4
村の洞窟工房では、文字通りに「原始人のような男」が、黒曜石を打ち欠いて「打製石器」を作っていた。無精ひげを生やしていたが髪の毛はちゃんと切られていた。それなりに清潔にしている違い(妻の世話による功績らしいが)はあれど、知らない人が見たら「原始人の生き残りが隠れ潜んでいる」と思うだろう。
棚や机があって、魔法陣の描かれた鉄板の上で、作りたてのキラキラ輝く打製石器が、下から青白い魔術の火でチロチロと炙られている。
「手紙どおりだな」
「お久しぶりです、クリュエルさん」
来客に顔を上げるクリュエル。ちょうど加工済みの魔術加工の粉に手を伸ばしたところだった。
なんだか、無人島に置き去りにされた人か、牢獄の囚人みたいだった。
彼はエルフの「毛皮鎧」を愛用していることもあって「原人騎士」と呼ばれている。その凶悪な戦い振りもあいまって、だ。だがこんな風であってもトラと魔法学校で同窓生だったりして、そこいらのバカな学者や下手な政治家よりはよほど学もあるのだという。
「やあ、元気そうだな。こっちゃ、ずっと穴熊で内職してるよ」
この手の洞窟は防音や安全に加えて、地脈で魔術兵器を作るにはもってこいらしい。
クリュエルの「石器」は魔術効果のある特製品であるために価値が高く、直接の味方のための需要に加えて、味方陣営に売って資金源にもなっている。そのために、リーダー格でありながら、穴蔵でこんな作業仕事する時間比率が長い。
彼は「付呪」の魔術の名手だった。
通常は「エンチャント」などとも言われる魔法技術で、剣や槍などに魔法効果を付与する。そうすると魔術的な才能がない者であっても魔法攻撃を物理攻撃に付加できるし、事前に仕込んでおけば魔法力も消費せずに済むからだ(魔法力は時間経過で回復するから、先に準備しておいた分だけ戦闘時に余裕が出来て有利になる)。
クリュエルの「魔法石器」はその魔法技術の応用で使い捨ての武器に仕立てたもの。一度または数回だけの使用であれば、必ずしも剣や槍でなくても構わないし、特に投擲して使うならば回収の余計な手間がなくてすむ。威力はそれなりであるために管理は厳重で、限られた相手にしか売らない・渡さないわけだが、無力な者たちに一時限りの使い捨てとはいえ自衛力のある武器を持たせられる利点がある。
「頼まれていた分は出来ている。管理倉庫の受け取り窓口に行って受けとってくれ」
クリュエルは焼き印とインクの書き込みのある木の札を二枚差し出す。一枚はレトの獣エルフ村のための輸送分で、もう一枚はトラとレトが冒険で使うためのものだった。
トラは受けとって頷く。書類を手渡す。
「トラップ五十枚は、先にそっちの倉庫に渡しておいた」
「ああ、サンキュー。前に魔族が攻めてきたときの防衛戦で、半分以上も仕掛けといたのが吹っ飛んで、予備の追加トラップが欲しかったんだ」
同じようなやり方だが、トラは魔術トラップを羊皮紙に仕込むことも出来る(威力範囲が広かったり敵の接近で自動発動するなどの利点はあるものの、ただしかさばるためにメリット・デメリットがある)。効果・属性に微妙に違いがあることもあって、こうしてしばしばお互いの製造物を「交換して交易」している。
まだ、都市部の防衛ならば軍や警察の精鋭部隊もいる。しかしそれにもおのずから限界がある上に、先述の「政治的事情」で行動が制限されがちなのである。結果として村々や地方のレジスタンスでは戦力の人数的にも劣勢や不利になりがちであるため、単に「強い戦士」というだけでなく「数の差を埋め合わせする工夫」がなければやっていられない。いくら個々の勇士が強かろうが、敵方の魔族は匪賊の手下や「奴隷兵士」で物量でゴリ押ししてくる場合が少なくないため、バカ正直に正面から正攻法・決闘のように戦うだけでは敗北したり詰んでしまうからだ。
5
晩餐は丸木小屋の会堂で、イノシシ肉のシチューだった。パンやお粥も。
当然ながらこの場所では十分な穀物が得られるわけではないし、布の衣類などの日用品だって全部が自給生産できるわけがない。それでも生存できているのは近隣の炭鉱や鉱山を防衛やパトロールすることで村のギルドが報酬を得ていることや、貴重な薬草の採取・栽培による医薬品の精製販売(エルフたちとサキのノウハウがあって初めてできることである)で外部から資金や資材・物資を獲得しているからだ。クリュエルの魔法石器もそうだが、鉱山から買い入れや譲渡された金属で刀鍛冶もやっているし、エルフ・ドワーフの得意な弓矢・木工品や陶芸品も作っている(地脈エネルギーや火山の熱も利用している)。
一般に「山村は全く孤立している」「自給自足して自己完結している」と思われがちだが、実はそれこそ上辺だけを見た先入観や固定観念でしかない。むしろ交易や付き合いがなかったら、地理的に離れた山村での生活や山仕事は成り立たない。
ここは開拓村であり、魔族帝国の支配領域拡大を食い止める屯田兵村なのだ。レトの獣エルフ村などとつながって、暗黙の防衛戦を作り上げているフロンティアなのだ。
「本日は、獣エルフ村からレト君と私の友人が遊びに来てくれました。お互いの無事を祝い、祈って乾杯!」
拍手。共同戦線している結束や絆。
レトとトラは、クリュエルの近くの同じテーブルに席を与えられている。
サキのテーブル周りには「義兄弟」の古参の側近グループがおり、鍛冶屋のブラックスミスと槍術戦士に、兄を亡くした義妹。サキはレトと目が合うとヒラヒラ手を振った。
「あいつ、レト君も狙ってるっぽい」
友人のマタギ娘がヒソッと囁く。前に聞いた話では、遠慮しつつもクリュエルも「将来的には視野」らしい。普通なら争いの原因になりそうなものだが、サキの性格(と実績人数)からして、もはや古参の義兄弟たちも他の女たちも「今さらだし」ということになっている。一説では、この村の過半の男と関係があり、女性でも「食われた」人が少なくないのだとも。
「そうだ。ここにいる間に、お前の剣も手入れして貰ったらどうだ? 明日の朝にドワーフの研ぎ師が来るから、金属疲労の修復も」
「そいつはラッキーだ。記念品だし」
トラバサミの兜の下(口や顎のガード)を下げて食事しながら、トラは友人の勧めに頷く。彼らの剣には独特の経緯があるらしい。
トラのフランベルジュ剣は魔族の貴族を殺して奪ってきた特別な鹵獲品で、魔族の技術で作られた大業物。その刃は銀色の炎が揺らめいているようなギザギザで、ノコギリのようになっている「苦痛を与える剣」。そんなもので斬りつけられたらどんな悲惨なことになるかはお察しで、肉を引き裂いてズタズタにして、付与されている魔法効果(魔法回復妨害)も相まって回復困難。
その強奪したフランベルジュ剣で、元の所有者の魔族の貴族(小魔王・男爵だったそうだが)とやらがどんなふうに殺されたか、レトは考えたり想像すらしたくありません!
当のトラは「純粋な悪意は案外に美しいのかもな? 鬼畜の精神の模範とすべき記念品だ」などと、いつぞやレトに訊ねられて目を血走らせて語っていた覚えがある。トラはたまに(主に敵に対して)狂った鬼畜のようになります。何か歪んだものや絶望や心の暗黒を抱えているのでしょう。
クリュエルの傍らに立てかけられている「かつて聖剣と呼ばれた剣」は、切っ先が折れてなくなっている。理由はかつて「聖剣詐欺村」で、抜けないようにボルト止めされた「偽の聖剣」をへし折って強奪し、反魔王の候補者を騙したり謀殺していた卑劣詐欺の村人たちを皆殺しにしてきたから。
その先端の欠けた独特の形状から「クリュエルの処刑刀」と呼ばれている。それもまた、聖剣ではないものの、大昔の魔族の名工が作った代物なのだ。「この剣を抜く者によって多くの魔族が殺されるだろう」と予言された曰く付きで、間違っても抜けないようにボルト止めしてあったのに、それで(抱き込んだ卑劣な村人たちに命じて)聖剣詐欺していたらクリュエルが(先端をへし折って)強奪してしまい、以来に(魔族たちにとって)恐るべき予言が的中・実現しまくっている。
6
翌日の昼下がりに二人が村から出発するときに、サキが駆け足で精製した薬品を詰めた袋を持ってきてくれた。
「レト君、これも! あっちの村の抗生物質。それとこっちが途中の見張り所の補給分」
だがサキが話しかけたのはレトだけで、トラとは一瞬だけ目を合わせたが無視。冷淡で険のある眼差しだったように思う。
どうやら二人はあまり仲が良くないらしい。
原因はトラ自身の態度や見方であるらしいが、サキには珍しいほどの愛想なさだった。伝聞したところでは、いつぞやこんな会話があったとか。
「人間のくせに、人間を裏切って魔族から金貰って裏切ったバカが後を絶たない」
トラは数年前の致命的な戦場で、味方陣営のはずの人間の裏切りと戦線崩壊で、破滅を目の当たりにして本人も死にかけたらしい。
たまたま酔っ払って、機嫌が悪くメランコリックになったサキが過剰反応したようだ。
「それって、私のことの当てこすり? 私の母さんのこと? 私は魔族と人間のハーフ混血だし、母さんだって人間に苛められたからあんなになっただけで、可哀想な人だった。
私に「栄養不足にならないように」って、胸を針で刺して自分の血を飲ませてくれたし、「あなたのお兄ちゃんがいる」って幽霊に怯えていたわ。たまにヒステリー起こして下僕の人間を鞭打っていたけど、でもけっこう気遣ってた。わかってる人たちは「あの人はいい人だけど心を病んでいるだけだ」ってわかってくれたし、人間を面白半分で殺して食べてたなんてのも、嘘の噂よ」
サキの人間の母親は、人間の盗賊(元は滅んだ国の不良になった軍隊)に捕獲されて監禁・虐待され、魔族側に走った女だったらしい。望まず妊娠していた誰のものかもわからない子供を臨月間近で堕胎して、魔族の有力者に手ずから調理して食膳と酒肴に捧げた。それから気が狂ったようになっていたらしい。
「あなたって魔族嫌いなだけじゃなくって、人間のことも嫌いでしょ?」
「ああ、そうかもな」
「私、あなたとだけは寝たくない。生理的に無理。だって「愛」してくれない人なんて」
「ふうん、媚びへつらって機嫌とってでも他人から愛されたい人ってわけか? 愛情乞食? 本質ではお前の母親と変わらないよな?」
直後にサキはトラバサミの仮面に、拳固で思いっきりに殴りつけたという(殴ったサキの手があとで腫れ上がったとか)。泣き出してヒステリーを起こして、いつもならまずないような不機嫌さと癇癪ぶりだったと聞く。
個々の経緯や性格の合わなさだとか。
偶然のタイミングや巡り合わせもあるだろう。
要するに、トラはサキを信用しておらず、将来的な狩猟対象の敵のように考えており、サキからすればそれを敏感に感じとったのだろうか。そんな下地や前条件がたまたまのきっかけで、相互嫌悪に発展したようだった。
7
このときの朝食の前にサキがレトに話しかけて、トラのことを聞いてきた。
「あいつ、あの鉄仮面があなたのお姉さんと仲良くなったって、あれ本当?」
「はい? ええ、そうですけど。僕もお世話になってますし」
「どんな感じ? あいつ、愛とかあるわけ。近ごろ急に、殺気みたいなプレッシャーが減った感じで変っていうか、丸くなったっていうか」
「え? あ、たぶん。姉がノロケてきます」
すると、サキは少し驚いたような感動したようなふくれて拗ねたような顔になった。
「あいつ、会ったときとかその後もすごい殺気みたいな。あれって私にだけってことかな? 「人間のくせに魔族みたいな奴だな」って、めっちゃ気持ち悪かったけど。あれ、やっぱり私にだけかあ」
サキは考え込むような口惜しそうな表情で「私が気にしたのは黙っといてね」と言っていた。感覚が鋭く、内面の葛藤やデリケートさがあるサキにとっては、トラの態度や本質的な一部分がどうしても耐えがたかったのか。
8
村を離れてから、レトはトラに言った。
「サキさんって、そんな悪い人じゃないですよ」
「だとしても、いずれ必要なら殺すしかない。周りにいる取り巻き連中の人間も。感傷とか無駄な感情は他のお人好しに任せておけばいい」
「トラは、サキさんを疑ってるんですか? それとも魔族が嫌いだからとか」
するとトラは、トラバサミの鉄仮面の奥で小さく笑った様子がした。
「そう! その両方だが、前のときの調子からしたら当面は殺す必要はない。「愛情乞食」と言ってやったら怒っていたが、たぶん当たらずしも遠からずで図星なんじゃないかな?
もしこっちや人間を無難に偽って騙すつもりだったら、こっちが都合の良い勘違いしていたら、もっともらしく装ったりしそうなものだが。態度や反応からして違うと感じたし、あれが全部騙すための演技だったら逆にたいしたものだ」
「確かめるために、わざと勘に触るようなことを言ったんですか? トラはしょっちゅうやり方が酷いときあります」
また、トラは鉄仮面の奥で笑ったようだった。
「それが持ち前だからな。
あいつ、頭のゆるいお人好しの軽尻に見えて、けっこうプライド高くて性格複雑そうだなーとか。単にバカ女とかゆるいっていうだけより、歪んでこじれたような。
それに、俺に「魔族みたいだ」なんて言った意味を考えてみたが、あいつ自身や人間の母親が周りの魔族から捕食対象の餌や獲物みたいに見られてたのかもしれないな。だったら、ハンター(狩人)の俺に「魔族みたいだ」って言うのもわかるし、あいつが人間と親しくなったのも。
置かれた立場のストレスで性癖が歪んだり暴走して、そういう習性や性格になったのか。ここで見かける機会ある度に様子見して観察もしていたんだが、一人でいるときに警戒や不安や恐怖や気持ちが沈んでるような顔のときがけっこうあって、反対に取り巻きの人間と一緒にいるときに安心してくつろいでる感じなのな。
まだ、魔族からなぶり殺しして食われたりするくらいだったら、慕ってくる人間と付き合ったり寝た方がはるかにマシで安心できるだろうし」
レトは黙り込んで、二人で帰路を急いだ。
1
その日の昼過ぎに密かな報告を受けたジョナス大尉は、急に仕事の書類(土木工事)を放擲して、コーヒーを飲みに向かった。
認可のサイン業務については、権限がある代理で信用できる同僚に任せた。同僚どころか上役の少佐殿は、ものの五分の会話で愕然とした表情を浮かべたものの、「私がやっておこう。どうせ暇だから、二三時間ほど残業して心を無にすることにするよ」とやるせない微笑だった。
とても、やるせない表情で頷き合う。
「大丈夫かね?」
気遣う少佐殿に、ジョナス大尉は「お心遣いに痛み入ります」と一礼し、沈痛な面持ちでその場をあとにしたようだ。
目指すコーヒー店は、退役した特殊部隊戦士のサワラ曹長のところ。いわゆる、仲間内のたまり場である。暗い政治圧力や権限の問題があるために表立ってできない、反魔族レジスタンスの連絡事務所を兼ねていた。
二階の会議室になっているラウンジに上がるなり、ジョナス大尉は獰猛な唸り声を噛み殺しながら手近な椅子を蹴り飛ばす。椅子の脚が折れて、バウンドしながら床を転がった。
そして旧友のサワラ曹長、もとい店長に吐き捨てるように告げた。
「全滅だ」
「? は? 全滅?」
浅黒いサワラ店長は、目を白黒させて頭を搔いている。理解が追いつかないらしい。
「まさか、あいつらのことか? わざわざ表向きには退役させて二十人くらい送ったって」
「そのまさか、だよ!」
押し殺しつつも、怒気と剣幕は凄まじい。
サワラはそれでも理解しかねたようだ。
「待ってくれ。戦闘があったなんて、聞いてない」
「戦闘じゃない。炭鉱労働だよ!」
「何があった?」
数秒間の重苦しい間を置いてから、ジョナス大尉はやや早口で簡潔に応えた。
「奴らが裏切ったか、騙しやがったのさ。「対魔族で防衛や牽制してレジスタンス参加したいから、指揮や指導も出来る戦闘員を送ってくれ」とかほざいていたが。炭鉱労働とやらに送られて、ほとんど全員が殺されやがった」
呆気にとられたサワラは、己の額を手でペチッと叩いて「あちゃ!」と、どうしようもないときに笑うしかないときの軽々しい悲鳴を上げた。
政治家などで、魔族がらみの利権ギャングとつながっている者は少なくない。理解者を装って人員の派遣を依頼しておいて、虎の子の信頼できる実力者たちを送らせておいて、彼らを騙し討ちや売りとばしたのだろう。
貴重な人員を失った打撃もさることながら(魔法の素質なしに魔族や魔法使いと戦える達人クラスの戦士は多くない)、人間相互の信頼関係を破壊して、対魔族ギャングでの連携協力を阻害してくる。そういう卑怯な策略は敵方の十八番だった。
しかも、しばしば以上に人間側の腐敗した有力者が絡んでいて、潜伏している魔族やギャングを庇護したり便宜供与している。建前上には身内であったり見せかけの合法性やグレーゾーンで体裁を装っていることもあるし、気にくわない・裏切り者だからと勝手に独断で殺してしまうわけにもいかない事情がある。
たとえ正しい目的でも越権行為で暴走すれば自分たち自身が犯罪者として訴追や弾劾されかねず、そうなるとまた腐った連中に政治的策略でつけ込まれ、あべこべに裏での勢力を拡大されかねない。政治家や指導層の大部分は妥協するか腐りきっており、どうにか背後からの牽制と監視で現状維持して一進一退。
「協定さえなかったら、さっさと皆殺ししてやるっていうのに」
今や「協定」と呼ばれる裏ガイドラインになっている合意が成立しており、魔族や配下のギャングを一定の範囲や条件で野放しするしかなくなってしまっている。場合によっては明らかな違法行為や犯罪ですら目を瞑るしかない。
良い警官や軍人が(口実から政治圧力で)クビにされれば防衛力や治安維持力がかえって低下してしまい、しかも腐敗側のスパイが空いた席に入り込んでくることすらある。脅迫されたり家族にまで累が及ぶことを恐れてしまい、どうしても及び腰になりがちだった。
ジョナス大尉はビールを二口三口ラッパ飲みしてから、歎息するように言った。
「サワラ。俺は辞めるぜ。フリーのハンターになってあいつらを殺しまくってやる。そうでもしなけりゃ、あいつらはつけあがってやりたい放題するばっかりだ!
このままだったら、わけがわからないうちにこの町もこの国も、イカレた素晴らしい魔族帝国のお目出度い植民地になる。誰かがあいつらに恐怖を与えてやるしかない!」
カウンターテーブルに拳を叩きつける。
彼の幼い息子と妻は、魔族犯罪テロの犠牲になっていた。たとえ軍の公の職務を離れたり、魔族側や付随するギャングから恨みを買っても、失うものは多くはないのかもしれない。いくら世の中が腐っていても、さすがに個人の経緯や正義感からすれば「自分もデタラメやって汚職してやれ」という気にはなれないらしい。
ただし、「反魔族レジスタンス」は違法行為(存在そのものが私闘や私戦予備、裏協定にも違反)であって、いかに理解者や賛同者が少なくないとはいえ、刑法的には「犯罪者になる」のと変わらない。
サワラ店長は困った顔で頭を搔いた。
「それは、まずいよ」
「何がまずいんだ? 他に方法があるか? 俺とお前で、若い奴何人かとであいつらをぶっ殺して「見せしめ」にしてやった方が世の中のためってもんだろう? お前だって、とっくに手を汚してるんだから止める筋合いか?
俺が今は事務仕事ばっかりしてるからって舐めてんのか? サワラ君よ、昔の戦友だったら俺が「やれる男」だってわかってるだろ?」
酔いのせいというよりも、これまでと普段からの苦悩と葛藤が言葉になって溢れている。
だがサワラは冷静だった。冷徹な怒りの瞳で友人を諭すことにした。
「貴様が辞めたら、今のポジションの仕事や権限はどうなるよ? 信用できる替わりでもいるっていうのか? おかしな奴らが替わりでお前の地位に就いてみろ、部署や部下ごと全員破滅だろうが」
「いや、それはそのとおりなんだが」
「あの代議士の先生だって、そんなやり方は反対すると思うぜ。とりあえず少佐殿が次の選挙に出て勝てれば議席も増えて、やっと法案提出の目処が立つだろ?
あいつらはそれを嫌がって、こっちがキレるように挑発してきてるのもあるだろうし。のせられて嵌め込まれるのが賢いとは思えんな」
「だが、このままでは」
苦慮の表情のジョナス大尉に、サワラは落ち着くのを待って言った。
「資料だけ、回してくれ。新人のハンターが心当たりあるんだ」
ハンター、狩人。レジスタンスの非合法戦闘員の隠語。
「そうなのか。ふんっ、水くさい。言ってくれたらちょっとくらいは手助けしてやれたのに。どんな奴なんだ?」
「魔法使い。変わり者のな、まだ若いけど魔法学院を出ている」
「魔法使い?」
ジョナス大尉は考え込む仕草になる。てっきり軍や警察からの決起組やら、格闘選手崩れやヤクザものだと予想していたようだ。
それに軍関係者からは、人間の魔法使いや魔法学院・協会の類は必ずしも信用されていない面もある。高度な魔法・魔術能力の資質や知識とノウハウの独占で、ある種の特権階級意識が強く、一般の人間や軍の戦士たちを見下しているところがあるからだ。
更に言えば魔族に同調する者すら多いようで、魔法協会は魔族ギャング利権の迎合や首謀者たちの巣窟にすらなっているのは、知っている者には公然たる秘密事項(あまりにも絶望的であることや制裁を恐れてあまり口にできない)。
「なんで、そんな奴が?」
普通だったら、わざわざそんな賢くないことはやらない。学院や協会に従って魔族利権と仲良くした方がはるかにお得だから。
「だから、変わり者ってのさ。いつぞやの原始人君もだけども、そういう奴もいないことはないのさ」
2
「それで、こいつらをぶっ殺す?」
「判断は任せる。こちらだって全部が全部に責任負えないし、やればお前は「犯罪者」になる。つまり自己責任ってことだ。だから絶対に無理はするな、お前の判断でどこまでやるかも加減すればいいし、逃げても構わない。
だがどうしてもと言うんだったら、それで賞金を出すレジスタンスのギルドの窓口を教えてやる。他に用心棒みたいな穏便なのが良かったら、そういうのもなくはない」
「いや、やるよ。俺はこいつらを殺したい。あんたらだってあっちの町の連中だってそうだろうに、よくリンチや暴動にならないな」
トラバサミの鉄仮面青年、通称「トラ」は「若枝の義手」で与えられた資料の要点の写しを再度にあらためた。原本までは持っていけないから。
彼が魔術者・魔法使いであるのは服装だけでわかる。皮革に付呪した簡素な鎧(胸当てのあるベストに近い)。一般的に魔法処置を付与された防具や武器は効果が高いけれども、ものによっては特に本人に魔法能力がある場合こそ真価を発揮する。魔法使いの使用を前提とした製品では「防具以外の場所と部位」にまで強力な防御効果が及ぶため、肩当てなどもなく通常の戦士の武装よりも軽装になっている。
サワラは新しいコーヒーを注ぎながら、どこかやるせない。
「みな、腹には据えかねているのさ。だが迂闊に手が出せない。なぜなら「管轄」が違うから。その町や地区で支配層が腐っていれば、下手をしたら越権行為でこちらが訴えられる。今回みたいな、極秘裏に送った助けが嵌められて売られることも。
あっちの町の人たちだって、魔族やギャング相手では尻込みしても責められん」
「やられた人らは、いい面の皮だな。わざわざ退役してまで助けに行ったのに、当の相手方の裏切りでやられてたら「何しにいったのかわからない」」
トラのいうことに、サワラは同意の頷きでため息した。
「今頃、うちの軍の大尉が遺族を回っているはずだ。気の重い話だろうが、あいつなりの責任の取り方だろう。「あなたの息子や兄弟は運悪く死にました、完全に犬死にでした」だけではあんまり可哀想だし、せめて慰めたり励ますくらいは。軍の信用の問題もある。
もし生活に困るようなら仕事の斡旋や金の貸付やで手助けしてやれるからな。
それに「見捨てていない」と態度で示しておけば、この町の潜んだ魔族やギャングだって、手を出しにくくなる。もし遺族を襲ったら「手段選ばず報復するぞ」って思わせとかないと」
3
ジョナス大尉は薄暗がりを、腫れた顔で血の味を飲み込んで、次の遺族のところへ向かう。殴られた痛みが心の苦悩を幾ばくかなりとも和らげてくれる。
まだこれが正式・正規の作戦ならば、「殉職者」への死後の階級や顕彰の授与して堂々と勇気を称えて追悼し、僅かなりとも遺族年金くらいは出してやれただろう。まだ慰めたり自分自身も遺族もやるせなくも一応は納得できたかもしれない。
けれども今回のことは「非正規作戦」であって、ジョナスなどの上級将校のリーダー格と志願した希望者たちで「勝手に(自己責任で)やった」ことでしかなく(及び腰の政府や多くの腐敗した政治家などからは良い顔をされないだろう)、しかも彼らは「形の上では退役済み」なのだから正規の軍人・兵士ですらない。
しかも戦ったり有意義な成果の代償などでは全くなく、味方のはずの相手方に裏切られて嵌め殺し・犬死に。ジョナスは作戦実行の判断を下した一人であるだけに、自分たちを信じて決死の覚悟で行動した部下たちのこんな結末はなおさらやり切れない。
「あんたのせいで!」
「どうしてうちの人にそんな危ないことを」
「息子を騙して殺しやがったな!」
耳に残る、遺族の悲痛な声。
「あっちの町も潜伏魔族のネットワークから解放すれば、それでこっちの防衛ラインも構築できる。あの代議士さんと少佐で参事会の議席をおさえれば、この地域全域で優勢にできるかもしれないですし」
別れ際にかわした会話が甦ってくる。
いつか戻ってきたら、新しい議員のスタッフと護衛に回すつもりだった。自分の地位や他の重要ポジションを任せる予定だった者も多い。
数時間前に再会した彼らは、戻ってきた遺体だけでも、極度の飢餓と過労で苛め抜かれて死んだであろうことは明白だった。
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「そういえば、あのデカイ剣は?」
「この腕では十分扱えない。あれは諦めた。決め手に使おうと思って訓練はしてたけど、腕が無事でもはたして実戦でちゃんと使えたかも怪しいし、訓練用だったと思っておく。
それに、もっと良いのを手に入れたさ。初戦の戦利品だけど、もっと手頃で扱いやすいし俺に合っている。マジでラッキーだ。あの大剣で昔からロマンで無理矢理に訓練してたから、この剣だったら片手でも十分上手く扱える」
鉄仮面のトラの右腕は「若枝の義手」と呼ばれるもので、特殊な材木を魔法加工して、本物の手のように随意に動かせる。魔術師たちの間では身体欠損を補う治療に使われるが、本人に魔法の素質や能力があれば外部からの「パワー充填」を必要としないのも利点だ(形態を調整や変化させたり、損傷を自己修復できる強みもある)。
ただし、強度や保持力では生身の四肢より劣る。日常生活での不都合はなくとも、戦闘用としては戦力低下をカバーしきれないらしい。より戦闘向けの金属製のものもあるが、値段とコストも高い上に重量も重く、メンテナンスの手間や敵の探知に引っかかりやすいデメリットもある。
「その剣、のせいじゃないよな? 魔族から奪ったとか言っていたが、まさか「魔剣」とか「邪剣」とかじゃ?」
「いや「魔法使いや魔族向け」ではあるかもしれないが、そういう効果はないと思うけど。犠牲者の怨念で呪われてる、とかはあるかも。アハハ」
サワラの不安げな面持ちの問いかけに、トラは鉄仮面の小首を傾げた。まるで「どうしてそんなきとを?」と無邪気な疑問にするように。
床に置かれた袋。
今日も、殺した魔族の生首。
それだけではない。切り取った腕や抉り出した肝臓と心臓まで。それらは首級以外の部位で「売れる」需要はあるのだけれども、実際に殺した魔族から切り取ってきたり売り飛ばすのを実行するハンターは多くない。戦いの現場で余裕がないのもあるだろうし、人間に形が似た魔族の死体を動物の獲物や家畜ように扱うことへの、心理的な忌避感もあるだろう。
たいていは首級をあげるくらいで済ませるが、ここまで徹底的に魔族を「狩猟対象の獲物」としか考えないのは少数派だ。
それくらい居直っているのがトラの強みなのかもしれないが、どこか狂気の片鱗のようなものを感じて、サワラはときどき背中が寒くなる。「本当にこいつ人間か?」とすら思う。
「魔族を食ったそうだな? 最初のとき」
「あ、うん」
邪気もなく、とぼけた感じでうなずくトラ。鉄仮面で表情はよくわからないが、受け答えは軽い雑談の調子だった。
「あんまりやめておけ。そういうことは。おかしくなっちまう」
「あんまりおいしくない。肝臓とかも薬で売れるらしいけれど、あんまりおいしくない。
だから「お前も食ってみろ、自分の肝臓がマズいって、お前の性根腐ってるからだろう?」って御本人様に味見させてやったよ。アハハ」
聞くところでは、ずいぶん酷い殺し方。
トラが言うには「魔族やその手下どもに恐怖を教育してやらなくてはいけない」「悪意や暴力に対抗できるのは上回る暴力と狂気しかない」。一理ある発想や言い分とはいえども、こうまでストレートすぎると(まるで魔族のようだ)、常識人のサワラなどには驚きや不安を抱かせるところがある。
5
もう何ヶ月前のことだったろうか?
一年くらい経っているだろうか。
まだ「狩り」をはじめて間もなく、初めて本格的に魔族と戦ったときのこと。それまでは人間の手下や手先、最下級の雑魚のような魔族と小競り合いしていただけだった。はじめて実際に戦った「魔族の騎士(下っ端でない)」とやらは、強いことには強かったが「どうにもならない」ほどではなかった。むしろ心のどこかで拍子抜けさえしていた。
だが。これで勝てる、そう思ったときに振り上げたあの大剣が義手からすっぽ抜けた。不意討ちの反撃で吹き飛ばされ、ダメージで朦朧としながら、子供の声が聞こえた。
それはたぶん子供の頃の自分の声か、知っている誰か複数人の声なのか。たぶんその両方だったのだろうか。
「間抜けだよね。魔族と戦う前に、人間にやられてカタワになってるなんて。
「自分だったら魔族に勝てる」とか、魔法協会の方針は「魔族との賢明な妥協と共存」なのに逆らって勝手するとか」
いつぞやトラの右腕を居合い切りで切り落としたのは、どこぞの自称・貴族の「殿」とやらの無礼討ち(試し斬り?)だった。成り上がり者である殿は示威行為と自己満足を必要としたらしく、他にも頭を切られて脳損傷になった者もいる。参集した戦士たちを「閲兵」して、見せしめに生意気そうな奴や目についた手頃なのを兇刃にかけた。
この「切り落とす」というのは、単純に切断面だけの深い切り口の苦痛だけだろうか? 無事な側の頭からすれば、切り落とされた右肘から先を全部失ったことになる。それだけの分量を、仮に全部をいっぺんに刻み潰されたとしたらどれだけの苦痛だろうか?
パニックになってわけがわからずのたうちまわりだしそうなところを、思い切り顔面に蹴り。
「情けない奴だな。無様にもほどがある、戦士の心構えがなっていない。我が方に不用! 魔術者あがりふぜいの分際で、伊達にそんな大剣など背負って何様の思い上がりだ? ん?
我が居合いの術と「魔術者殺し」の秘宝剣、一生涯に証人の見本として恥をさらして生きていけ! その腕は魔法でももう治らん。お前は一生カタワ確定だ。
ほら、終了っ! このように、戦場では一瞬の油断で人生終了だから! それがわからなかったお前が悪い。お前はもうカタワ、使い物にならん。 んんっ? なんだ、その目は?」
「よく、言われるよ」
子供の頃から。「おとなしいしたまに剽軽なのに、たまに有り得ないくらいやばい目をしている」「何を考えているのかわからない、怖いし不気味」とか、よく言われた。
殺意は固まっていた。脂汗を流しながら、攻撃魔法を放とうとしたとき、察した世話役がタックルしてトラを取り押さえた。そうでなかったらたぶんその場で殺していた。
「い、医務室に連れて行くから! 暴れるな、おとなしくしろ! 閣下、申し訳ありません。こいつもここの者らも新徴募したばかりで、よくわかってないのです」
引き分けた世話役や他の者らのおかげでそれ以上には事なきを得た。もし暴れていたらトラ自身も命が危なかっただろうし、たとえ「勝利しても法的に死刑」になりかねなかっただろう。
ちゃんと最低限でも応急手当てと治療はしてくれたし(上司役たちが抗生物質や代金を工面してくれ、事務のお姉さんなども見舞いには来てくれた)、僅かとはいえ心付けもくれたから、必ずしも彼らまでがトラを嵌めよう・陥れようとか明確な悪意まであったとは思えないわけだが、逆に少し困ったしムカついた(そんな悪気ない人らを殺しても「主に八つ当たりの過剰な復讐」「理不尽な暴力加害」にしかならないと頭でわかっていても、凶事に見舞われた端緒や原因の一つではあるだけに)。
周りのものや招集した世話役たちは、曖昧な顔でやり過ごしていた。彼らにさして悪気はなかったにせよ、無茶な横暴にも逆らえない人たち(その場にいた志願者の半分は、何故か鉱山で奴隷労働送りだったとか)。なお、その「魔術者殺し」の貴族氏は後日、他の若手の誰か(数名)にもイジメや虐待して破壊したり思いつきで斬りつけて脳挫傷させ、最後はプロ軍人の剣客から「立会制裁リンチ」されてついに殺されたそうだが(腹に据えかねた誰かが通報や依頼でもしたのか?)。
たまたまその成金貴族の人間性や巡り合わせの偶然、トラ自身の油断・盲信や驕りにも悪運を招いた理由や原因はあるだろう。けれども、もう一つの別の隠れた裏事情がある。
魔法協会は魔術・魔法のノウハウやデータを独占して、資質のある人員の大部分を支配下や影響下に置いているが、概して魔族勢力に妥協や迎合している腐敗や元凶ですらある。魔法という特殊な力を持っていることでの特権階級・エリート意識が凄まじく、ほとんど魔族やそのやり方に共感・同調したり憧れすら持っている。人間側が劣勢になっている主要原因は、政財界の腐敗と並んで、魔術協会の常習的な裏切り行為やサボタージュだと言って良い。軍の戦士たちには接近戦・格闘や肉弾戦なら魔族と十分戦える勇士や達人はそれなりにいるが、後方や側面から援護する魔法使いがいない(サボタージュして協力しない)ことで、損耗率も高くなって及び腰にならざるを得ない。
今回の盗賊グループとの乱戦でも、近場の魔術者たちのほとんどは戦わずして撤退や見て見ぬ振りを決め込んで、そのために四方八方から一方的に撃ちまくられて戦士たちが何人も犬死にの屍をさらしている。
トラだって、このままでは追加の「転がった死体おかわり」になりかねない。敵の魔族騎士がこちらに向かって来ているのに立ち上がることすらおぼつかない。しかも武器の大剣は滑り落ちすっぽ抜けて手元にない。幸い敵の魔族は「戦士寄り」のスタイルのようだが、はたして単純に正面から魔法の撃ち合いで勝てるだろうか?(トラは射出系のポピュラーなやり方の魔法攻撃などは月並みだ)
「思い上がるからだよ。ちゃんと協調性があって服従できることが大事なのに。自分だったらどうにかできるとか、どうにかしてやるとか。そんなアホなことするから「死ぬことになる」」
拍手する、子供たちの幻影。
でも、こういうふうになった原点は子供時代からの情熱だから、言われる義理はない。あるいは落胆を表明するのに、過去の自分が幽霊にでもなって現れたとでも言うのだろうか。
ずっと、魔術協会の魔術者たちを「傲慢で酷い奴ら」だと思っていたが、傲慢さというのは(方向性が違っても)自分自身もそうだろう。しかもあいつらは集団心理だけれど、自分は一人で余計な夢やロマンを持った。だったらなお悪いじゃないか。
だったら、なお「悪くて酷い」人間になってやればいい。どうせ相手は魔族で、魔族より「悪い」くらいでなかったら勝てるはずがない。どうせ世界の本質は悪意や暴力なんだから。魔族こそ人間の教師だし、見倣って殺すべき存在だろう。
「反省」の新しい次元が「鬼畜」の覚醒だった。
それまで、自分がどれほど愚かだったかを理解できた気がした。正々堂々とか騎士道精神みたいなものに、心のどこかでこだわり続けていた。でも「敵が死ねばなんでもいい」のだし、卑怯でも無慈悲でもいい。
「義手で良かったよ」
追撃で迫ってくる魔族の剣士。
銀の炎のように煌めく、ノコギリにような刃。
トラは避けずに、義手で受けた。
瞬間、火炎と爆発が発生。義手にブービートラップを仕掛けてあったのだ。
魔術トラップで、破壊の発生する彷徨や範囲はコントロールできるけれど、それでも義手はズタズタになってぶら下がる。火炎と爆発、そして砕け散った義手の破片の散弾。全身に傷を負って倒れたのは、勝利目前だった魔族の騎士とやら。
手放され、転がった敵の剣で、何度も何度も斬りつける。
「左手一本じゃ、力足りねえんだよ」
トラは切り刻みながら陰険な微笑。
もっと酷いことも考えついた。
(この魔族野郎を囮にすれば)
敵は魔族とその手下だから、人情も倫理観も劣っているだろう。普通の人質では見殺しされるだけかもしれない。しかしそれらの部下たちはこいつの恩顧と利権で生きているのだから、半殺しで吊しておけば救助しに来るかもしれない。
(ありったけのトラップを仕掛けて皆殺しにしてやるぜ!)
きっとトラは鬼畜や悪魔のような顔をしていた。奇計・策略で三十人をまとめて殺した日、魔族の騎士を殺して新しい剣を手にした日。
6
ジョナスの部下たちの横死させられた仇が取りざたされてから、三カ月ほどは何事もなかった。
少佐は参事会の選挙に出馬し、無事に当選。
祝賀会パーティーで「爆弾」が爆発して、集まっていた支持者たち数十名が死亡。それらは選挙のために妥協していた魔族ギャング。人間に紛れていた魔族二名は「特殊な剣」で切られて回復魔法による復活すら叶わず惨殺。
ジョナス大尉は清々しい顔で、さらに爆破トラップ魔法を起爆しようとするトラを制止した。これ以上の破壊は無駄で修理費用は経費や税金だから。「こいつもストレス溜まってそうだな」「はっちゃけたな」などと思いつつ、笑いをこらえた顔で首を左右し「そのあたりでやめとけ、もう十分だし建物の修理の手間がかかるから」と。
「囮役も、ご苦労。「反魔族の狂った過激派テロリストがいる(トラバサミの鉄仮面の、狂った魔法使いの好戦派が)。だが我々はそこまでの強硬策は望まない、現実的かつ賢明に君たち売国奴と妥協や取引しよう。その危険分子の情報を売ってやるから選挙協力しろ」って。
俺らのグループは「票で買収」されて護衛してやるって口実で騙して、こいつら逃がさないように周りを固めていた。アホだな、あとで全員皆殺しにするに決まってるだろ? フライングで殺してやろうか、何十回迷ったことか!」
「その剣、あんたが持っていたのか」
「これか? いつぞや「辻斬り」していた買収で成金貴族の武芸者を始末したときに手に入れたんだが。まさかお前の腕、これでやられたのか?」
ジョナスは「業物・魔術者殺し」を見せた。
装飾からして、たぶんあのときのものだ。
トラの切り落とされた右腕を接合できなかったのは、その魔剣の「回復魔法への阻害」という効能が原因。キチガイに刃物、バカとハサミ。
「そうだったのか。それにしたって、お前って魔術者では強い方なわけか?」
「戦いだけならそこそこやる方だろうが。戦術や肉弾戦の格闘も含めての総合力としては。
魔術者としての認定ランクは十二階級の上から六番目。ただ、広い意味での魔法能力がある人間の七八割くらいまでは八か七ランク止まりくらいだろうけど。半分は一生かかって九ランクにもなれるかどうかだろ、資質的に」
「だが? だったら魔術協会には、お前みたいなのが何千人も何万人もゴロゴロいるわけか。並以下の下っ端や弱い下手な奴らを入れたらもっと幾らでもいるのか。
戦闘の能力のこと言っているんだが。だったら、あいつらがどんだけサボって裏切りしてるのかってことになるが。お前と同レベルの奴が千人なり二千人なり積極的に軍やレジスタンスと一緒に魔族と戦っていたら、それだけでも悪くない戦力だし、戦局が変わるんじゃないのか?
能力のある奴が「いない・足りない」というよりも、魔術協会方針とか指導でわざと手を抜いたり協力拒否したり、戦わずに逃げまくってサボっているのか? それで魔族ギャングからご褒美の金や利益を得られるってことなのか?」
「その認識で、だいたい合っていると思う」
魔術協会のグループ・ネットワークは人間の魔法使い・魔術者の資質や能力がある人員や知識・ノウハウやデータ以外にも、魔術の資材や魔法効果のある武器や道具類なども大量に独占的に支配下に置いている。それが故意に戦わず、場合によっては政治的に駆け引きして、味方側の反魔族の政治家や警察・軍・レジスタンスに圧力や妨害すらしている。特殊なエリート党派意識はほとんど選民思想じみていて、自分たちを「第二の魔族」になぞらえたり憧れや共感するような風潮があって、そいつらが人間の魔法使い・魔術者たちを指揮・統制や指導して、人事権や地位ポストの推薦や指名権どころかランク付け・評価なども握っている。魔術者全般への影響は絶大で、裏を知っている者らの間では、それが人間陣営を対魔族戦争で劣勢にしている原因にも数えられている。
トラとジョナス大尉は苦い顔になる。
だがさっさと町を脱出して、山や森のレジスタンス拠点に行かなくては。もはや体裁上ではテロリストや犯罪者と大差がないからだ。
ほぼ同時に町中をゲリラ粛清で魔族ギャングに殺戮していた実行者は数十名くらいいるのだけれど、それらが全員逃げるわけではない。事後にも反魔族レジスタンスの戦力として防衛・威嚇・掃討する人員が町に残っている必要はある。あまりにもあからさまに殺しまくって(魔族やギャング側との)「裏協定」にも違反なやり方だから、誰かしら「こいつらがやりました、逃げました」という形式上の代表者が必要な次第である。
「ひとまず、最寄りのレジスタンス拠点に話は通してある。あっちの裏切り者どもの町のことは、いったんそっちに着いてからも改めて考えよう」
トラとジョナス大尉は森林地帯へと旅だった。
(三話へ続く?)
※携帯スマホで簡潔・要約的に書いてますw
1
「はあっ!」
レトは村の河原で能力解放(人狼変身)の練習。
気合いを入れれば、グリーンのローブに包まれた身体が一回り筋肉で膨れ、背丈も少し伸びるようだ。顔立ちは「狼」でなくレトリバーなのだが。
だんだんコントロールできるようになってきていて、突発的な偶然頼りでなく、自分の判断で変身できるようになったのは進歩か。
変身後の基本形態が二足歩行タイプであるために、そのまま人間の衣服を着用し続けられることや(膨張を考えてゆったりめに仕立て)、あのトラに貰った大剣などの人間用の武器を存分に使えるのは利点だろう。
彼の姉などは四足獣になってしまうために衣服が邪魔になり、移動速度が高く動物的な俊敏な戦い方ができる反面で、物理的に動物のような行動しかとれない(二足歩行・直立タイプに変身する練習もしているが上手くいかないそうだ)。「便利でいいね」と弟を羨んでいたが、姉の場合は付属の固定装備・先天の魔法が攻撃向きであるから、人間形態でもそれなりに強い。変身を必要とするのはよほどの強敵や窮地だけだろう。
(でも、ビジュアルがなあ。姉さんの狼姿は美々しいしかっこいいのに、僕はなんでこんな。どうして、耳垂れてるんだろう?)
流れる川面に映った、やたらと温厚で人懐こそうな己のレトリバーな狼男の顔。
深刻というわけなないが、心に引っかかるものがある。無念と苦悩のような何か。
気をとられて油断していたのは村だからか。
接近してくる二人に気付かず。
見知った顔の、ドワーフの戦士娘とエルフの魔法使いのお姉さんがこちらに歩いてくる。葦の繁みにしゃがみ込む。意図を察したときには手後れで、二人して「お花摘み」。
(まずい。用足し中に出くわしたら、あとで面倒そうだ)
逃げるタイミングを逸してしまった。
こちらに気付いているのか、おそるおそる少しだけ頭を巡らせて様子を窺う。目敏くこっちを見つけたのはドワーフ娘。同世代で気が強い女の子だった(よく耳をからかわれ)。
聞こえてくる霊妙音、漂い来る異臭。関与や詮索すべきでない。しかし走り出して逃げるには手後れ。下手に動いたらそれでバレる。
下品なラッパ音。
レトは犬のおすわり姿勢で硬直中。
「あれ、あんな犬いたっけ?」
「森から迷い込んだんじゃない?」
どうやら、繁みで身体が隠れているので、犬だと思っている?
よし、犬のふりをしてやり過ごそう。
そう腹をくくりかけた直後に、背後から両耳をはしっ!とつかみ摘ままれた。女の人の手?
「やっぱり! レト君でしょ?」
「ええっ!」
ドワーフ娘が驚きの声で少し睨む。
背後にいたのは、目の前にいると思っていたエルフのお姉さんだった。嫌いではないものの、出くわしたタイミングが気まずい。
「ど、どうして?」
「魔法で「有心残像」なんてテクニック。残像のコピーだけ残しておいて、短距離テレポートであなたのう・し・ろ!」
にっこりして耳をやんわりひっぱる。
ぐうの音も出ない。
だが彼女が切り出したのは意外な話だった。
「ちょうどよかったり。誘おうとして探してたから。そろそろお年頃なんだし冒険パーティー組むでしょう? レト君、私たちと組まない?
うちの相方って、強い戦士だけど脳筋ちゃんだから。レト君は回復魔法も使えて器用だし、男の子だから。この気が強過ぎる考えなしが勢いで突っ込んで行ったりするのに着いてて止めたり守って見ててあげると安心かな。
あの罠師さんやお姉さんとも、チームA・Bみたいな掛け持ちでいいから。お姉さんには前から話してあるし、彼とたまには二人きりがいいときは弟預けるって」
「は? それじゃ私がバカみたいじゃん」
脳筋扱いされたドワーフ娘が抗議の口を挟む。
だが年上エルフはしれっとして答えた。
「あたらずしも遠からずかな。慌てて突っ込んでくから、いっつもハラハラしちゃう。いっつも生傷つくってあとで回復でしょ。重傷や死んだらどうするのよって、いっつも言ってるのに」
「うう」
ドワーフ娘が口を尖らせる。だが猪突猛進の自覚はあるらしい。
「あなただって女の子なんだし」
「だけど戦士だから」
「それはそうだけど、あんたの横着ぶり後ろから見てると心配なのよ。レト君、どう? この子とツートップの前衛で面倒みてあげてくれない?」
「あ、はい」
どうやら姉が承諾済みらしいということもあって、肯定気味に頷く。彼女自身は姉とは同年齢の親しい友人。
昨日の晩くらいにも姉は「あなた、あの子のこと綺麗とか言ってたわね。あの子もまんざらじゃないみたいだから、仲良くしてきたら?」などとほのめかしていた。
「でも、トラにも聞いてみないと」
それが、村の名物パーティー・チーム「レトリバリック」の発端だった。
レトはてっきり自分などトラや姉のオマケのように思っていたのだが、複数チームの複合であることや「村の氏族出身だから」「取りまとめ役と事務員に向く」「男の子だから」などの理由で、実質の代表リーダーにされることになる。
それにトラは村の傭兵のような面もあり、単独行動も多いため、その間のレトや姉の所属チームがあるのも案外に歓迎だったらしい。
2
「腕試ししないと。私はまだ認めてないからね! 相撲とボクシングで勝負してテスト」
すっかり(別の意味で)やる気のドワーフ娘。ひょっとしてさっきの「禁忌の遭遇」を根に持っているのだろうか? 三白眼でレトを不敵に見据えている。
けれど、相撲もボクシングも、女の子を相手にやってはいけない気がする。抱きつき合いも男女では意味合いが変わってくるし、女の子の顔面を拳骨で思い切り殴るのは。
「それ、本気で言ってる?」
「本気!」
手のひらを拳で叩く女戦士、脳筋のゆえん。
困り果てたレトが目で救いを求めると、さすがにエルフのお姉さんがたしなめてくれた。ペシッと相棒の後ろ頭を手で叩く。
「レト君、困ってるでしょ! ほら、こんなふうなのよ、うちの相方って。いくら戦士でも、考えなしっていうか、向こう器だけ強いっていうか。女の子なのに」
「だってえ」
「戦士でも、賢い奴は賢い。その子の性格が天然なんでないだろうか?」
会話を端で聞いていたトラが横槍する。
するとドワーフ娘は一目置く感じで言った。
「そりゃ、あなたは戦士でも賢い部類かもだけど。色々できてオールマイティっぽいし」
「俺は魔術者だが。強いて言えば魔法戦士。それに器用といえばレトもだぞ。回復系は俺より得意で資質がある感じだが」
するとドワーフ娘は、いきなりレトの腕を捻り上げる。すごい力だった。
「わかった。骨を二三本くらいへし折ってやるから、それを自分で治せたら、僧侶か回復担当でパーティーに入れたげる」
「嫌ですよ!」
とうとう付き合いきれなくなったレトは、素早い体術で捻られた手の主導権を取り返し、あまりダメージの出ないやんわりした投げ技・押さえ技でカウンターする。
ドワーフ娘は目を白黒させた。
「ほら、力任せだから、そういうことになる。力だけはそっちの方がちょいとありそうだけど(変身前のレトと比べれば)」
レトはため息。なんだか、コンビのお姉さんが心配する理由がわかった気がしたからだ。
「だったらさ、腕相撲しよう」
負けず嫌い発言?
しかしレトは、集中すれば身体の一部分だけ変身中に近いパワーも出せる。変身後ならこの娘よりは力比べや取っ組み合いしても正面から蹂躙できそうだろうか。
結局は変身してお相手し、何度も挑んでくるので、レトは翌朝にちょっとだけ腕が筋肉痛気味だった。このドワーフ娘のガッツと根性だけは買って良いと思ったこと
お相手はなぜか全身筋肉痛らしく動きがぎこちないのを(昨晩の腕相撲で必死の全力だったらしい)、ちょっとだけ可愛い・微笑ましいと思ったが、とりあえず口にするのはやめておく。
「ねえ、筋肉痛を治す回復魔法ない?」
「ない」
魔法使いのお姉さん、妹分のやんちゃに笑顔。
傍目にレトも、ほのぼのと心が温かかった。
3
圧勝して舐めていたのがいけなかった。
ついに悲劇が訪れるときがきた。
「ボクシングしようよ。キックありで。そんなに気になるなら私は防具着けるから」
練習になるからとか、魔法防具着けているから変身前の腕力なら殴っても大丈夫だろうとか。そんな考え方が甘かった!
ドワーフ娘は「打撃の鬼」だった。
まるで四方八方から石やハンマーでめった打ちされるようだった。頭の中で「やめて、勘弁して」という言葉が浮かんでいた。
殴られる度に肉が潰れる。
動きが見切りきれない。
引き手が早く、たとえつかみや投げ技がオッケーでも、実行は困難だったかもしれない。もし本気で対抗しようとおもえば、抱きつきタックルするか変身でもするしかあるまい。
殴られた脇腹からの衝撃で肺が悲鳴をあげる。横っ面の顎を掠められて脳振盪っぽくなった顔面にグローブが直撃、鼻血。野獣のように猛然と襲いかかるドワーフ娘は目つきまで違っていた。
ローキックで骨が震えるようで、数発蹴られただけで足が覚束なくなってくる。被弾した太股が腫れてきて、膝がうまく曲がらず変になる。
ひょいと肩を抱かれ「優勢なのにクリンチしてきた?」とわけがわからず、直後に膝蹴りがみぞおちにめり込む。
「がはっ!」
しかも連打。内臓が潰れるかと思った。
とんっと突き放され、アッパーカットでKO。
「ふだんは肘打ちもするけど」
ドワーフ娘は過酷なことを言って、お茶を飲みながら笑っていた。少しは気が晴れてわだかまりも解けたのか、レトへの態度も打ち解けた。
試練に耐えた価値はあっただろうか。
「だけどさ、最初に言ったときレトはどうして相撲は嫌だったの? レトはそういうのだったら得意そうなのに」
「だって、女の子相手では」
「ふうん? そういう目で見てたんだ?」
てっきりこの修羅格闘姫の機嫌を損ねたかとギクリとしたものの、それは杞憂だったようだ。まんざらでもなさそうな顔で「これからよろしく」と告げられてレトはほっとしたものだ(女の子として見られて気を良くした? 特別美人というより体育系・健康派、レトとしても嫌いではないが)。
4
また姉の日記が、これ見よがしに机上に開いておきっぱなしになっていた。
「犬になってシャンプーとブラシを持参し、全身をまさぐり洗われた。「洗うと乾くまで臭い」などと酷いことを言うので、その晩に上に「生犬布団」になってのしかかって寝てやった。愛のあるモフモフに溺れてやがった」
姉は、トラに対して「犬化」した。
孤高の牝狼、どこへいった?
どこへも行っていない、変身しただけ?
覗きに行ったら、犬になってトラに膝枕させて腹を見せ、弟にニヤリ。
「あの子、あなたが気に入ったのかもね」
そんな姉の言葉と、よく知っていたあのドワーフ娘の顔が頭をよぎる。あの狂暴ちゃんがはたしてここまでデレデレするとは考えにくいが、目の前に類似の前例があるだけに(略)。
遠く聞こえた彼女の声に、当惑で耳がピクリと動いた。
5
だがそれはつかの間の平穏だった。
裏協定によって、その地域とレトたちの小さな村ごと魔族の(暗黙の)支配領域・狩り場に売り飛ばされたからだ。人間の腐敗利得した有力者たちからすれば、自分たちの利益のためなら下層の庶民や味方でも余所のエルフやドワーフどうなろうが「知ったこっちゃあなかった」。
侵攻してくる魔族帝国軍を迎え撃つため、周囲・近辺の都市の一部(過半は「目を付けられる」のを恐れたり負担と危険を嫌って関与を拒否した)から部隊が出撃し、レジスタンスの兵士たちも出陣した。
けれども、「支援する」と出てきた魔術協会の魔術者たちは戦闘が始まる直前に、戦術的撤退とやらで「有心残像」などで逃げ去った(騙し目的だったらしい)。また一部都市の部隊も突如として撤収してしまい、士気の高い者たちが最前線に取り残されて生贄に売り飛ばされる格好になる。四方八方から撃ちまくられ、味方(のはずの出撃してきた友軍)にまで「嵌められた」と気付いたときには手後れであった(多大な被害と損耗で後々まで響く)。
後方から支援射撃かと思いきや、後ろから魔法の火矢が降り注いだり、近くの要塞都市にまで落ち延びた者たちが「関係ない、関わるな!」と保護されず、城壁から石を落とされて、追いついてきた魔族側の追撃部隊から皆殺しにされたり。
「またかよ!」
トラなども珍しく怒りもあからさまに毒づいていた。迎撃の戦線に参加して、大敗北と惨禍に巻き込まれつつ。幸いにも本人自身が優秀な魔法戦士で、クリュエルなどの指揮するレジスタンスの精鋭部隊と一緒であったために難を逃れたようだったが、人間戦士を中心にした他の部隊が目の前で壊滅するのは救えなかったらしい。
最初の作戦ではセット運用で連携するはずだった、魔術協会の送った護衛の魔法使いたちが計画的な任務放棄逃げてしまったため、人間の戦士だけの部隊は魔法面で防御や援護してくれる人員を欠いて為す術もなかったようだ。
だからレトと姉、二人の女性メンバーを含むレトリバリックチームの最初の冒険ミッションは、村や地域から脱出や仮設陣地で立て籠もりする住民・避難民たちの護衛や手助けだった。
幸いにクリュエルやサキの先に作っていた避難民村(屯田兵村)が比較的に近くの距離にあったため、どうにか逃げ出してそちらに合流できた者が四分の一いるかいないか(近場で仮設の陣地・居住区を作ったり)。
第一次の殺戮と蹂躙から逃げられた彼らはまだ幸運な部類であった。それ以外は殺されたり、捕囚されて奴隷に連れ去られた。
☆世界観
人間と魔族が世界の支配圏を二分している。魔族は人間を捕食して酵素・栄養素を補給しないと生きていけず、その支配領域では人間は家畜・奴隷的な被支配者である。
また人間側では(特に旧魔王戦役以前)しばしば魔族帝国下での奴隷労働や通商、魔族ギャングの存在によって利益を得ており、支配層・富裕層ではその(腐敗や買収の)傾向が著しく、人間側や世界全体として危機を招いている(魔法協会も特権集団として同様で、同じ人間側の反魔王強硬派に非協力的だったり敵対・裏切り行為すら頻繁)。
作中では魔族やエルフ・ドワーフは人間の亜種であって、魔族側にも人間やエルフは(主に被支配者だが)居住・存在しており、人間同士の二大勢力・異なった政治思想・支配原理の戦いでもある。
☆あらすじ
獣エルフ(狼男)の少年レトと、人間の魔法戦士トラ(短編「れとりばりっく!vol.1」を参照)。旧魔王戦役の時代で世界が危機的状況。
なお、後述のクリュエルやサキ、レサパン商人は過去作(携帯スマホ書き)の主役。
ーーーーー
☆キャラクター1(「れとりばりっく!」)
レト、(犬鳴(いなき)レトリバリクス:
獣エルフの少年、変身するとレトリバー狼男。(義兄になった?)トラから貰った大剣と固定・先天才能による回復魔法。温和で従順。
トラ:
人間の魔法戦士。設置トラップ(罠)型の魔術を駆使し、凶悪なフランベルジュ剣を装備。トラバサミの鉄仮面ヘルメットを愛用。レトとは友人で兄貴分(義兄みたいなもの)。
犬鳴ルパ:
レトの姉でトラとは恋仲。変身は「麗しの牝狼」だったのに、窮地を(大型犬と思って)救ったトラとの間では(懐きすぎて)急速に犬化している。
ミケナ・フロラ:
森林エルフの女魔法使い、レトには憧れのお姉さんらしい。カエデとコンビで、新たにレトを勧誘・発案して冒険パーティー・チーム「レトリバリック」のメンバーになる。
カエデ・ジャロスタイン:
ドワーフ娘の女戦士。レトとは幼なじみ的な関係の体育会系、ボクシングとキックが得意な「打撃の鬼」。新規結成した冒険パーティー・チーム「レトリバリック」のメンバー。
ジョナス:都市ボンデホンの防衛軍大尉、歴戦の戦士。壮年のややお偉いさん(中間管理職)、反魔族レジスタンスとは協力関係・理解者。反魔族強硬派の上官・同僚や参事会議員らと共に都市内の親魔族派ギャングと暗闘。
サワラ:反魔族レジスタンスの世話役・協力者で、都市ボンデホンのカフェ・商店を拠点・連絡事務所と兼用にしている。元軍人・曹長で、ジョナス大尉とは長年の盟友。
☆キャラクター2(旧作からの主要登場人物)
クリュエル・サトー:
反魔族レジスタンスの「リベリオ屯田兵村」山塞・村落地域のリーダー格。トラの魔術学校時代からの学友・友人(先輩らしい)。
「原人騎士」と呼ばれるのは、エルフの革鎧と自作の魔術石器(付呪した石器)を駆使するのが原始人さながらだから。聖剣詐欺村で封印されていた剣を見破って強奪したことも(実はこのシリーズの最初に思いついた・書いたエピソード)。
サキ:
サキュバス姫騎士(推して知るべし)。魔族ハーフで伯爵(中級魔王)の娘だが、魔族たちの異常な残虐さに適応できず、仲が良かった支持者の領民の人間たちと脱走。ほんわかして天然さん・アホっぽいように見えるが、頭が良く極めて有能(回復・治療や薬品製造、基本的な能力・戦闘力も高い部類)でかなりデリケート(性格は良く、少し寂しがり?)。屯田兵村のリーダー格の一人。
※未来編ではミリア(長女、人間の回復魔法・薬品担当)・レオ(長男、エルフの狩人)・ミカ(次女)の三人の子供がいる。
キョウコ:
森林エルフのマタギ狩人なお姉さん。犬鳴ルパ、ミケナやサキとは友人関係で、カエデなどからは(体育会系的な意味で)先輩としてリスペクトされている。クリュエルの妻(?)で、その所有・占有権を巡って「山の女神」と殴り合った猛者。
※未来編では教え子・部下(?)のアネチカ(ドワーフ娘、戦士)が登場。
ファルコン・チャン:
魔獣「レッサーパンダ」になったドワーフのカンフー魔導師(眼帯が特徴?)。諸々の反魔族レジスタンスでも中心的メンバーで、クリュエルやトラの戦友。「レサパン商会」と通商されるグループを率いて独自の拠点を持っている(本人もレサパン商人と呼ばれる)。変身している理由は「山の女神」の祝福且つ呪い(パワーアップと浮気防止で、山の女神または正妻にキスされたときだけ人間・ドワーフの姿に戻るらしい)。
ガジュマル・リー:
エルフ・ドワーフ(混血)で助・郭と共にファルコン・チャンの部下。刺青スキンヘッドでいかついが、付き合いのあった人間の村が魔族に蹂躙されたり妹を誘拐・殺害されて武闘派の復讐鬼になった過去がある。
シェリー:
魔族の羅刹娘で、サキとは旧知で因縁がある(友人だったが食人・対人間のスタンス・考え方の違いで決裂したらしい)。純血に近いらしいが家門は下級魔族出身で上昇志向が強く、やり方の悪辣さもあって人間から恐れられ、魔族の間では「女傑」との評価らしい。人間のギャングや「魔族寄りのエルフ」氏族であるアビスエルフ(鮮魚人など)を配下にしている。
※未来編ではアレクセという年下の貴族と仲良くなって配下になっている。
ニキータ伯爵家:
サキの生家だが兄二人が継承争いしている。
※未来編ではお家騒動もあって息子が子爵(準伯爵)になっており、辺境(教会村の近く)のネクロポリスに領民の人間たちと移住してくる。