もう授業が始まっている時間帯なので、廊下は静まり返っている。
唯一聞こえてくる音と言えば先生の話し声、黒板に文字を書く音、教科書のページをめくる音くらい。
僕らの教室は門から少し遠い。気のせいか、教室に着くまでの時間が異様に長く感じられた。
「晴人、教室入るぞ」
僕は風雅の合図で一緒に教室に入る。いつもはあまり聞こえないはずの教室のドアをガラガラと開ける音。今日はやけに大きく聞こえてくる。
「先生。遅れました〜」
「風雅、晴人。遅すぎるぞ、なんで遅れたんだ?」
先生も、クラスのみんなもこっちをジロジロとみている。そんな状況に置かれた僕は風雅の服の裾を掴んだ。僕の手は震えていた。風雅はそれを察したかのように先生に言う。
「はぁ、まぁいいじゃないっすか?俺らにも事情があるんすよ」
「まぁいい。放課後職員室に来なさい。」
「はぁい。」
そして風雅は僕の手を掴んで席へと向かう。風雅はいつも僕のことを気にかけてくれている。
だからさっきも僕が震えていることに気づいてくれた。有難いことに風雅とは席が隣だし、班も同じだった。
ダメだ、周りの声が気になって仕方がない。周りの声が煩い。僕は少し過呼吸気味になっていた。
いつもこうだ、周りが自分のことを言ってるんじゃないかと勘違いして自分を追いつめたり、少し視線を向けられただけでこういう症状が出てしまう。
たまに思うことがある、僕は精神病を患っていると。前に一度母に相談をしたが、精神病を患っている息子をもっていると思われたくないんだろう、病院に連れて行って貰えなかった。自分で行くことさえも禁止された。
僕もまた母の命令に逆らえず行くのを拒んでいた。
「おい、晴人。これでも食っとけよ」
そう言って風雅は僕に飴玉をくれた。風雅は外見からはあまり見えない優しさを持っている。
それを僕だけが知っているという優越感に浸りながら、僕は風雅がくれた飴玉を口に放り込む。甘い、サイダーの味がする。
授業が終わる頃には周りの視線などどうでもよくなっていた。
休憩時間に入った時、僕の机に大きな影ができる。僕の鼓動は段々と早くなっていた。
「おい、晴人ツラ貸せよ。」
そう言って僕の机の前に立ったのは道原渋谷。
乱暴な性格で有名だ。進学高ということもあり、勉強以外何も関心のない人が多いが、風雅はいじめを告発してくれたり、僕が鉢合わせしないように上手くことを勧めてくれたり、色々なことをしてくれた。
でも、今の状況をどうやって切り抜けよう。風雅は相手に手を出すことはしない。やっぱり僕がついて行くしかないのか、そう考えていると風雅が道原渋谷の前に立つ。
「おい、晴人が怖がってんだろ。」
風雅はすごい目付きで道原渋谷を睨みつけている。道原渋谷は風雅の胸ぐらを掴んで殴りかかろうとする。
風雅は見た目は怖いけど、喧嘩などをするやつじゃない。だから何も手を出さない。このままじゃ風雅が殴られる。そう思って僕は立ち上がろうとするが、僕に「待ってて」とだけ言って道原渋谷になにか耳打ちをした。すると道原渋谷はそそくさと教室を後にした。
「風雅、何言ったの?」
「ううん、なんにも?先生にバラすぞって言ったらどっか行ってくれた〜」
風雅はにこにこしながらそう言った。でも、バレバレだった。風雅は本当に嘘をつくのが下手くそだ。
道原渋谷達はそんなことで怖がる奴じゃない。何を言ったかは分からないけど、とりあえず助かった。