2
「それで、こいつらをぶっ殺す?」

「判断は任せる。こちらだって全部が全部に責任負えないし、やればお前は「犯罪者」になる。つまり自己責任ってことだ。だから絶対に無理はするな、お前の判断でどこまでやるかも加減すればいいし、逃げても構わない。
だがどうしてもと言うんだったら、それで賞金を出すレジスタンスのギルドの窓口を教えてやる。他に用心棒みたいな穏便なのが良かったら、そういうのもなくはない」

「いや、やるよ。俺はこいつらを殺したい。あんたらだってあっちの町の連中だってそうだろうに、よくリンチや暴動にならないな」

 トラバサミの鉄仮面青年、通称「トラ」は「若枝の義手」で与えられた資料の要点の写しを再度にあらためた。原本までは持っていけないから。
 彼が魔術者・魔法使いであるのは服装だけでわかる。皮革に付呪した簡素な鎧(胸当てのあるベストに近い)。一般的に魔法処置を付与された防具や武器は効果が高いけれども、ものによっては特に本人に魔法能力がある場合こそ真価を発揮する。魔法使いの使用を前提とした製品では「防具以外の場所と部位」にまで強力な防御効果が及ぶため、肩当てなどもなく通常の戦士の武装よりも軽装になっている。
 サワラは新しいコーヒーを注ぎながら、どこかやるせない。

「みな、腹には据えかねているのさ。だが迂闊に手が出せない。なぜなら「管轄」が違うから。その町や地区で支配層が腐っていれば、下手をしたら越権行為でこちらが訴えられる。今回みたいな、極秘裏に送った助けが嵌められて売られることも。
あっちの町の人たちだって、魔族やギャング相手では尻込みしても責められん」

「やられた人らは、いい面の皮だな。わざわざ退役してまで助けに行ったのに、当の相手方の裏切りでやられてたら「何しにいったのかわからない」」

 トラのいうことに、サワラは同意の頷きでため息した。

「今頃、うちの軍の大尉が遺族を回っているはずだ。気の重い話だろうが、あいつなりの責任の取り方だろう。「あなたの息子や兄弟は運悪く死にました、完全に犬死にでした」だけではあんまり可哀想だし、せめて慰めたり励ますくらいは。軍の信用の問題もある。
もし生活に困るようなら仕事の斡旋や金の貸付やで手助けしてやれるからな。
それに「見捨てていない」と態度で示しておけば、この町の潜んだ魔族やギャングだって、手を出しにくくなる。もし遺族を襲ったら「手段選ばず報復するぞ」って思わせとかないと」


3
 ジョナス大尉は薄暗がりを、腫れた顔で血の味を飲み込んで、次の遺族のところへ向かう。殴られた痛みが心の苦悩を幾ばくかなりとも和らげてくれる。
 まだこれが正式・正規の作戦ならば、「殉職者」への死後の階級や顕彰の授与して堂々と勇気を称えて追悼し、僅かなりとも遺族年金くらいは出してやれただろう。まだ慰めたり自分自身も遺族もやるせなくも一応は納得できたかもしれない。
 けれども今回のことは「非正規作戦」であって、ジョナスなどの上級将校のリーダー格と志願した希望者たちで「勝手に(自己責任で)やった」ことでしかなく(及び腰の政府や多くの腐敗した政治家などからは良い顔をされないだろう)、しかも彼らは「形の上では退役済み」なのだから正規の軍人・兵士ですらない。
 しかも戦ったり有意義な成果の代償などでは全くなく、味方のはずの相手方に裏切られて嵌め殺し・犬死に。ジョナスは作戦実行の判断を下した一人であるだけに、自分たちを信じて決死の覚悟で行動した部下たちのこんな結末はなおさらやり切れない。

「あんたのせいで!」

「どうしてうちの人にそんな危ないことを」

「息子を騙して殺しやがったな!」

 耳に残る、遺族の悲痛な声。

「あっちの町も潜伏魔族のネットワークから解放すれば、それでこっちの防衛ラインも構築できる。あの代議士さんと少佐で参事会の議席をおさえれば、この地域全域で優勢にできるかもしれないですし」

 別れ際にかわした会話が甦ってくる。
 いつか戻ってきたら、新しい議員のスタッフと護衛に回すつもりだった。自分の地位や他の重要ポジションを任せる予定だった者も多い。
 数時間前に再会した彼らは、戻ってきた遺体だけでも、極度の飢餓と過労で苛め抜かれて死んだであろうことは明白だった。


4
「そういえば、あのデカイ剣は?」

「この腕では十分扱えない。あれは諦めた。決め手に使おうと思って訓練はしてたけど、腕が無事でもはたして実戦でちゃんと使えたかも怪しいし、訓練用だったと思っておく。
それに、もっと良いのを手に入れたさ。初戦の戦利品だけど、もっと手頃で扱いやすいし俺に合っている。マジでラッキーだ。あの大剣で昔からロマンで無理矢理に訓練してたから、この剣だったら片手でも十分上手く扱える」

 鉄仮面のトラの右腕は「若枝の義手」と呼ばれるもので、特殊な材木を魔法加工して、本物の手のように随意に動かせる。魔術師たちの間では身体欠損を補う治療に使われるが、本人に魔法の素質や能力があれば外部からの「パワー充填」を必要としないのも利点だ(形態を調整や変化させたり、損傷を自己修復できる強みもある)。
 ただし、強度や保持力では生身の四肢より劣る。日常生活での不都合はなくとも、戦闘用としては戦力低下をカバーしきれないらしい。より戦闘向けの金属製のものもあるが、値段とコストも高い上に重量も重く、メンテナンスの手間や敵の探知に引っかかりやすいデメリットもある。

「その剣、のせいじゃないよな? 魔族から奪ったとか言っていたが、まさか「魔剣」とか「邪剣」とかじゃ?」

「いや「魔法使いや魔族向け」ではあるかもしれないが、そういう効果はないと思うけど。犠牲者の怨念で呪われてる、とかはあるかも。アハハ」

 サワラの不安げな面持ちの問いかけに、トラは鉄仮面の小首を傾げた。まるで「どうしてそんなきとを?」と無邪気な疑問にするように。
 床に置かれた袋。
 今日も、殺した魔族の生首。
 それだけではない。切り取った腕や抉り出した肝臓と心臓まで。それらは首級以外の部位で「売れる」需要はあるのだけれども、実際に殺した魔族から切り取ってきたり売り飛ばすのを実行するハンターは多くない。戦いの現場で余裕がないのもあるだろうし、人間に形が似た魔族の死体を動物の獲物や家畜ように扱うことへの、心理的な忌避感もあるだろう。
 たいていは首級をあげるくらいで済ませるが、ここまで徹底的に魔族を「狩猟対象の獲物」としか考えないのは少数派だ。
 それくらい居直っているのがトラの強みなのかもしれないが、どこか狂気の片鱗のようなものを感じて、サワラはときどき背中が寒くなる。「本当にこいつ人間か?」とすら思う。

「魔族を食ったそうだな? 最初のとき」

「あ、うん」

 邪気もなく、とぼけた感じでうなずくトラ。鉄仮面で表情はよくわからないが、受け答えは軽い雑談の調子だった。

「あんまりやめておけ。そういうことは。おかしくなっちまう」

「あんまりおいしくない。肝臓とかも薬で売れるらしいけれど、あんまりおいしくない。
だから「お前も食ってみろ、自分の肝臓がマズいって、お前の性根腐ってるからだろう?」って御本人様に味見させてやったよ。アハハ」

 聞くところでは、ずいぶん酷い殺し方。
 トラが言うには「魔族やその手下どもに恐怖を教育してやらなくてはいけない」「悪意や暴力に対抗できるのは上回る暴力と狂気しかない」。一理ある発想や言い分とはいえども、こうまでストレートすぎると(まるで魔族のようだ)、常識人のサワラなどには驚きや不安を抱かせるところがある。