「晴人、今日は何時に帰ってくるの?」
「今日は、夜遅くなるので、晩御飯はいりません。」
「あらそう?じゃあ行ってらっしゃい」
母はそう言って僕を押し出し、玄関の扉を閉める。だいたい母が僕に帰りの時間を聞く時はお客さんが来る時。帰ってきて欲しくないという合図でもある。
僕はそれに腹がたって仕方がない。わざわざ遠回しに言うんじゃなくて直接僕にぶつけて欲しい。
あぁ、そっか。一応息子だから、帰ってくるななんて言えないよね。僕の口から遅くなるって言わせたいんだ。それに、もしお客さんと鉢合わせした場合、母の素性をバラされたらその人との関係はそこで終わってしまうだろうから。
それを恐れて僕から今日の帰りは遅いと言った事実を作りたいんだ。わざわざそんなことしなくても、僕は素性を話したりなんかしない。
今の環境より話してしまった後の体罰の方がよっぽど嫌だから。そんなことを考えているとあっという間にバス停に着いた。
蝉の声がうるさく響く夏の中頃。太陽がしつこいほどに僕を照り付ける。夏は僕にとって長いようで短い季節。夏は楽しい季節だからあっという間に過ぎ去ってしまう、高校に入るまではそう考えていた。
でも、高校に入ってすぐ僕は家庭環境の悪さや、自身の性格からいじめの対象になってしまった。
両親はその事を知っていながらも、僕から目を背ける。先生もいじめを認識しているが、僕に寄り添ってくれないし、注意も全くしない。
学校に行くのが憂鬱な今日この頃。数十分待ってようやくバスが到着し、僕はバスに乗る。
前に座っている女子高校生はイヤホンを繋いで音楽を聴いている。後ろの男子高校生はスマホをいじっている。みんなにとっては何気ない通学時間。
それが、僕にとっては一番憂鬱な時間帯に当たる。
「あ、晴人。このバスアイツらも乗るんじゃなかったか?鉢合わせしちまうぞ?」
静まり返ったバスの中で、周囲のことなど何ら気にせず僕に話しかけてきたのは友達の柳風雅。風雅の性格は元気がよくてとにかく馬鹿。
そして今の僕にとっては唯一の心の拠り所でもある。
「アイツらって。」
「アイツらはアイツらだよ、お前のこと、何かと目つけてくるヤツら。」
アイツらとは僕のことをいじめている主犯格であり、身長は高くガタイがいい。
進学校なのに成績はあまり良くないらしいが、そんなことはどうでもいい。
僕が目をつけられたのを知っている風雅は僕がアイツらに鉢合わせしないよう毎日のように情報をくれる。
「あと2つバス停すぎたらもう来るけど、どうするよ、」
「このバスじゃないと学校には間に合わないし、そのまま乗ってても鉢合わせするだけだし、」
僕は必死に頭を動かす。あと少ししたらアイツらが乗ってくる。それまでになんとしてでもバスを降りなければならない。でも、このバスじゃないと学校には間に合わない。
「あ、そーだ!お前は体調崩した。」
「え?」
「それで俺は付き添いで一緒にバスをおりる!したら怒られずに済むぜ!」
風雅にしてはいい案を思いついたなと考えながら僕はその提案に乗った。母は僕が病弱だと学校に嘘をついているから、先生も疑いはしないだろう。
なぜそんな嘘をついているのか僕には分からないけど。そして僕らは次バス停で降り、アイツらとは会わずに済んだ。風雅がいなかったら今頃は沢山の痣を作られてただろうから、今日は風雅に感謝だな。
「風雅、今日は昼ごはん奢ってあげるよ。」
「え!まじ!晴人にしては気前がいいじゃん!」