「な、なんでここを」
「いや、違うよ? ストーキングしてたとかじゃなくてね? 一人になりたくてたまたま見つけてね?」

 私は彼女の方に近づいて誤解を解こうと試みる。そして六メートルくらいまで距離を詰めて立ち止まった。

「……」

 じっと見つめられる。疑っているのか怒っている感じだけど、童顔だからか威圧感はなくて。だけど、どこかあの日の光景と重なってしまい、全身が麻痺したように動けないでいた。

「別に疑っていないけど」

 ふっと視線が外れて、体の感覚が戻ってくる。

「それよりあんた、この花のこと知ってる?」
「う、うん」

 もしかしてあの記憶の正体がこの子の可能性も。

「そう。一応言っておくけど、あの記憶の元はあたしじゃないから」
「そ、そうだよね……」

 ちょっとした期待はへし折られた。

「あれがあたしだったらどれだけ良かったか……」
「え?」
「な、なんでもない! それよりも」

 良くわからない言葉の意味は聞くことができず話が進んでしまう。

「あたしは、あんたに宣戦布告するから」
「へ?」

 さらに理由の分からない発言に呆けた声が出てしまった。

「あいつはあんたのことが好きみたいだけど、気持ちを変えさせてやるんだから」
「ちょ、ちょっと待って全然ついていけないんだけど」

 突然、ファイティングポーズを取られましても、どうすればよいのか。
「ええと、なんで戦わないといけないの?」

 とりあえず最大の疑問から投げかけてみる。

「だから、あんたも見たでしょ、あれを」
「うん」
「それがあんたを好きだって言ってる。でもあたしはあいつのことが好き。だからよ」

 少しだけ状況が理解できてきた。てか、あれが本当でしかも好かれているとはっきりして嬉しい。けど、まだ納得はしきれてなくて。

「あの、私がその記憶の人を好きじゃないとバトルにならなくない?」

 言ってしまえば、勝手に好意を持たれて、それを知って勝手に敵意を持たれたということ。だから、私としてはとばっちりでしかなくて。
 あれ、何かすごいモテ女みたいなことになってないこれ。

「どーせ好きになるもん。あいつだし」

 少し不貞腐れたように言い捨てた。なんだろう、その不安は相当好きだから何だなって思え、いじらしくなって、身を引いた方がいい気さえしてくる。

「てか私、その人が誰なのかわかってないんだけど」

 不利になるし答えてくれるかもわからないけど聞いてみる。

「玲士」
「……うぇ?」
「水無月玲士よ」

 脳裏にありありと優しげで端正な顔が思い起こされた。クールで甘いマスクの彼は、誰も近づけさせないような孤高のオーラを持っているけど、密かに女子で人気だ。私には縁のない人だと思っていたのだけど。

「ま、まじ? というか何でわかるの?」

口角が上がりそうなのを抑えながら彼女を見据えた。

「あいつとは幼馴染だし。わかるのよ」

 青葉さんと水無月くん、そんな繋がりがあるなんて知らなかった。

「それで、やる気になった?」
「ま、まぁ」

 彼に好かれているのは嬉しいけど、まだ積極的にアタックするか決まっていなくて。青葉さんのテンションにはまだついていけそうになかった。

「ふん、負けないんだから」

 戦いの音を告げるように授業時間のチャイムが鳴った。

「やばっ、早く戻らなきゃ」
「昼休み、五組の前に来て」
「あ、うん」

 とりあえず私たちは会う約束を交わし、少し間隔を開けながら一緒に教室へ走った。