テスト最終日の放課後。クラスは開放感に浸ったざわめきに満たされた。当然私もそうだ。その感覚はいつも通りだけど、今回は確かな手応えがシャーペンを通して手の中に残っている。
 その不思議な感覚にぼーっとしていると、綾音ちゃんがいつものように話しかけてきた。

「お疲れ勇花」
「お疲れー」
「珍しく晴れやかな表情じゃない。……吹っ切れたみたいね」

 まるで本当に心を覗かれているみたいで、でも覗かれていないからこそ、嬉しさは一入だ。

「まぁね」
「そう……人の評価は成績だけじゃないものね」
「いや、テストの話じゃないよ!」

 わかってもらえてなかったし。普通に慰められた。

「え? もしかして勇花テスト自信あるの?」

 あり得ないと瞳を丸くする。

「まぁ、ちょっとね」

 そのリアクションに、口元が笑いたそうに動くのを抑える。

「すごいじゃない。いっつもダウンしてこの世の終わりみたいな感じだったのに」
「ふへへ……今回は助っ人のおかげで頑張れからね。それに色々と吹っ切れたし」

 思いをさらけ出した翌日に、最後のテスト対策を玲士君と日向ちゃんとした。玲士君に出てきそうな部分を重点的に教えてもらい、その予想が結構当たっていて。玲士君様々だ。

「今度聞かせてね、何があったのか」
「うん。あっでも聞いたら絶対妄想って思われるかも」

 あの事を話しても簡単に信じられるものじゃない。それを話すのが私だから、想像力がすごいですねで終わってしまうだろう。

「大丈夫よ。勇花のこと信じているもの」

 そう優しさを湛えて微笑みかけてくる。

「綾音ちゃん……! って結構疑ってたよね? 心当たりがありまくるんだけど!」
「うふふっ、そうだったしら?」
「そうだよー!」

 綾音ちゃんとそんなやり取りをしていると、テスト終わりの疲れも吹き飛ぶ。ただ、同時に翻弄されて別の疲労が蓄積されるのだけど。

「ねぇ勇花、今日は一緒に帰らない?」
「いいよ。でも、ちょっと待ってて。行く所があるから」
「わかったわ」

 綾音ちゃんと一緒に帰ることを約束してから、私はもう二人に会いに足早に校舎を出てベンチに訪れた。
 静けさに定評のあるベンチなのだけど、日向ちゃんと玲士君の談笑している声がして、少し別の場所な感じがしてしまう。

「あんた、まだ告白してないの?」
「まだその時じゃないというか。リセットしてやり直そうみたいな感じだから」
「リセットってゲームじゃないんだから、そんな割り切れないでしょ。それに、花があるからこそ出会えたんでしょ? それを否定したら何も残らないじゃない」

 私に大いに関係している重大な話で、喜びを分かち合いたい足がゆっくりになる。

「否定っていうか、けじめなんだよ。それと自分を変えるための縛り。それをした上で、花を使わず距離を詰めて告白したい」
「そういうこと。まぁあんたが良いなら何も言わないけど。ただ、早くしなさいよ。タイミングを逃したら心はどこかに行くかもしれないんだから」

 どうしよう普通に盗み聞きしているみたいになってる。割って入れそうにないし、無理やり入ったら、すごい気まずい空気になるとか、悪い状況の妄想が爆発して、次第に忍び足にブレーキがかかりはじめて。
 パキッ。少し細くて硬いものに足を乗っけてしまうと、通算三度目のスニーキングの失敗の音がした。

「……勇花。枝で知らせなくても話に入ってきなさいよ。そんな変な気を遣わなくても」
「あーそういう意味だったのか」
「違うから、納得しないで! 本当にたまたま踏んづけちゃうんだよ!」

 繰り返しすぎてあらぬ誤解を生んでしまった。まじで私の歩く道に折れやすい枝が落ちすぎている。

「それなら足元に注意しなさいよ。変なの踏んづけちゃうかもよ」

 嫌な想像が働いて足がビクッとして、神経が研ぎ澄まされた。

「うっ。が、頑張ります」
「玲士なんて、気にしすぎてほとんど俯いて歩いているんだから」
「いや、そういう理由じゃないから。単純に人と顔を合わせたくないからなんだけど」

 何故か自信ありげに理由を説明する玲士くん。

「まぁそんな話はどうでもいいのよ。勇花テストはどうだった?」

  私は右端で日向ちゃんの隣に座った。

「ふふん、手応えしかなかったね。玲士君のおかげだよー」
「それは良かった。外れてたらどうしようって少し心配だったんだ」
「なんなら、当たりすぎて怖いまであったよー。何かこの花使ったのかとすら思っちゃった」

 ワンチャンカンニングしたようなズルさすら感じて、答えていいか一瞬悩んだくらい。
「……それだ!」
「え?」

 頭に電球が飛び出したかのように晴れやかな表情を開花させた。

「玲士、あんたこれでカンニングする気? 見損なったわよ」
「も、もしかして、テストを教えるのをプレッシャーに感じさせちゃった? ご、ごめんね」

 玲士君をダークサイドに落ちないよう止めないといけない。

「そうじゃなくてだな。……ずっとこの花をどうすればいいか考えていたんだ」
彼の隣に置いてあった花を膝に。その花はまだ活き活きと赤色の花びらを咲かせていた。
「もう勇花さんにバレてるし、元々やってた通りの秘密を使って水を上げようと思っていたんだ。だけど、誰かのために使えるかもって今思いついた」
「誰かのためって?」
「言えないけど、知って欲しいみたいな気持ちってあるだろ? そんな俺みたいな人を助けられるかなって」

 少し私達の秘密ってことにしておきたくて、寂しさも感じるけど、誰かの役に立つならそれでいいと思った。

「いいんじゃない? どう信じさせるとか色々考えることはあるだろうけど」
「私も賛成だよ。助けを求める人を見つけられるかもだし」

 そしてその時、私は絶対に助けることに迷わない。もしかしたらおせっかいになるかもしれないけど、それでも自分を信じて行動するんだ。

「そうだな。その時はもう恐れないで助ける」
「あたしも協力する」
「私も!」

 今後の方針を決めたことで、細々としたことを後々ということになり、解散となった。明日の土曜日は、お疲れ会をしようと日向ちゃんの家に集まることに。
 私は急いで教室に戻り、リュックを背負って綾音ちゃんと下駄箱、そして靴を履いて昇降口を出て、一緒に下校する。

「ねぇ、話してくれない? 何かあったか」

 校門をくぐった辺りでそう聞いてきた。

「い、今から? 結構長くなるかも」
「うん歩きながら。それで、そのまま勇花の家に行っていいかしら? テスト終わりのお祝いで」
「いいね。そうしよう!」

 いつもの帰り道でもテスト終わりだとキラキラとして、遊ぶことになって家に着くことがより楽しみになった。

「じゃあ話すね」

 テスト終わりは早く帰れるから人通りは少なく、ちょっとした秘密を話すには適していた。

「……」

 校門辺りでふと、甘い香りを感じた。それはあの花に似ていて、記憶のトリガーが引かれる。そういえばあの時はモヤモヤとしていた。けど、今はこの晴天の空みたいで。だからこそ、あの始まりの日がグレーだって思えて、そして話せるんだ。

「あれはね、五月の終わりぐらいのこと。奥の体育館裏にあるベンチ、そこである花を見つけたんだ」

 私は綾音ちゃんと目を合わせて、ちょっとした約一ヶ月の日々を語った。甘くて少し酸っぱい思い出話を。