睡蓮は今日までに、花嫁の神渡り式に関してひととおりの説明を受けていた。
式は明日の午前十時から小一時間ほどで終わる予定だが、その前に今晩、現人神と花嫁たちで晩餐会が行われることになっている。
実質、そのときが睡蓮のお披露目会だ。晩餐会の前には睡蓮と楪で各現人神への挨拶回りに行く。西の現人神への挨拶の際、紅のことも話す予定だと、睡蓮は楪から聞いている。
道中、睡蓮は幽雪のことを思い出していた。
彼が化けていたのが、薫だったからだ。
薫は、天女のように美しい男性だった。楪もそうだが、現人神の容姿は睡蓮の知る美という次元を逸している。
睡蓮は、ちらりと楪を見上げる。
「あの、楪さん。白蓮路さまというのは、どんなおかたなのですか?」
睡蓮が訊ねると、楪は眉を寄せた。
「ひと当たりのいい色男……というのが、世間一般の白蓮路薫の印象でしょうか」
「……というと?」
「俺には、彼の考えていることが分かりません。彼は腹の底が見えない。正直、睡蓮には会わせたくなかったんですけど」
楪がそこまで言うとは。
白蓮路薫とはいったいどんな男なのだろう。
睡蓮は紅に目を向けた。
「紅は会ったことある?」
「うん。薫さまがご即位されてすぐだったかな。あたしの家に視察に来たんだ。そのときに一度だけ。その頃まだ子どもだったあたしにも、優しく話しかけてくれたよ。お菓子もくれたし、あたしはいいひとだったと思うけどなぁ」
まあたしかに、思ってたことを言い当てられて驚いた記憶もあるけど、と紅が付け足す。
「あの男は、笑顔が胡散臭いんです。どうも、すべてを見透かされている気がして」
言いながら、楪は睡蓮を見つめる。
「睡蓮。白蓮路には、くれぐれも気を付けるんですよ。もしなにか不安なことがあったら、すぐに俺に言って」
睡蓮は帯留めをそっと握った。
「はい」
がたん、と牛車が揺れた。
「どうやら、月の京に入ったようですね」
楪が窓を見やる。といっても、窓には外側から深藍色の暗幕が垂れていて、外の様子は見えない。
月の京が存在する場所は、現人神にさえ教えられていない。
月の京には、凰月家という月の京を管理する一族がいて、彼らは現人神たちがさまざまな式典を行うこの月の京の管理人であり、すべての現人神に仕える公式従者である。
牛車を下りると、小花柄の着物の少女が立っていた。顔の上半分にはうさぎの耳付き仮面を付けている。
少女は恭しく頭を下げながら、挨拶をする。
「わたくし、今回龍桜院家の世話係として仕えさせていただく凰月葉織と申します」
月の京の管理人だ。抑揚のない、淡々とした声だった。
仮面をつけているので顔は分からないが、声を聞く限り、若そうに思える。といっても、彼女があやかしなら、人間の常識とはかけ離れた年齢だろうが。
葉織に案内されながら、睡蓮たちはじぶんたちが寝泊まりすることになる殿舎へ向かう。
「こちらが水晶殿にございます」
水晶殿は、中庭に大きな蓮池と竜胆が咲く美しい殿舎だった。この水晶殿が、式典中睡蓮たちが泊まる殿舎となる。
「晩餐会は午後六時からを予定しております。その頃また、お迎えに上がります」
そう言って、葉織が出ていく。
「では、これからの日程についてですが……」
葉織が出ていくと、桃李が仕切り出す。
楪と睡蓮はこれから、各現人神へ挨拶回りに向かう。付き添いには葉織がつくため、桃李と紅は留守番だ。そのあいだ、桃李は紅に式の日程の再確認をするということだった。
式は明日の午前十時から小一時間ほどで終わる予定だが、その前に今晩、現人神と花嫁たちで晩餐会が行われることになっている。
実質、そのときが睡蓮のお披露目会だ。晩餐会の前には睡蓮と楪で各現人神への挨拶回りに行く。西の現人神への挨拶の際、紅のことも話す予定だと、睡蓮は楪から聞いている。
道中、睡蓮は幽雪のことを思い出していた。
彼が化けていたのが、薫だったからだ。
薫は、天女のように美しい男性だった。楪もそうだが、現人神の容姿は睡蓮の知る美という次元を逸している。
睡蓮は、ちらりと楪を見上げる。
「あの、楪さん。白蓮路さまというのは、どんなおかたなのですか?」
睡蓮が訊ねると、楪は眉を寄せた。
「ひと当たりのいい色男……というのが、世間一般の白蓮路薫の印象でしょうか」
「……というと?」
「俺には、彼の考えていることが分かりません。彼は腹の底が見えない。正直、睡蓮には会わせたくなかったんですけど」
楪がそこまで言うとは。
白蓮路薫とはいったいどんな男なのだろう。
睡蓮は紅に目を向けた。
「紅は会ったことある?」
「うん。薫さまがご即位されてすぐだったかな。あたしの家に視察に来たんだ。そのときに一度だけ。その頃まだ子どもだったあたしにも、優しく話しかけてくれたよ。お菓子もくれたし、あたしはいいひとだったと思うけどなぁ」
まあたしかに、思ってたことを言い当てられて驚いた記憶もあるけど、と紅が付け足す。
「あの男は、笑顔が胡散臭いんです。どうも、すべてを見透かされている気がして」
言いながら、楪は睡蓮を見つめる。
「睡蓮。白蓮路には、くれぐれも気を付けるんですよ。もしなにか不安なことがあったら、すぐに俺に言って」
睡蓮は帯留めをそっと握った。
「はい」
がたん、と牛車が揺れた。
「どうやら、月の京に入ったようですね」
楪が窓を見やる。といっても、窓には外側から深藍色の暗幕が垂れていて、外の様子は見えない。
月の京が存在する場所は、現人神にさえ教えられていない。
月の京には、凰月家という月の京を管理する一族がいて、彼らは現人神たちがさまざまな式典を行うこの月の京の管理人であり、すべての現人神に仕える公式従者である。
牛車を下りると、小花柄の着物の少女が立っていた。顔の上半分にはうさぎの耳付き仮面を付けている。
少女は恭しく頭を下げながら、挨拶をする。
「わたくし、今回龍桜院家の世話係として仕えさせていただく凰月葉織と申します」
月の京の管理人だ。抑揚のない、淡々とした声だった。
仮面をつけているので顔は分からないが、声を聞く限り、若そうに思える。といっても、彼女があやかしなら、人間の常識とはかけ離れた年齢だろうが。
葉織に案内されながら、睡蓮たちはじぶんたちが寝泊まりすることになる殿舎へ向かう。
「こちらが水晶殿にございます」
水晶殿は、中庭に大きな蓮池と竜胆が咲く美しい殿舎だった。この水晶殿が、式典中睡蓮たちが泊まる殿舎となる。
「晩餐会は午後六時からを予定しております。その頃また、お迎えに上がります」
そう言って、葉織が出ていく。
「では、これからの日程についてですが……」
葉織が出ていくと、桃李が仕切り出す。
楪と睡蓮はこれから、各現人神へ挨拶回りに向かう。付き添いには葉織がつくため、桃李と紅は留守番だ。そのあいだ、桃李は紅に式の日程の再確認をするということだった。