君のために生きたい

 なにかに包まれているように暖かい。私は安心しきっている体を少し動かした。

「美月」

「んー」

「おい、美月」

「起きろ」という声に、寝ぼけながら重い瞼を開いく。うぅ、まだ眠い。意識は戻り始めたが、なかなか体が起きようとしない。

「はぁー」

 私は大きな口であくびをする。うっすら開いた隙間からは見慣れない景色があった。あれ、ここどこだろう。

「ここ家じゃない」

「お前、寝ぼけてんな。次で降りるんだぞ」

 そう言いながら蒼空が近くのボタンを押した。私は蒼空に寄りかかっていた体を起こした。少しするとだんだん意識がはっきりしてきた。

「あっ、ごめん。私、寝ちゃってた」

 私はバスの中で揺られながら窓の外を見た。すごい、田舎だ。窓から流れていく景色はどこを見ても田んぼに山、他はところどころに家がたっているぐらいだった。

 今日、私たちは朝から電車に乗って、バスに乗り換えていた。昨日、初めてお給料を貰った。週四で行っていたので結構な金額が溜まっていた。

 田んぼだった景色は気づけば、山に囲まれ、川沿いの道をひたすら登っていく。山道にバスが揺れる。

「ほら、降りるぞ」

「うん」

「ありがとうございました」と開いたドアからバスを降りると新鮮な空気を肺に取り込んだ。ずっと座っていた体を伸ばし、空を見上げる。

「いい天気ー」

「このへんはいつもより涼しいな」

 私たちは太陽に照らされながら携帯で調べた道を歩いて行く。太陽は暑いものの、たまに吹く風が涼しく気持ちがいい。

「ねぇ、あれだよね!」

 私は大きく、クルクルと回る風車を指さす。大きな風車の前まで来ると「ようこそ」と書かれた看板とたくさんのひまわりが迎えてくれた。

「わぁ、どこ見てもひまわり!」
「百万本あるらしいぞ」
「百万本も!すごい……」

 蒼空からの情報に驚きつつ、私たちは入園した。

「すっごく綺麗!来てみたかったんだ、ひまわり畑」

 私は大きなひまわりの横に並ぶ。二メートル近くありそうな大きいものから、小さなものまで色々ある。思わず見上げてしまった。

「ねぇ、蒼空、写真撮ろ!」

 振り返ると、蒼空はまるで子供を見守るかのように私を見て微笑んでいた。うっ、ひとりではしゃぎすぎたかな。

「そんな見ないでよ」
「いや、可愛いなと思って」

 いまだになれない褒め言葉に、私は顔を赤くする。

「ほら、行こうぜ」

 蒼空が差し出す手を、私はそっと握った。ひまわりで作られた小道を、二人寄り添いながら歩く。

 ふと蒼空の顔を覗き込むと、視線がバチッと合った。

「どうしたの?」
「幸せだなぁって」

 蒼空はひまわりを焼き付けるように見つめながら、そう呟いた。

「パシャッ」

 シャッターの音に、蒼空はひまわりから私に視線を戻す。

「だったらやっぱり、写真撮らないとね」

 携帯を手に、私は笑顔でそう言った。

「そうだな」

 そして私たちは、咲き誇るひまわりの中でたくさんの写真を撮った。

「暑いし、ちょっと休憩するか」
「うん、もう汗でべとべとだよー」

 一周して疲れた体をベンチに預け、ふたりでしばらくひまわりを眺めて座った。

「俺、トイレ行ってくるわ」

「はーい」

 今日ですごい写真増えただろうな。私はカメラロールを指で遡っていく。蒼空とふたりで撮った写真を眺め、蒼空の顔をアップさせた。しばらくそうしていると、

「なんで俺の顔をアップしてるの」
「うぁっ!」

 トイレから戻ってきた蒼空がベンチの後ろから私の携帯を覗いていた。

「いや、こう見ると私やっぱり釣り合ってないなぁ、なんて思って」
「なんだよ、それ」

 蒼空に言われて、思わずうなだれる。来る途中、女子高校生二人組が蒼空を見て「隣の人は彼女?」なんて話していたことが少し気になっていたのだ。私と蒼空、恋人に見えなかったのかな……。

 やっぱり私と蒼空じゃ、恋人同士には見えないのかなぁ。
 そんなことを考えていると、うしろにいた蒼空が私の横に腰を下ろした。

 そして、そっと私にもたれかかり、頭を私の左肩にのせる。
 近すぎる距離に、胸がきゅっと鳴った。

「お前さ。俺がお前のどこ好きになったと思う?」
「えっ、それは……」

 突然の質問に、さっきまでの緊張が一気に消えた。
 蒼空が私のどこを好きになったのか。そういえば、ちゃんと聞いたことがなかった。

 私なんか、好きになってもらえるようなこと、したっけ。

「……わからない」

 どれだけ考えても、人より誇れるものなんて思いつかない。
 自分でも不思議に思いながら、私は首を傾げた。

「あはは」

 必死な私をよそに、蒼空は声を立てて笑った。
 笑いながら、肩に預けていた体をゆっくり起こす。

「なんで笑うのよ。それで、どこなの」
「俺もわかんねぇ」

「わかんないって……もっと少女漫画みたいなセリフを期待してたんだけど」

「うーん。でも俺、見た目とかじゃなくてさ」

 そう言って、蒼空は私の前に回り込む。

「お前だから惹かれたんだと思うよ」

 理由になってないはずなのに、胸の奥がじんわり温かくなった。

 しっくりこずに首を傾げたままでいると、横にいた蒼空が私の前に回り込んだ。

「まぁ、そういうことで。これ」

 そう言って差し出されたのは、一本のひまわりだった。

「えっ、ちぎってきたの?」
「バカ。あっちで売ってた」

 私は「ありがとう」と言って、凛と咲くひまわりを受け取った。
 丁寧に梱包されていて、大きなピンク色のリボンがついている。

「ひまわりの花言葉、知ってるか」
「ひまわりの花言葉? 希望、とか?」

 それっぽい言葉を口にすると、蒼空は首を振った。

「あなただけを見つめる。俺たちにぴったりだろ」
「ほんとだ。蒼空、よく知ってるね」
「近所に花屋があってさ。たまに行くんだけど、花って意外と意味があって面白いんだよ」
「へぇ……私も今度、聞いてみようかな」

 私は両手でひまわりを握りしめて笑った。
 蒼空の一言で気持ちが簡単に揺れる自分が、少し可笑しい。

「これ、家で育てられるかな」
「いけるんじゃね。種もできてそうだし、埋めたらまた咲くかもな」

 枯れないように、大事に育てよう。
 きっと、この花を見るたびに今日のことを思い出す。

「あっちにお土産あったぞ。行こうぜ」
「行きたい」

 それから私たちはお土産を眺めたり、近くの牧場でうさぎと触れ合ったりして、時間も忘れて遊んでいた。

「あー、楽しかったぁ!」

 誰もいない道路でそう叫び、バス停へ向かって並んで歩く。夕日が私たちをやさしく照らしていた。

「足、もう動かない」
「山道、相当歩いたもんな」

 帰るとなった途端、疲れが一気に足にくる。でも蒼空と一緒なら、それも悪くない。そう思って、ちらりと隣を見る。

「あ、蒼空。花びらついてる」
「あぁ? どこだよ」

 蒼空は髪を払うが、まだ残っている。私が手を伸ばして取ると、ふと気づいた。

「……蒼空、耳あいてる!」

「知らなかったのか? 高校上がる前にあけた」
「全然知らなかった」
「校則あるし、滅多につけないからな」

 蒼空は耳たぶを触りながら言う。

「なんであけたの?」
「さあ、忘れた」

 前を向いたまま、そっけなく返された。

「お前は?」
「開けてみたい気もするけど、痛そうだからまだいいかな」
「びびり」
「だって体に穴あけるんだよ。絶対痛いって」

 耳を押さえて言う私を見て、蒼空は小さく笑った。

「あっ、そういえば、さっきのお金返すね」

 そう言って、自動販売機で借りた百円を手のひらに乗せた。

「そんなのいらねぇよ」
「借りっぱなしは嫌なの」

 私が差し出すと、蒼空は渋々腕を伸ばす。けれど――スカッ。

 少しずれた場所をつかんで、空振った。

「もう、蒼空。ここだよ」
「あぁ、悪い。疲れて腕が動かねぇ」

 軽く腕を振って、今度はちゃんと百円を受け取る。

「大丈夫? 歩きすぎた?」
「まぁ、平気だ」

 そう言うけど、なんとなく心配になる。

「なんかあったら、病院行きなよ」

 その言葉で、ふと思い出した。

「ねぇ。先週の土曜日、近くの総合病院行った?」

 蒼空はぴたりと足を止めた。私も振り返る。

「……なんでだよ」

「ろいいろあって、病院行ったときに蒼空に似た人を見かけてね。声かけようとしたけど、見失っちゃって」

 説明すると、蒼空は俯いたまま黙っていた。変なこと聞いたかな、と思った頃、顔を上げる。

「それ、別人だろ。俺、病院なんか行ってねぇし」
「やっぱり? 似すぎててびっくりしたんだよ」
「へぇ、そんなに似てたのか。俺も見てみたかったな」

 蒼空はそう言いながら笑って話した。

「ほら、バス来ちゃうぞ」

 止まっていた足を再び動かし、蒼空は私を追い越して歩き出す。「待ってよ」と慌てて声をかけ、私もその背中を追った。

「――ミーン」

 不意に、耳元で蝉の声が弾けた。

 見ると、木から一匹の蝉が落ちてきて、地面に仰向けになっている。
 最後の力を振り絞ったのだろう。その鳴き声はやけに大きく、夏の空気に残響のように広がった。

 蝉は小さく脚を震わせながら、必死にもがいていた。