなこと、思うわけない。
むしろ、桔梗が楪だと知って睡蓮は心の底から嬉しかったし、ホッとした。楪が想像通り優しいひとだったと分かったから。
だから……違うのだ。
そう言いたいが、楪は近くにいない。
いくら心の中で思っても、睡蓮の心の声は楪には届かない。