給食の時間は、食べ物よりも妄想が美味しかった。表情も緩んでただろうし、周りの子には不審がられてかもしれないけど、仕方ないよね。
 昼休みとなって、約束通り私は二組から三つ教室を挟んだ、三階の一番奥まった所にある五組の前に足を運んだ。
 廊下から教室にちょこっと顔を出すと、青葉さんがそれに気づく。

「階段の所でちょっと待ってて」

 それだけ言い残し教室の中へ。とりあえず教室から近い方の階段に移動し、壁に背を預けて、少しすると青葉さんの後ろから男の子の姿が現れる。

「いいから来て玲士」
「わ、わかったからそんな強く引っ張るなよ」

 その人は困った表情の水無月くんだった。どういう意図なのかわからず混乱してしまう。
「ん」
「ほ、星乃さん?」

 彼の声から私の名前が呼ばれて心臓が答えそうになる。そうだよね、好きってことはそのぐらいは知ってるよね。確か小学校も同じだったし。

「ど、どうも」

 何だか相手に好かれてるんだとわかっている状況で、会話するって逆に緊張するんだけど。

「日向、どうして?」
「星乃さんが、友達になりたいって言ってたからさ」
「「え……」」

 私と同時に水無月くんが驚きの声を上げる。まさかの展開でさらに脳内にはてなマークが量産。水無月くんもわかりやすく驚いていて、それでいて少し嬉しそうで。

「ほ、本当か?」

 本当かどうか不安そうに尋ねてくる、その反応が嬉しくて、同時に可愛いなって感想だけが浮かんだ。

「うん、そうなんだ。それに、私あんま友達いなくて、なってくれるとありがたいなって」

 半ば本能的に口から言葉が出てくる。でも実際少ないのでこれも本音で。
多分、彼の好意を知ってるからこの言葉が出ている。知らなければ私からなんて言えなくて。

「……その、よろしく」

 少し頬を染めて、はにかむ表情を見ると心の温かな部分が反応した。

「日向、ありがとな」
「……別に。ただの気まぐれ」

 水無月くんが小声で純粋な感謝を伝えると、青葉さんはぷいっと顔を背けた。私からは頬が赤く染まっているのが丸見えで。

「ツンデレ?」
「ち、ちがうから!」

 青葉さんは、気持ちを変えさせたいって言っていたけど、そんな感じで大丈夫なのだろうか。
 この二人、何だかほっとけない感じがした。

「……」

 駄目だ止めよう。その気持ちは捨てないといけない。

「っ!」
 階下から人の足音が鳴り響く。すると、青葉さんは私の背に隠れてしまった。

「水無月、ちょっといいか?」

 ちょうど階段を上ってきたのは先生で、水無月くんが呼ばれる。

「あ、悪い。呼ばれたからちょっと」
「う、うん」

 彼は先生についていき教室の方に行ってしまい、青葉さんと二人きりなる。

「えっと、青葉さん?」
「な、何よ? 一応言っておくけど、これは隠れたとかじゃなくて、ただ何となくこっちに移動したくなったというか」
「そ、そっか」

 あまり追求すべき事じゃなさそうなので、あの先生が苦手なんだなと思うことにした。

「その、青葉さん」
「決して隠れたわけじゃなくて……」
「そうじゃなくてね。水無月くんと合わせてくれてありがとうって言おうと思ったの。だけど、どうしてこういうことを?」

 完全に敵に塩を送る行為だ。それに私に対して良くは思っていないだろうし、理由が思い当たらなくて。

「平等じゃないから。有利な状況だと勝ち誇れないしね」

 そう挑発的に笑う。でも、私は彼女の優しさに触れた気がして、むっとするよりぽかぽかって感じた。

「あのさ――」

 淡い期待、実は青葉さんは私と仲良くなりたいと思っている、そんな妄想をしてしまい声をかける。けれど、すぐに脳裏から緊急停止ボタンが押された。

「なによ?」
「あ、いやごめん。なんでもない」
「そう。もう用は終わったし、あたしは行くから。じゃ」

 それだけ言い残して、くるって回れ右して背を向けてしまった。

「……っ」

 ふとあの記憶が明瞭に蘇った。

「あたしに関わらないでよ! 余計なことしないで!」

 悲痛に歪んだ顔で叫んだ青葉さんの鋭い拒絶。

「ひっどーい」
「さいってー!」
「マジ終わってるんだけど」

 私の後ろから放たれた彼女の態度に対する激しい非難の声。その中で私はどうしょうもない無力感と否定された絶望感に押しつぶされそうになった。

「……」

 頭を振って記憶を奥に無理やり押し留める。
 癒えない心の傷。それは余りにも深くて、一度かさぶたが剥がれれば血が流れてしまう。
 私には背を向けた人を呼び止める力はなかった。