「じゃあまた明日ー」

 帰りの会が終わり、部活のある綾音ちゃんに手を振って廊下に出た。ちょうどクラスの前を通った青葉さんと目が合ってしまう。

「あ」

 声を出してしまい青葉さんが立ち止まる。

「何よ?」

 何でもない視線なのに、過去の幻影が、責め立てるような視線に変貌させる。もしかしたら、私の心が見透かされていて怒っているかもなんて、妄想が飛び出した。

「ううん、何でもないよ。じゃあ」
「な、何なの?」

 苦しい言い訳でこの場を後にする。学校を何かに急かされている気持ちで抜け出す。帰路は、埋めていた地雷の処理をしていた。何とか埋め終え、帰宅。二階に駆け上がり自分の部屋へ。リュックや体操服袋を置いて、部屋の奥にあるベッドに倒れ込む。毛布の柔らかな生地が顔を包んで、少し苦しいけど暖かかった。

「はぁぁ」

 一度起き上がってベッドの端に座ってぼーっと全体を眺める。ベッドから見て、右側には教科書とかぎっしり詰まっている勉強机と椅子。左側にはクローゼット、隣には漫画や小説の入っている本棚。その上に、忍者姿の熊と侍姿の熊のぬいぐるみが座っている。真ん中にはフローリングの床の上に絨毯が敷いてある。

「ん、なんだろ」

 勉強机に置いてあるスマホの通知音が鳴る。沈んだ腰を上げて、スマホを手に取り、絨毯の上に座り込んだ。
 青葉さんからのメッセージだった。

「さっきの本当に何もなかったの? 様子がおかしかったけど」

 心配してくれているみたいだ。ライバルって宣戦布告しているのに。

「へへ」

 何だか嬉しい。向こうから送ってきてくれて、話して良いんだって思える。
 私は本当に大丈夫ということを伝えてから、元気なウツボのスタンプを送った。すると、考えるタコのスタンプからサムズアップするタコで、会話が終了した。

「あっ……これかも」

 ピンときて私は、連絡先一覧から水無月くんの名前をタップした。
 あの遊んだ後のメッセージ以降、彼とのメッセージのやり取りはない。思い立った勢いで、その下にまたこちらから文字を打とうと指を動かした。
 男の子と一対一なんだと意識すると、普通に緊張する。心臓の鼓動に思考が乱されて、フリックして入力した文字が大丈夫か心配になるけど、判断ができない。変に思われるとか、これで一気に嫌われてしまうとか負の妄想が飛び出してきた。それで、最後に送るワンタップが硬直してしまう。

「綾音ちゃん先生、私頑張る」

 綾音ちゃんの言葉とイマジナリー綾音に勇気を貰って、スマホに親指を落とした。

「水無月くん、ちょっといい?」

 画面に表示されると、やり切った感じがしてホッと息をつく。
 けれど、すぐに既読がついて再び体の太鼓が鳴り響く。返事が来るまでの時間はスローモーションに感じられた。

「なに?」

 シンプルな返信。きっと彼の秘密を知らなければ、迷惑だったと猛省していただろうけど、多分大丈夫だ。

「えーと」

 思いつきで行動したけど、中身は考えていなかった。
 おでこをつつきながら、アイデアの海にダイブ。しかし、埋まっている財宝は見当たらなくて。ふと本棚の小説が目に入り、ひらめく。

「用ってわけじゃなくて少し話したいなって思って」

 まず話したい意思表示を挟む。

「前オススメしてくれた小説、中盤まで読んだんだけどめっちゃ面白くてさー」

 共通の話題があって助かった。これならきっかけとして、自然だよね。
 相手のレスポンスを待つ。既読がついてから少し長い。もしかしたら、続きがあると思われているのかも。でもでも、売っている途中の可能性だってあるし。
 チャットの間合いの読み合いをしていると、それに終止符が打たれる。

「中盤か。そこ結構熱いよな」

 自律神経が緊張から穏やかに緩和される。

「うん夢中になっちゃう。しかも、ゲームで語られなかった主人公の過去とかも出てくるし」
「わかる。それと読んでると、ゲームやりたくなってくる」

 弾む文字コミュニケーションに指がスマホの上を踊る。

「少し曖昧な所とかあったりしてさー。思い出せないと、ゲーム機に手が伸びそうになっちゃうよー」

 勉強机の端っこに、携帯と据え置きどちらの機能もついているゲーム機があって、冷たくなっている。

「俺、今ちょっとやってた」

 そう送られてまたドクンとしてピリピリとした感覚になる。

「ごめん、邪魔しちゃったかな」
「いや全然」

 その感情のない一文が怖い。どう返信しようか、それとももう何もしない方が良いか。
 そうこうしていると、連続して彼から送られてきた。

「暇なら一緒にやらないか?」

 予想外の言葉に、操作ミスを恐れてスマホを床にゆっくりと下ろす。水無月くんから、お誘いがあるなんて。
 答えは決まっているのだけど、無意味に妄想や今後起きそうなことを想像。

「うん。やろう」

 ゲーム機を充電器に繋ぎつつ、オンラインの部屋を作ったりしてもらったりし、準備を進める。そして、通話しながらやることになった。