そして、気づけば文化祭も当日。私は早起きをして学校に来ていた。

「美月ちゃん。おはよー」

「おはよう」

 門に着くとちょうど、葵と出くわし下駄箱にきた。あの日から葵との距離がまたひとつまた縮まったように思う。

 私の学校では文化祭は一般公開で、周りでも少し有名だ。だから文化祭にはどこのクラスも力を入れている。門を通り過ぎると、そうそうにいろんな屋台がズラっと並んでいた。あたりには色鮮やかな風船がたくさん飾られている。

「どのクラスもすごいね。たこ焼き美味しそう!」

「ほんと、どこのクラスも忙しそうだね」

 テンションの上がっている葵を見て、私も当たりを見渡す。他人事のように言っているが、私たちも当然に今から準備で忙しくなる。

 私たちは賑やかな教室を通り過ぎて、となりの北校舎にやってきた。普段、人の少ないこの校舎はこういう時の物置化していた。

「ちょっと、待ってね」

 葵はそう言って、奥の方に行くとゴソゴソとしていた。

 そして「ジャッジーン」という変な効果音と共に現れたのは、うっすら水色の綺麗なドレスだった。

「わぁ、凄い綺麗!」

 声に出てしまうほど、そのドレスは本当に綺麗だった。

「すっごーい、頑張ったんだから」

 葵は胸を張って、自信満々に言った。本当に葵が作ったのかと疑ってしまうほどだった。お店に売られていてもおかしくないほどのレベルに私は驚いた。

「力入れすぎて、できたの昨日になっちゃったけどね。でもすごい力作なの」

 葵が楽しみにしていてと、完成するまで私は一度も見たことがなかった。こんなに頑張ってくれていたとは。

「サイズ合ってるか、着てみて。多少ならすぐ直せるから」

 そう言って、葵はドレスを私に差し出した。

「うん。ありがとう」

「外で待ってるから着替えたら呼んでね」

 ドレスを着るなんて七五三の写真撮影、以来だ。私は少し緊張しながらドレスに足を通した。

「葵、もういいよ」

 私がそう呼ぶと葵はドアを開けた。

「美月ちゃん、凄い似合ってる!」

 美月はテンションをあげてそう言った。

「やっぱり、ちょっと恥ずかしい」

 自分では似合っているかわからずに私はそう言った。

「なーに言ってるの美月ちゃん。サイズもピッタリだね」

「うしろのチャック自分じゃ届かなくて」

「あっ、そうだよね」

 葵は気づいたようにそう言うと、チャックを上にジィーとあげてくれた。

「ありがとう」

 私がくるっと回るとドレスはフワッと広がった。少し女心がくすぐられる。

「ずっと着ていたいけど、最初はこっちだよね」

 私はそう言ってボロく、仕上がっている前半の衣装を手に取った。

「じゃあ、そろそろ着替えようかな」

 私は少しもったいなく思いたがらも脱ぎかけると。

「美月ちゃん。待って!」

「えっ、どうしたの」

「せっかく着たんだからみんなに見せに行こうよ」

「いいよ。そんな見せるほどのものでもないし」

 葵の提案にあまり乗り気なく答えるが葵は「いいからいいから」と私の腕を引っ張って、走り出した。

 気づいたら心の準備ができないまま、教室の前に着いてしまった。

「ほらドア開けて」

「いや、まだ心の準備が」

 小声で言う葵に私も小声で答えた。ドアの前で立ち止まっている私を葵は「ほらほら」と急かすように言った。

「絶対に大丈夫だから!」

「でもやっぱり」

「じゃあ、もう私が開けちゃうからね」

「葵、ちょっと待っ!」

 私が言い切る前に葵は勢いよくドアを開けた。ドンッ!と音を立てて開いたドアにみんなの視線が集まった。

 ど、どうしよう。みんながこっちを見てる。みんなの視線に恥ずかしくなり、黙っていると。

「美月ちゃん、超可愛い!」

「すごく、似合ってるよ!」

 みんなが驚いた顔をして私を囲むように集まって来た。

「てか、このドレス凄すぎない!?」

「それを着こなす美月ちゃんもすごいよね」

 クラスのみんなはそう言って、どんどん盛り上がった。

「あ、ありがとう」

 少し照れながら言うとみんなは私を見て笑い返してくれた。

「美月ちゃん、あんな可愛かったっけ!?」

「俺、めっちゃタイプ」

 後ろの方では男子がそんな会話をしているのが少し聞こえた。

「お前もなんか言ってやれよ」

 樹くんがニヤニヤしながら隣にいた蒼空の脇を肘でつんつんとした。そういえば、まだ蒼空と話していなかったな。そんなことを思って、蒼空に顔を向ける。今日、最初の蒼空の顔はなんだか不貞腐れたようにムスッとしていた。

「まぁ、いいんじゃねぇの」

「お前なぁ」

 蒼空がそう言うと樹くんは呆れたようにため息をついた。

「他にもっとあるだろ」

「俺も着替えてくるかー」

 樹くんの話を無視するように蒼空はそう言って歩き始めた。

「蒼空くんが着替えるんだって」

「絶対にやばいよ!」

 みんなそう言って騒いでる中、ずっとドアの前に立っていた私の横を通り過ぎようと蒼空が歩いてきた。

「似合ってる」

 蒼空は通りすぎる瞬間にボソッと私だけに聞こえる大きさで言った。

 私は赤くなっているであろう顔を蒼空に向けた。すると蒼空は私の反応を楽しむように、こっちを見ると目を細め笑っている。

「なっ」

「シー」

 私が口を開こうとすると、蒼空は人差し指を口元に当てて、そのまま蒼空は教室を出ていった。私からかわれた?熱くなっている顔を両手で抑えた。

「あんなの反則だ」

 ひとりそう呟いた。

 それから私も前半の衣装に着替え直し、化粧もしてもらい、髪もセットしてくれた。文化祭の日は特別に化粧なども許されている。準備が終わると私たちは教室から体育館に向かった。なんと私たちのクラスはトップバッターだった。

 それにしても蒼空が着替えて戻ってきたときの女子の反応は凄かったな。みんな携帯を構えて、撮影会みたいだった。

 私たちは舞台裏に着くと大道具を設置し始めた。もうすぐ始まるんだ。私は幕の隙間から観客席を覗いた。

 そこには思っていたよりもたくさんの人たちが集まっていた。原因は考えなくてもわかる。私は視線を余裕そうにしている蒼空に向けた。

「なんだよ」

 私の視線に気づいた蒼空は私に近づいてきた。蒼空は学校には収まらず、友達からまた友達にイケメンだと言うと話が広まっていた。

 観客席には他校の女子が蒼空を目当てに今日の劇を見に来ているのだ。

「蒼空のせいで心臓が口から出そう」

「なんで俺のせいなんだよ」

 そう言いながら蒼空は私のように観客席を覗いた。

「おぉ、めっちゃ来てんじゃん」

「どうしよう。緊張してきた」

 私は手のひらに人という字を書きながら言った。

「蒼空は余裕そうだね」

「緊張したからって上手くいくわけじゃねぇし。緊張するだけ無駄だろ」

「私にはそうはできないよ」

 私は手に書いた人を口に放り込んだ。そんなことをしていると樹くんが私たちのところに走ってきた。

「美月ちゃん。そろそろ時間だから準備よろしく」

「うん。わかった」

 樹くんにそう言われ、私は舞台の真ん中に立った。他の子たちも自分の配置場所に移動し始める。私、うまくできるかな。失敗したらどうしよう。最初のセリフなんだっけ。時間が近づくのにつれ、どんどん緊張していく。

「体が硬いっての」

 そんな私に蒼空は頭をぽんと叩いた。

「あんなに練習したんだ。大丈夫だろ」

「うん」

 私は落ち着くと大きく深呼吸した。

「大丈夫」

「そうか」

 私がそう言うと蒼空は私の頭から手を離した。それからついに時間になり、体育館の電気が一斉に消える。「ブー」と音が響き、左右に幕が開かれた。

 ライトが私を照らし、みんなが私を見てるのがわかった。コソコソ聞こえる声が自分に言われているようで手が震える。

「昔々、遠くに小さな王国がありました」

 緊張する私をよそに話は進み始める。ナレーションの子がゆっくりと説明していく。私は床を拭いている振りをする。

 心臓がドクドクと音をたて、何回も深呼吸をしても酸素が足りないように思えた。やっぱり、私には無理かもと弱気になっていく。すると、舞台袖の方で小さな音が聞こえた。

 視線だけを上にあげるとそこには、蒼空が私を見ていた。が·ん·ば·れ蒼空は大きく口を動かした。後ろではみんな私を応援するようになにやら言っているように見えた。

 みんななに言ってるのかわかんないよ。そう思って、私は笑った。そうだ。この劇は私ひとりでやってるんじゃない。みんな今日のために練習してきたんだ。

 自分だけじゃない。そう思うとさっきまで緊張が一気に解けていった。それからはいつも通り大きな失敗をすることもなかった。

「ここで十分間のトイレ休憩を挟みます」

 前半は無事に終わり、そう放送を入れると体育館の電気が一斉に着いた。

「美月ちゃん、めっちゃいい感じだよ!」

 美優がタオルと一緒に私の元に駆けつけた。

「私、出ないけど、見てるだけで緊張するよ」

「私も死ぬかと思った」

 自分でも結構できていたんじゃないかと思う。私って実は演劇の才能が、なんてふざけたことを思えるほど余裕もあった。

「今までで、一番いいんじゃねぇの」

 私は後ろから歩いてきた蒼空に体を向ける。

「私、本番に強いタイプなのかも」

「最初あんな世界の終わり、みたいな顔してたやつがよく言うね」

「そんな顔してないし」

 私は蒼空を軽く睨みつけた。

「まぁ、後半もその調子で頼むぜ」

「頑張って、美月ちゃん!」

 さっきまでの不安はもう消えていて、ただいまは楽しいと思えた。

 それからは一番、練習した舞踏会のダンスシーンも無事に終わりついに物語もクライマックス。

 そうガラスの靴はピッタリ。王子と再会したシンデレラはキスをする。

 もちろん本当にキスをするわけではない。練習どおりにここは角度でしているように見せるだけだ。

 隣にいる蒼空と目が合うと私は練習のように向かい合い目を閉じた。すると突然、肩をグッと引き寄せられ、驚いて目を開くと蒼空の顔が目の前にあった。

「んっ」

 私の顔に影が落ち、唇に当たっている柔らかい感触に私は呆然とした。息をするのも忘れていると少しして蒼空が離れた。

「ちょっ、えっ」

「ははっ、変な顔」

 舞台の上だと言うことすら忘れて、あたふたしている私を見て、蒼空は楽しそうに微笑んだ。

「えっ!今の本当にしてなかった?」

「さすがにフリだろ」

 そんな声に私はまだ劇が終わっていないことを思い出した。周りの人には見えてないんだ。よかったと私は止まりそうだった心臓を撫で下ろした。すると盛大な拍手とともに幕が閉められた。

 私は幕が閉じられてなお固まっていると慌てふためく葵と目があい、葵はこちらに向かってすごい勢いで走ってきた。絶対に見られてた!

「やっぱり、ふたりって付き合ってたの!」

「いや、私たちはそんなんじゃ」

 自分もついていけていない現状に私は助けを求めようと蒼空に視線を送ろうとすると、さっきまで隣にいた蒼空はいなかった。

「そ、蒼空は?」

 それから衣装室に駆け込み、着替え終えると私たちは外に戻ってきた。

「もー、蒼空くんどこに行っちゃったんだろ」

 葵はあたりをきょろきょろと見渡していた。さっき葵には私もわからないということを伝えた。

 本当にいきなり消えたけど、それに私は少し安心した。次、会ったら一体どんな顔をすればいいよかわからなかったから。さっきのことを思い出すと顔が熱くなった。蒼空はなんのつもりだったのかな。

 本当に蒼空の考えていることはわからない。

 そう思いながら私もあたりを見渡す。ん?あれはなにをやってるんだろう。

「葵、あそこはなにやってるの」

 私は指をさして、葵に聞いた。明らかにあそこだけ一段階、賑やかで人がたくさんいる。

「美月ちゃん、知らないの。あれはうちの文化祭名物その名もミスターコン!」

「ミスターコン?」

 ミスコンなら聞いたことあるけど、ミスターってことは男ってことだよね。

「うちの学校、顔面偏差値がすごく高いから毎年盛り上がるんだぁ」

「確かにすごい盛り上がりようだね」

 ここからでも女子の奇声が聞こえてくる。それにうちわを振っている女子だったり、コンサートに近い感じだ。

「あぁー!」

「っどうしたの」

 急に大きな声を出す葵に驚きながら、言う。

「あれあれ」

 そう言いながら美優はミスターコンの会場を指さした。

「あぁー!」

 私は美優と同じように声を出した。向けた視線の先には会場に、立つ蒼空の姿があった。

「なんで蒼空があそこに」

「忘れてた。蒼空くん、去年、出なくて今年は女子が勝手に応募したんだった」

 確かに舞台にいる蒼空を見ると出たくて出たのではないんだろうなと感じがすごくした。

「せっかくだから見に行こうよ」

 そう行って、葵が走り出し私はその後ろをついて行く。

「ミスターコンに優勝した気分はどうですか?」

「嬉しいです?」

 蒼空は少しめんどくさそうに答えると司会の人がなんで疑問形なんだよと笑いを取る。

「なんか蒼空、優勝してる」

「じゃあ、ここでお待ちかねの質問箱タイムでーす!」

 司会の人がそう言うとより一層、周りが盛り上がった。

「質問箱タイムってなに?」

「えっとね。みんなが優勝した人に質問したいことを書いて箱に入れるの。それで引いた質問には絶対、答えないといけないんだ」

「そうなんだ」

「別名、告白イベントとか言われていて、質問が好きな人だとここで告白しなきゃいけないっていう暗黙なルールがあるんだよ」

 そんなイベントがあったんだ。私、去年の今頃なんて屋上で時間潰しているか、雑用を押し付けられていて、知らなかった。

「じゃあ、一気に三枚、引いてくださーい」

 司会の人が箱を蒼空に差し出す。蒼空は面倒くさそうに箱に手をつっこみ迷いなく紙を引いた。その紙を司会の人に渡す。

「それでは最初の質問です。初恋はいつですか」

 そういえば私、蒼空のそういう話はあまり聞いたことなかったかも。

「あー、多分、小学生のときか」

 そんなこと初めて知った。小学生のときの蒼空なんて女子に興味ない感じだと思っていた。だからてっきりいないって答えるのかと。

「では続いての質問!今まで好きになった人はどんな人でしたか」

「どんな人か」

 蒼空は一瞬、悩んで黙り込んだ。みんかは蒼空の返答を聞こうとみんな静かに会場を見つめた。私もそれなりに気になりながら耳を傾ける。

「不器用だけど頑張ってて目が離せないやつ......かな」

 蒼空はそのときのことを思い出したのか楽しそうに笑ってそう言った。どんな人なんだったんだろうか。そんな蒼空の顔を見ていたらなんだか胸の奥がぎゅっと締め付けられた。

「.........」

 みんなはそんな蒼空を見て「蒼空くん可愛い」とか言っている。

 蒼空とは保育園から一緒なんだから私も知っている人のはずだけど、誰なんだろう。

「それではいよいよ最後の質問です。おっと、これは今好きな人は誰ですか!」

 司会の人が読み上げると、きっと多くの人が待ち望んでいたであろう質問に歓声が上がった。

 しかし、私は周りの声なんて聞こえていなかった。

 近所の子かな。なぜか蒼空の初恋の人が気になって、私は記憶を頼りにひたすらに女子の顔を思い浮かべていた。

 ん?すると、どこからか視線を感じて私は顔を上げた。周りに視線を巡らせると会場の上の蒼空と視線が交わった。

 蒼空はそう、堂々と私の目を見つめた。蒼空の視線に気づいた人たちが一斉に顔を振り返る。

 そんな蒼空を不思議そうに見つめていると、蒼空はいきなり司会者さんのマイクを奪い取った。

 みんなが後ろを振り返るものだから私もなんとなく、うしろを振り返った。でも私より後ろに人はいない。

「あははっ、お前だよ」

「......え?」

 視線を舞台に戻すと、蒼空がそう言って笑った。お前だよって、私のこと!?

「これはまさかの展開!ふたりは付き合ってるんですか?」

「いや、俺の片思い?」

「はぁ!あいつ好きなやついたのかよ!」

「えっ!誰々!」

 会場からは次々にそう言った声が上がる。そんな声も聞こえないほど私の頭はパニック状態だった。前に後ろに左右から飛び交う質問にどうすればいいか、目を回していると。

「わぁっ」

 突然、抱き寄せられて、勢いで蒼空の胸筋に頭をぶつける。

「行くぞ」

 蒼空はそう言うと私の手を握り、走り出す。

「えっ、行くってどこに」

 私たちはみんなからの注目を浴びながら裏校舎に出ると座り込んだ。

 しばらくの間、無言で呼吸を整える。

 さっきまでのことを思い出していると劇のことまで思い出してしまった。

 そうだ私、蒼空と......。忘れていたのに、思い出した瞬間みるみると自分の顔が赤くなっていくのを感じた。落ち着こうとするとかえって、焦っていく。

「お前、顔赤いぞ」

「いや、だって蒼空が」

「お前鈍いから言わなきゃ気づかないだろ?」

 私は慣れない言葉にどう反応するのが正しいのかと、見るからに慌てふためく自分が恥ずかしい。でも嫌ではなかった。

「私は......」

「ずっと美月が好きだった」

 結局、整理しきれていないままなにか言わないと、と思った私はおもむろに口を開いたが、それを止めるように蒼空が口を開いた。まっすぐ、そして、今までにないほど真剣な顔だ。

「困らせるつもりはなかったんだけどな」

 蒼空は申し訳なさそうに......いや、少し傷ついたように笑った。私が言葉にする前に蒼空は私の表情から困っていると読み取ったんだ。そんな蒼空の顔になんだか苦しくなった。

「返事とかいいから気まづくなって避けるのだけはやめろよ」

 違う、私は嫌だったわけじゃ……。そう思ったのになにかが喉に詰まったように声が出なかった。嫌だったわけじゃない?じゃあ私は蒼空が好きなの?それともこれはその場の勢いにそう思っているだけなのか。結局どちらにせよ今すぐ答えは出せなかった。

 蒼空の気持ちを知った上でいつもどおりに接せれるのか。そんな不安を抱きながら私は顔を上げる。すると蒼空ふと力を抜きニカッと笑ってみせた。「伝えておきたかっただけだから」と蒼空は校舎の方に三歩だけ歩くと「行こうぜ」と優しく振り返った。

「ちょっと!置いてかないでよ」

 蒼空が今までどおりでいいというのなら私は全力でただそうするしかなかった。

 それからはひたすら歩き回った。パンケーキを食べたり、お化け屋敷やモグラ叩きゲームにただ普通に楽しんでいた。

「次はこのクラスか」

「ここはなにやってるの?」

 私は教室を覗いた。教室はハートや星の風船や黒板アートにカラフルな傘など色んな物が置かれていた。

「お前ら女子が好きな映え写真スポット」

「なんか今どきって感じだね」

 蒼空は教室を見渡しながらそう答えた。

「あれでも撮ってみるか」

「そうだね」

 蒼空はポケットから携帯を取り出すとカメラのアプリを開いた。

「お前はこれでも持て」

 そう言われ渡されたのは風船だった。私達は後ろのバルーンアートを背景に蒼空が携帯を構える。

「はいちーず」

 蒼空はそう言って、画面をタップすると撮れた写真を確認する。

「ぶはッ!お前どこ向いてんだ」

 吹き出しながら笑う蒼空が見してきた写真を私も見る。

「やば!なにこの顔」

 撮る瞬間によそ見をしたのか完全に顔面崩壊していた。

「もう一回!」

 そう言って、何度も取り直した。撮っても、撮っても、蒼空の写真写りだけはよく、謎に悔しくなってきた。

「おっ、これいいんじゃね」

 蒼空がそう言った写真はいい感じに撮れていた。

「ほんとだ!やっといい感じに撮れた」

 ついに撮れた写真を嬉しく見つめていると、ガラガラと誰かが入ってくる音がした。

「あっ!美月ちゃん」

 声のした方に顔を向けるとそこには葵と樹くんが歩いてきていた。

「美月ちゃん、大変だったね」

「葵っ!さっきは置いていっちゃってごめん」

 一緒にいたのに置いて行ってしまっていた事に気づき私は謝った。

「全然いいよ。樹ともちょうど会えたから」

「楽しんでるか、樹」

 蒼空が樹くんに肩を組みながら言った。

「俺たちは喰ってばっかだったな」

「うん。でもりんご飴なかったのショックだなぁ」

「売り切れたからな」

 葵は残念そうに肩を落とした。

「りんご飴ならもうすぐ祭りがあるからそのときに食べれるだろ」

 樹くんが葵の機嫌をとろうとそう言った。

「もうそんな時期だっけ......あっ、いいこと思いついた!」

 一瞬考え込んでいた葵が大きな声でそう言って、私たちは葵に視線を向けた。

「祭り、四人で行こうよ!」

「おっ、いいな」

 樹くんが賛成する。

「蒼空たちもいいか?」

「俺は全然いいぜ」

「私も行ってみたい!」

「なら、みんな行けるね。やったー、私ダブルデート一してみたかったんだぁ」

 葵は嬉しそうにそう言った。......ん?ダブルデート?一瞬、流しそうになったけど、ダブルデートって二組のカップルが一緒にデートすることだよね。ってことは、

「えっ、ふたりって付き合ってるの!」

「あれっ、知らなかった?そう私たち、付き合ってるんだぁ」

 葵は胸をはると自慢げに言った。

 たしか前に蒼空とお昼食べたとき樹くんが付き合ってるって言うのは聞いたけど、まさか相手が葵だったなんて。

「祭り楽しみ〜」

 葵はもう待ちきれない様子でそう叫んでいた。

「ね!」

 葵は共感を求めるように私に視線を向ける。

「うん!」

 私はそんな葵に答えるように返事をした。

「そういえば、クレープ出してるクラスあるんだって。みんなで食べようよ」

「あっ、おい、待てよ!」

 葵は思い出したように言うと廊下を走り出した。それを追いかけて樹くんも走り出した。

「あはは、樹くん大変だね」

「俺たち調子も行くか」

 蒼空はそう言って笑うと樹くんのあとを追った。

「置いてくぞ」

 途中に振り返った蒼空はそう言ってニヤッと笑った。

「えー、ちょっと待ってよ」

 私はそんなみんなに追いつこうと廊下を全力で走る。早いペースに息が苦しくなるけど、

 あぁ、楽しいな。

 そう思った私はスピードをあげた。