土曜日の朝、部屋の窓から穏やかな日差しが目覚めを手伝ってくれる。どうやら想いは届いたようで、スッキリ起床した。
 午前は、スマホで動画をぼーっと眺めて過ごし、昼になればお母さんが作ってくれたオムライスを食べた。そして身支度を整えれば午後一時。チャットで行くことを伝え、青葉さんの家へ自転車を走らせた。
 場所はそこまで遠くなくて、中学の前を過ぎ、木々に囲まれた通りを駆抜け、その途中に住宅街への入口があって、そのコンクリートの坂を登った。そこから三つほど道が分かれていて、真ん中に直行。一番奥に青葉さんの家。手前には水無月くんの家がある。

「ここか」

 二階建ての一軒家で、外観はクリーミーな白色にオレンジ色の屋根。赤色の車が一台停まっている。
 大人の人が出たらどうしようと考えながら、インターホンを押す。

「はい」

 青葉さんの声で安心しつつ、星乃だよと伝える。間もなく白色のドアがガチャリと開かれた。

「入って」

 ちょっとしたドアまでの階段を登って中に。

「お、お邪魔しまーす」

 最初に感じるのはなんとも言えない別の家の匂いだ。靴箱の上には、習字で夢と書かれたものと花瓶に白い花が挿してあった。置いてある靴は整理されていて、その先には赤色のスリッパが置いてある。

「上がって。それ履いていいから」
「う、うん」

 彼女に連れられて螺旋階段を登る。二階に出たすぐそこに扉があった。そこが青葉さんの部屋のようだけど、右側に通路伸びていてる。和室なのかドア前にスリッパが一つの出迎えがあった。
 部屋の中へ入ると、懐かしい和室の草の香りが不思議な落ち着つく。日本人の性だろうか。
 真ん中に足の低いテーブルが陣取っていて、そこに正座している水無月くんがいた。出口から右側に押入れらしき襖があり、左側には本や教科書、CDが詰まった棚があった。その近くにスクール鞄が立てかけられていて、その上にカレンダーがあり、今日の日付に丸印がつけられていた。ぬいぐるみは棚の一番上に置かれていて、あのタコもいる。

「お茶持ってくるから待ってて」
「あ、ありがとう」

 水無月くんの対面の位置でドアを背にして座る。青葉さんは一度部屋を出たので、二人残された。

「もうやってたの?」

 すでにノートが広げられていてその上にシャーペンが転がっている。

「少し予習してた」
「予習? すごいね、私の辞書には無かったよ」
「何その駄目なナポレオン」

 フランスの偉人だっけ。無意識に出た言葉がその人と近いなんて、誇らしい。
 そんな雑談していると、青葉さんがお茶の入ったコップを持ってきてくれた。水無月くんが青色で私が黄色、そして彼女はオレンジ色だった。
 配り終えると、鞄から筆記用具を出し、左側の本棚を背にして座った。

「……」

 そしてそのまま二人は無言でノートに向き合い始める。シャーペンの筆記音だけが残って。

「え」

 妄想と違うんだけど。もっとこう、会話とかあったりして、なんなら遊んだりして、全然勉強できないなって。それでもちょびっとしてやった気になって終わるみたいな。

「どうしたのよ?」
「分からないことでもあったのか?」

 思った以上に二人共真面目だ。関係性もあるかもだけど、一回一緒に遊んでいるしこうなるとは。

「二人共勉強するんだぁって」
「「当たり前じゃん」」
「ですよね」

 二人から困惑の表情が溢れていた。こうなってくると、お喋りしながら教えてもらってたのは、水無月くん的に疑問符がついていた可能性もある。

「その、勉強会って名ばかりで、少しだけやって、ほとんど集まる口実みたいなイメージだったんだけど」
「ふーん、あたしはしたこと無いからわかんないけど」
「俺も」
「いやごめん。私の勝手なイメージだから、気にしないでやろう」

 余計なことを言ってしまった。郷に入れば郷に従えだ。私も筆箱と歴史の教科書、課題プリントを机に広げた。

「あ」

 教科書を出す際に、その上にあったUNOの束までも出てしまって、青葉さんに拾われる。

「いや、それは……たまたま入ってたというか」

 完全に遊びにきた人ですね、はい。

「……やりたいの?」
「ええとその。はい」

 観念して正直に伝えた。

「他にも、トランプとかこれも持ってきてる」

 携帯ゲーム機も取り出した。

「もう、本当に遊びがメインじゃない」
「あはは」
「俺も持ってきた」

 水無月くんも、色違いの同じものを持ってきていたようだ。

「玲士まで……」
「日向も持ってたよな?」
「はぁ、仕方ないわね」

 楽しげにため息をついた。

「じゃあ、あの日の再戦をしない?」
「何だっけ」
「レースよ。持っている?」

 なるほど。ゲームセンターで決まらなかった決着をつけるということだろう。確かに、おなじシリーズの携帯ゲーム版は持ってきていた。

「あるよ。やろう」
「ずっと気になってたんだが、二人はどういう関係なんだ?」
「ライバルよ」

 彼女が勉強机の引き出しからゲーム機を持ち出した。
 全員で同じソフトを起動してから通信。画面に自分を含めた簡易的な自分を模したのアバター三体が現れた。
 キャラクターは全員自分のアバターを使用することに。

「ルールはどうしようか」
「コンピューターありで、普通のルールでいいと思う」
「わかった」

 ステージをセレクト画面になり、それぞれ数ある中から選んで、最後にランダムで決まる。私は海の中を進むステージを選択。途中で、巨大なウツボも現れる。
 青葉さんは溶岩と砦のステージで、水無月くんはお菓子の世界のステージだった。

「あっ。あたしのになっちゃった」
「得意じゃないの?」
「全然。難しいとこだから、当たったら皆困るだろーなーって思って」

 何という自爆特攻。

「ちなみに、水無月くんが選んだステージは得意なやつ?」
「そんなに。背景とかギミックが、かわい……じゃなくて面白くていい」

 理由が二人で正反対だ。

「あんたはどうなの?」
「ウツボいるから」
「……あんたたち、一応レースゲームなんだけど」

 そんな会話をしている間に、レースが開始された。
 スタートダッシュには成功して、一位で城の中へ入る。荘厳な城内は入り組んでいて、炎や振り子ハンマーなど多数のギミックを避けて進む。

「ちょっ最悪」

 順調に進んでいたのだけど、甲羅をぶつけられ転倒。さらに、爆弾やバナナに連続で被弾し、一気に最下位の一つ前の十一番に。
 マップを見ると、一人だけ圧倒的に後ろにいて。それは青葉さんだった。

「めっちゃ落ちるんだけど!」

 癖なのか、曲がる時にその方向に体も一緒に動かしている。それでいて、壁にぶつかったり崖から落ちたりしているみたいだ。

「って水無月くん速っ。ゲーム全部上手いの?」

 逆にトップも独走状態で、下手したら青葉さんを周回遅れにしてしまうかも。

「結構やっているから」
「コイツ、何でも出来すぎて腹立つのよね」
「何でもは出来ないぞ。俺だって」

 画面に集中していたから定かではないけど、水無月くんのその言葉尻が私へと向いていた気がした。

「はい一位」
「……ぐぬぬ」 

 水無月くんは順当にトップで青葉さんはボトム。そして私は、熱戦を演じるため、十一位のままゴールラインを切った。普通にやれば三位くらいにはなれたと思う。

「お、おかしいのよ。今までなら落ちなかったしダートに入らなかったんだけど」
「アシスタント機能を忘れたんじゃないか?」

 このゲームは苦手な人も楽しめるよう、コースアウトしそうになったり壁にゴツンとなったりしないよう、サポートしてくれるシステムもある。

「それよ! 忘れていたわ」

 途端に勝ち気さが復活。

「もう一回よ! これ無しならあんたには勝ってるわね」
「う、うん」

 流石にサポートありなら、普通にやってもいいかな。
 そうして行われたウツボステージの二回戦でも、青葉さんはゴールする前に順位が決まってしまった。ちなみに、私は二位で水無月くんは首位だ。

「嘘でしょ……」

 ガックシと項垂れた姿を尻目に三回戦、四回戦と行われた。
 最後に四レースの順位で得られるポイントで最終の結果を出す。それで一位は水無月くん、私は最初のレースが尾を引いて四位、青葉さんは最下位だ。

「日向……よくそんなので自信ありげな感じ出せてたな」
「うっさいわね。あんたみたいにゲーム脳じゃないから」
「いや、それにしてもだろ」

 こんな言い合いも幼なじみだからこそなせるものだろう。これには、私も入ることはできなくて。少しの疎外感と距離の遠さが身に沁みた。