それからというもの、俺たちは毎日決まった時間に、この公園で待ち合わせするようになった。彼と話している時間は、俺にとってかけがえのないものだった。なんだか、少しだけ自分らしくいられる気がした。
 だが、現実は無情だ。家に帰るたびに、自分の無力さが嫌になる。みんなは普通に学校に行っているのに、自分は……。せっかく地獄から逃げたのに、なんでこんなに辛いんだろう?
 真っ暗な部屋の中で独り、今日も泣く。これで何回目だろうか。だが、いつもとは違う。奈津紀と話す時間があるから、心まで殺されずに済んでいる。いつもなら、凍りついているのに、なんだか今は暖かい。仲間と言う存在に出会えたからこその暖かさだろうか。今の涙は、今までの涙とは違う、そんな気がする。辛いのに、暖かい。

 またある日の夜、俺たちはまたいつもの公園に来た。いつものように談笑して、いつものように愚痴をこぼして、いつものように2人でベンチでくつろぐ。この時間が、俺にとって唯一の楽しみになっていた。
 「綾」
 奈津紀が口を開く。
 「どうした?」
 「せっかくだし、俺らが出会った時の話しない?」
 なるほどね、その話か。
 「いいぜ。」
 今が辛いからこそ、過去を振り返ることが、何かにつながる気がするんだ。
 出会いは小学校5年生まで遡る。当時俺はとある同年代のトランスジェンダーが集まる会に参加していた。そこで初めて出会ったのが、奈津紀だ。初めての同じ悩みを持つ人との出会い。小学生の俺にとって、かけがえのないものだった。
 奈津紀とは当時別々の小学校だった。しかし、小学校6年生の時に、俺は奈津紀のいる小学校に転校になった。
 それからというもの、俺と奈津紀の仲は日が経つごとに深くなった。一緒に遊んで、ゲームして、雑談して、とても楽しく、新鮮な毎日だった。
 しかし、日常が終わるのも突然なことで、中学進学と同時に奈津紀が転校していった。それから、地獄が始まったんだ。

 「あの頃に戻りたいぜ、奈津紀。」
 俺は思わずそうつぶやいた。
 「奇遇だな。俺もだ、綾。」
 「あの頃の俺たちは、今より遥かに輝いていたな。」
 「ああ、奇しくもあれが、初めての光だった気がする。」
 俺はその一言に、返せる言葉がなかった。
 「まあでもさ、今もこうして仲間であること。それだけで、今の辛さも、息苦しさも、全部忘れられる。だから、またこうして再会できて、うれしいんだ。」
 このタイミングでそれは反則だ。とたんに嬉し涙が溢れてくる。
 「……俺もだよ……奈津紀……」
 「綾……これからも、仲間でいてくれないか?」
 奈津紀の問い……もちろん答えは決まっている。
 「もちろん、ずっと一緒だよ。」
 こんな日が永遠に続けばいいのに……。