しばらくして泣き止むと、睡蓮は楪と桃李にもう一度頭を下げた。
「おふたりにも、迷惑かけてしまってごめんなさい」
「とんでもない。睡蓮さまがご無事でよかった」
桃李の陽だまりのような笑みに、睡蓮も口元を緩める。
そして睡蓮は、紅がふたりに報せてくれたと聞いて、気がかりとなっていたことを訊ねた。
「あの……楪さま、桃李さん。紅はやはり、幽世へ帰らなくちゃだめなんでしょうか?」
紅は現在、現世に不法滞在している。これまで紅は睡蓮とふたりきりのとき以外は姿を隠していたが、今回のことで楪や桃李に知られてしまった。強制送還、なんてことにはならないだろうが、だからといって、このまま見過ごすということもないだろう。
睡蓮が問うと、楪の代わりに桃李が答えた。
「たとえ花嫁の頼みとあっても、正当な理由もなく贔屓することはできません。現人神さまの信頼にかかわってきてしまうから」
桃李の解答に同意するように、楪が目を伏せる。
「そう……ですよね」
紅もしゅんとしてしまった。
「紅。ごめん。私のせいで……」
「こら」
睡蓮が謝ろうとすると、紅がぱちんと再び睡蓮の頬を叩いた。
「またそうやって〝私のせい〟なんて言って! あたしは睡蓮のことが好きだからやったわけだから、これは睡蓮の問題じゃなくてあたしの問題! そうやってすぐじぶんを下げるの、睡蓮の悪い癖よ! 直しなさい!」
「う……ごめん。でも、紅と離れるのが寂しくて」
「それはあたしだってそうだけど……」
ふたりして再びしゅんとしたとき、楪が言った。
「そういえば桃李。俺の花嫁に護衛を付ける話をしていましたが」
「えぇ。その必要はなくなったようですね」
楪と桃李はなにやら意味深に微笑み合う。そして、楪は紅を見て言った。
「紅。あなたにはこれから、花嫁の護衛として、現世で働くことを命じます」
「えっ……」
「ど、どういうこと?」
困惑気味に顔を見合わせる睡蓮と紅に、桃李が説明した。
「言ったでしょう? 花嫁の友人といえど、正当な理由もなく贔屓することはできない。ですが、花嫁の護衛であれば、これ以上ない重要な役目です。もともと今回の件も、あなたに護衛を付けることが遅くなってしまったから起こってしまったことですし……紅さんなら、睡蓮さまとの信頼関係も十分ですし、なにより行動力がある。これ以上ない人材です」
と、いうことは。
睡蓮と紅はもう一度顔を見合わせた。
「じゃあ、私たちはこれからも一緒にいられるのですね!」
「やったぁ睡蓮〜!!」
手を離して喜び合うふたりに、楪は穏やかに微笑んだ。
「ただし」
……が、喜ぶふたりを、桃李の鋭い声がスパッと両断する。
「紅さんは西の幽世出身です。しかも不法滞在の身。東で正式に採用するには、白蓮路さまに許可を取らなくてはなりません」
睡蓮はハッとする。そういえばそうだった。
紅は西の幽世生まれで、西の現人神である白蓮路薫から直々に仕事を請け負うほどの名家の娘。
紅の家族への報告もそうだが、現人神にもその旨を伝えなければいけない。
「えぇ、そんなのべつによくない?」
紅がげーっと面倒そうに眉を寄せて言うと、桃李が厳しい言葉を返した。
「よくありません。それから、花嫁の護衛という重要な役割を担うことになりますので、しばらくは私の特訓を受けてもらいますからね。その特訓に合格しなければ、問答無用で西へ強制送還です。いいですね?」
すると紅はあからさまにいやな顔をした。
「えぇ〜!! それじゃ睡蓮のそばにいられないじゃん!」
「それがいやなら幽世へ大人しくお帰りなさい」
ぶーぶーと文句を言う紅に、桃李はぴしゃりと鼻先で戸を閉めるような口調で言う。
「ちっ……鬼め」
文句が通じないと悟ると、紅は今度は小さく舌打ちをした。桃李が紅をじろりと睨む。
「鬼ですがなにか?」
たしかに桃李は鬼だった。
「あはは、なんでもないでぇ〜す」
ふたりの掛け合いを、睡蓮はぽかんとした顔で見ていた。
桃李の態度があまりにも睡蓮の知る彼と違い過ぎて、若干脳内が混乱していた。
傍らにいた楪が、「どうしました?」と首を傾げる。
「いえ……桃李さんがこんなにきりっとしたかただと思ってなかったので。お手紙でも、お会いしたときもとても丁寧で物腰も柔らかかったし」
不思議そうにする睡蓮の横で、楪がくすっと笑う。
「桃李は仕事となれば厳しいですよ。昔、俺もずいぶん叱られましたから」
「えっ、楪さまが?」
睡蓮はぎょっとして楪を見上げた。
「えぇ」
楪が桃李に怒られる。……意外だ。意外過ぎて想像ができない。ちょっと見てみたい気もするが。
「さて。彼女のことは桃李に任せるとして」
おもむろに楪が睡蓮の肩を抱き寄せる。
「楪さま?」
睡蓮が楪を見上げた刹那、楪は睡蓮の身体を軽々と横抱きにした。
「きゃっ……」
驚く睡蓮に、楪が優しく微笑む。
「しっかり掴まっていてくださいね」
言われたとおりぎゅっとしがみつくと、楪が地を蹴った。
睡蓮を抱いた楪は、天へ昇る龍のごとく、ぐんぐんと駆け上がり、地上から離れていく。
「おふたりにも、迷惑かけてしまってごめんなさい」
「とんでもない。睡蓮さまがご無事でよかった」
桃李の陽だまりのような笑みに、睡蓮も口元を緩める。
そして睡蓮は、紅がふたりに報せてくれたと聞いて、気がかりとなっていたことを訊ねた。
「あの……楪さま、桃李さん。紅はやはり、幽世へ帰らなくちゃだめなんでしょうか?」
紅は現在、現世に不法滞在している。これまで紅は睡蓮とふたりきりのとき以外は姿を隠していたが、今回のことで楪や桃李に知られてしまった。強制送還、なんてことにはならないだろうが、だからといって、このまま見過ごすということもないだろう。
睡蓮が問うと、楪の代わりに桃李が答えた。
「たとえ花嫁の頼みとあっても、正当な理由もなく贔屓することはできません。現人神さまの信頼にかかわってきてしまうから」
桃李の解答に同意するように、楪が目を伏せる。
「そう……ですよね」
紅もしゅんとしてしまった。
「紅。ごめん。私のせいで……」
「こら」
睡蓮が謝ろうとすると、紅がぱちんと再び睡蓮の頬を叩いた。
「またそうやって〝私のせい〟なんて言って! あたしは睡蓮のことが好きだからやったわけだから、これは睡蓮の問題じゃなくてあたしの問題! そうやってすぐじぶんを下げるの、睡蓮の悪い癖よ! 直しなさい!」
「う……ごめん。でも、紅と離れるのが寂しくて」
「それはあたしだってそうだけど……」
ふたりして再びしゅんとしたとき、楪が言った。
「そういえば桃李。俺の花嫁に護衛を付ける話をしていましたが」
「えぇ。その必要はなくなったようですね」
楪と桃李はなにやら意味深に微笑み合う。そして、楪は紅を見て言った。
「紅。あなたにはこれから、花嫁の護衛として、現世で働くことを命じます」
「えっ……」
「ど、どういうこと?」
困惑気味に顔を見合わせる睡蓮と紅に、桃李が説明した。
「言ったでしょう? 花嫁の友人といえど、正当な理由もなく贔屓することはできない。ですが、花嫁の護衛であれば、これ以上ない重要な役目です。もともと今回の件も、あなたに護衛を付けることが遅くなってしまったから起こってしまったことですし……紅さんなら、睡蓮さまとの信頼関係も十分ですし、なにより行動力がある。これ以上ない人材です」
と、いうことは。
睡蓮と紅はもう一度顔を見合わせた。
「じゃあ、私たちはこれからも一緒にいられるのですね!」
「やったぁ睡蓮〜!!」
手を離して喜び合うふたりに、楪は穏やかに微笑んだ。
「ただし」
……が、喜ぶふたりを、桃李の鋭い声がスパッと両断する。
「紅さんは西の幽世出身です。しかも不法滞在の身。東で正式に採用するには、白蓮路さまに許可を取らなくてはなりません」
睡蓮はハッとする。そういえばそうだった。
紅は西の幽世生まれで、西の現人神である白蓮路薫から直々に仕事を請け負うほどの名家の娘。
紅の家族への報告もそうだが、現人神にもその旨を伝えなければいけない。
「えぇ、そんなのべつによくない?」
紅がげーっと面倒そうに眉を寄せて言うと、桃李が厳しい言葉を返した。
「よくありません。それから、花嫁の護衛という重要な役割を担うことになりますので、しばらくは私の特訓を受けてもらいますからね。その特訓に合格しなければ、問答無用で西へ強制送還です。いいですね?」
すると紅はあからさまにいやな顔をした。
「えぇ〜!! それじゃ睡蓮のそばにいられないじゃん!」
「それがいやなら幽世へ大人しくお帰りなさい」
ぶーぶーと文句を言う紅に、桃李はぴしゃりと鼻先で戸を閉めるような口調で言う。
「ちっ……鬼め」
文句が通じないと悟ると、紅は今度は小さく舌打ちをした。桃李が紅をじろりと睨む。
「鬼ですがなにか?」
たしかに桃李は鬼だった。
「あはは、なんでもないでぇ〜す」
ふたりの掛け合いを、睡蓮はぽかんとした顔で見ていた。
桃李の態度があまりにも睡蓮の知る彼と違い過ぎて、若干脳内が混乱していた。
傍らにいた楪が、「どうしました?」と首を傾げる。
「いえ……桃李さんがこんなにきりっとしたかただと思ってなかったので。お手紙でも、お会いしたときもとても丁寧で物腰も柔らかかったし」
不思議そうにする睡蓮の横で、楪がくすっと笑う。
「桃李は仕事となれば厳しいですよ。昔、俺もずいぶん叱られましたから」
「えっ、楪さまが?」
睡蓮はぎょっとして楪を見上げた。
「えぇ」
楪が桃李に怒られる。……意外だ。意外過ぎて想像ができない。ちょっと見てみたい気もするが。
「さて。彼女のことは桃李に任せるとして」
おもむろに楪が睡蓮の肩を抱き寄せる。
「楪さま?」
睡蓮が楪を見上げた刹那、楪は睡蓮の身体を軽々と横抱きにした。
「きゃっ……」
驚く睡蓮に、楪が優しく微笑む。
「しっかり掴まっていてくださいね」
言われたとおりぎゅっとしがみつくと、楪が地を蹴った。
睡蓮を抱いた楪は、天へ昇る龍のごとく、ぐんぐんと駆け上がり、地上から離れていく。