「ねぇ、ちょっと喉乾かない?」

 確かに何も飲んでいない。気にしだすと水分が欲しくなる。目的の店の反対側にはオシャレなカフェがあった。

「あそこでお茶する?」
「いや、何か他にも色々他の頼んじゃいそうだし、お金も」
「ハードル高いし入っていい店じゃない気がする」

 確かに今の私達だとレベルが足りないかも。

「自動販売機なら、出口のとこにあるんじゃないか」

 向かうと自動ドア付近に、二つ赤い自動販売機があった。私はシンプルにお水。青葉さんはストレートティーで、水無月くんはオレンジジュース。
 そばにベンチがあったので、座って飲水タイムを挟んでから目的のお店へ。
そこは雑貨屋さんという感じで、ぬいぐるみだけでなく、子供向けのおもちゃ、洋服に食器とかも売っている。それらがごちゃごちゃと置いてある。

「色々あるねー」
「何かすっごく整理整頓したくなるんだけど……」

 青葉さんは綺麗好きなのだろうか、少し居心地悪そう。
 水無月くんはぬいぐるみが沢山ある真ん中の棚に釘付けだ。ピンクのイルカ、伊勢海老、強面なウツボ、リアル寄りのタコ。海の生物が多い。
 私はその中でウツボのぬいぐるみに惹かれて手に取った。

「あんた……それ買うの?」
「可愛くない?」
「怖いし」

 そう言いながら、リアル寄りのタコを見せてくる。

「いや、そっちだって」
「可愛いでしょ」

 どうやら可愛い観で決定的な違いがあるみたいだ。

「じゃあ玲士に決めてもらうしかないわね」
「えー? これでもバトル?」

 ライバルだからか関係ないことでも勝負を仕掛けてくる。まぁ、価値観の一致は恋愛には大事なのだろうけど。人それぞれで良くない?

「玲士、どっちが可愛いと思う?」
「え?」

 私達が選んだぬいぐるみを見て若干引きつった表情を見せる。
「どっちもそんなに……これの方がいいでしょ」

 第三勢力の伊勢海老のぬいぐるみが、キュートバトルに乱入してきた。

「「まぁ……」」

 青葉さんも同感なのか、微妙な反応。

「シンプルで良いとは思うけど」
「なんかそれだけって感じ。ひねりがないのよ」
「いや。可愛いは可愛いでいいだろ」

 確かに記憶の中には普通に可愛いぬいぐるみだらけだった。覚えておこう。

「今回は引き分けね」
「あーうん」

 決着もついた所で、私達は各々ぬいぐるみを購入して、お店を出た。

「これからどうしようか?」

 時刻は三時半で日はまだ現役バリバリだ。
「俺はまだ時間あるけど」
「あたしは――」

 すっと、青葉さんの足と言葉が止まる。どうしたのだろうと、彼女を見ると顔が真っ青で、何かに怯えているようで。視線の先を追うと、私達と同い年くらいの女子二人が談笑しながら話していて、こっちに来ていた。

「……っ」

 私の背に隠れると、右の袖口を摘んできて、その指はとても震えていた。
 事情がわからないけど、あの子たちと顔を合わせてはならないことだけはわかった。色々事情を想像しそうになるけど、その前に体が先に動いた。

「青葉さん、ちょっとこっちに行こっ」
「……うん」

 私は左手を掴んで、足早にすぐそこにあった、トイレや喫煙室に繋がる細い通路に逃げ込んだ。

「お、俺も……」
「あっ水無月くんじゃん」
「ねぇ、ちょっといいかな?」

 背後では知り合いなのか話しかけられている水無月くんの困った声が聞こえた。

「大丈夫?」
「……ええ」

 何とか口に出したといった空気量の返事だった。顔も青ざめていて
 青葉さんを奥にして、二人で左側の壁に背中を預け、彼女達が水無月くんから離れるまで息を潜めて待つ。

「……」

 何か力になれないかと思う。でもどうしたって、あの言葉をまた言われるんじゃないかって怖かった。そして、それがレバーとなって喉の奥を閉ざしてしまう。
向こうでは、ちょっとやり取りをするだけで別れていく。けれど、彼女達は、こっちに向かってきた。動くべきかそのまま背景となるべきか、思考と鼓動がスピードアップ。ただ現実はすごくスローモーションに感じられて。
ふと、体の左側面に仄かな体温が触れ合う。青葉さんは、私に体をくっつけて、ぎゅっと目を瞑り祈るように顔を俯かせていた。

「っ」 

 足音が目の前に来ると、反射的にそっちに向けてしまい、一瞬目が交錯。そのままの流れで青葉さんに向けられる。けれど、それもすぐに逸れて、そのまま通り過ぎて行った。

「もう行ったね」

 青葉さんは私に近づけていた体を遠ざけてため息を一つ。

「戻ろっか」

 コクリと頷く肯定を確認してから、心配そうに見つめる彼の元へ足を返そうとすると、引き止められる。

「聞かないの?」
「言いたくないことかなって思ったから」
「そう」

 本当は気になるし、助けになりたかった。でも怖かった。結局、想像力を働かせて、楽しいことではないことだと現状理解で立ち止まるだけで。

「ねぇ、いつまで手を握っているの?」
「あっ、ごめん」

手を解くと、束の間ひんやりとした柔らかな感触が残った。

「日向、大丈夫か?」
「……まぁ」

 明らかに元気がなかった。

「水無月くん、さっきの子たちは知り合い?」
「クラスメイトだった。はぐれた友達を探してたみたいで、見てないかって聞かれた」

 こっちをチラッと見たのも探していたからだろう。

「それで、次はどうしようか?」

 時間あるとか、何をしようかとか、その言葉が浮かんできたけど、ぼかして聞いた。

「次か。やることは終えたしな」
「あたし、ちょっと疲れたかも。悪いけど」

 青葉さんは申し訳無さそうに答えた。

「そうだね。私もちょっと疲れたし、解散しようか」
「そうだな」

 待ち合わせていた場所に戻る。皆少なからずとも疲れがあるため、口数は少なかった。

「じゃあここで。今日はありがとね」
「こっちこそ」
「……ええ」

 二人に手を降って別れる。途端に一人になって心許なさを覚えて、逃れるように小走りで駐輪場へ。
 周囲の自転車はポツポツと減っていて、これからもそれが続くと思うともの悲しさを感じた。
鍵を差し込み自転車のスタンドを上げる。手で持って駐輪場を出てからサドルに乗り、ペダルを踏み込んだ。少しレーシングゲームのペダルの感覚が残っていた。
 まだ明るい、遊び終わりの道を走る。私の全身に、充実感と疲労感がブレンドされたふわふわが覆っていた。そこに風を浴びると清々しさに変わる。
 家まで無意識に今日のことを回想した。これは妄想じゃなくて、でも妄想みたいに楽しくて。意識を戻そうとするのだけど、すごい引力で引き戻されてしまう。
そうしているとあっという間に家に着く。何か轢いていないか急に不安になるけど、そういう感覚はなかったから大丈夫。自転車を置いてから袋を持って玄関前に。バッグから家の鍵を出す。二つの鍵穴に入れて回している間、私はふと水無月くんと青葉さんの姿を脳に描いていた。
上の鍵穴に差し込み軽く回している間、水無月くんが今日買ったぬいぐるみに囲まれている姿を想像してほっこりした。そして、下の鍵穴に差し込み回そうとするけど、滑りが悪くて固くなっていて、入れ直し力をめいっぱい込める。鍵と格闘している間、青葉さんが部屋の隅でうずくまっている姿が思い描かれてしまった。それは、悪意に囲まれていた彼女に重なって見えて。
ガチャリと回しきれると上の空から落ちて、目の前に戻る。

「大丈夫かな」

 二つの相反する感情を抱えながら、私はドアの鍵を開けた。