あの日から、謎の人物を探す日々が始まった。あの記憶の景色を頼りにして。
私の見立てでは、一見明るくてクールな人で、そこに可愛さや陰があり、私と似た人なのだけど、中々見つからない。
 まぁそもそも私の頭がどうにかなっている可能性の方が高いけど、とりあえずそれは気にせず。
探している中でも、毎日昼休みにベンチに行っているのだけど、香りを嗅ぐ度に私を見つめているシーンが更新されていて。それを元にして、謎の人物を探すことを繰り返した。

「はぁ……」

 あの花を見つけて一週間。残念ながら目星すらつかず、私はどかっと机に突っ伏した。まだ、二時間目が終わったばかりなのも絶望感に拍車をかける。

「どうしたのよ、寝不足?」
「私の春、どこにいるのぉ?」
「寝不足じゃなくて寝ぼけてるのね」

 頭の上から鋭いツッコミが炸裂する。顔を上げると綾音ちゃんが呆れの瞳を向けていた。

「ねぇ綾音ちゃん。今私を熱い視線で見てた人いない?」

 美麗に流れるロングの黒髪を揺らして、周りを見回してくれる。

「いないわよ」

 冷え切った声音で、そう言い渡された。 

「そっかー」

 力が抜けて、机の上に両腕を伸ばしてその間に顎を乗せて、首を少し傾けて綾音ちゃんに目を向ける。
 私の唯一の友達であり親友でもある影山綾音ちゃんは、顔つきも性格も大人びていて、お姉さん的な雰囲気を持つ。切れ長の瞳にシャープな顎、鼻筋も通っていて、一言で言えば美人さんだ。肌も綺麗だしとても羨ましい。

「どうしたの勇花? いつもに増して変だけど」
「いやー私にラブな人がいるかもって思って探してるんだけどさー」
「……可哀想に。そんな幻想を抱くまで思い詰めていたのね」

 憐憫の眼差しで、柔らかな手で頭を撫でてきた。待って、何か本当に泣きそうになってきたんだけど。これじゃあ本当に悩んでる人じゃん。

「いやいや、現実的に考えても一人や二人ぐらいいても……」

 そう言い返そうとしたけど、根拠も自信も何もなくて、言葉はフェードアウト。
 やっぱりあれは幻覚なんじゃないかって頭に上っていた血が冷ややかに。

「よーしよーし。よっぽど辛かったのね」

 温かな手のひらと優しい声が、けが恐ろしいほど染み込んでくる。これは、冷たくされてる中で急に優しくされて、その落差で心を掌握される奴じゃん。

「うう」

 でも私の本能があれは本当って叫んでる。このぬるま湯に浸かるのは、もっと傷ついてから。

「ゆ、勇花?」
「まだ諦めないよ。ちょっと探してくる!」
「ちょ、どこへ――」

 衝動的に立ち上がってそう言い残し教室を飛び出した。

「どうしよ」

 廊下に出たのはいいものの目星はついてないし、十分休みで時間もない。しかし、ああ言ってすぐには戻れないし。
 とりあえずあてもなく適当に歩いて私への熱視線を探す。
 二年生がいる三階では感じ取れず、階段へ向かった。

「……あ」

 そこに、見覚えのある女子生徒の後ろ姿があった。
 私よりも少し背が低い華奢な背中は、少し挙動不審な感じでポニーテールを揺らして、二階へと降りていく。私は少し気になって、追いかけてしまった。
 彼女はさらに一階まで降りて、職員室前を早歩きで通り抜けて、下駄箱へ。靴を履いて外へ出てしまう。

「……」

 早退というわけでもなさそう。嫌な想像がよぎって追いかけた。
 彼女は迷いなく体操着を着てもいないのに、体育館に向かう。遮蔽物はあまりないので、少し離れてついていく。

「まさか」

 体育館裏まで来ると奥へとずんずん進む。彼女のルートは見覚えしかなくて、そして当然の如くあのベンチにたどり着いた。
 彼女は花瓶を取り出してからベンチに座ると、顔を俯かせてそのままじっと動かなくなる。もしかして、あれを見ているのだろうか。

「……」

 息を殺してその様子を見守っていると、後ろから重々しい蜂の羽音が近づいてきた。

「ひっ……」

 避けようと動くと、そばに落ちていた枝を踏んづけてしまい、バチッと音が鳴ってしまう。

「あ」

 肩が震えると、彼女が顔を上げて立ち上がり、目がばっちりと合った。

「あ、あんた」

 少し離れているけど、私よりも少しピッチの高い困惑した声が耳に届く。わかりやすくアーモンド形の目を大きく見開いていて、石になったみたいに少し固まる。

「あ、あはは……。こ、こんにちは?」

 何て声をかければよいかわからず、疑問形の挨拶しか思いつかなかった。