今から三年前、桜舞う春のこと。龍桜院家の次期当主である龍桜院楪は、自ら花嫁を選んだ。
名前は、花柳睡蓮。彼女の生家は大きな商家だ。花嫁候補には申し分ない。
睡蓮は神やあやかしを見、触れることができる稀有な少女だ。しかし稀有な能力を持つ睡蓮は、ひとびとに忌み嫌われ、孤独だった。
花柳家側も、自らの家から現人神の花嫁が誕生するなどなんと誇らしいことかと、睡蓮と楪の婚姻をそれはそれは喜び、両家の婚姻関係はすぐに結ばれた。
しかし、彼らふたりの間には秘密があった。
ふたりは契約結婚だったのだ。
ひとぎらいの楪は、現人神の掟のためだけに睡蓮に婚姻契約を持ちかけたのである。
契約内容はこうだ。
睡蓮は婚姻成立後、楪の用意した邸宅に住むこと。
楪が出席する式典には、必ず花嫁として同行すること。
不必要に楪に干渉しないこと。
契約結婚であることは、だれにも言わないこと……。
三年前の春、睡蓮は楪の申し出を受け入れ、彼の花嫁となった。
しかし契約を結んだ三年後の春、睡蓮は突如、楪に離縁を申し込んだ。