次の日になっても私は蒼空のことが信じられなかった。でも昨日よりも気持ちはスッキリとしていた。あと少し...もう少しだけだから。

 蒼空が亡くなろうと、時間は止まってはくれなかった。まるで、なにもなかったかのように世界は回る。

そして、今日も当たり前のように学校に行かなければいけなかった。学校を休もうとも思ったけど、きっと家にいる方が思い出してしまうから体を引きずるように登校した。

 学校につくなり、話は蒼空のことで持ち切りだった。葬式に来てもらうために、樹くんが友達に知らせたのだろう。みんな公にはしないが、やはり気になるのは当然だ。周りに配慮しながら話している声が耳に入っていた。

「蒼空くんが亡くなったのってほんと?」

「まじらしい。明日、葬式をするんだって」

「学校ずっと来てなかったし病気で?」

「いや、事故だったらしいよ」

 今までなにも知らないみんなからしたら突然のことに驚きが隠せないだろう。悲しむよりもみんなまだ信じられないんだ。私は自分の席からまるで部外者のようにぼーっと空を眺めていた。

「美月ちゃん...蒼空くんのことつらいだろうけど、ちゃんと寝ないと体壊れちゃうよ」

 私の席にやってきた葵が心配そうに私の顔を伺った。きっと目にできているクマを見て、そう思ったのだろう。昨日は寝れなかったからか、目の下に紫色に帯びたクマができていた。

「ありがと。でも大丈夫だよ」

 私は葵を安心させるために目元を緩め笑った。すると葵は少しほっとしたように体の力を抜いた。そう、私は大丈夫だ。そう言い聞かせるが、どうしても思ってしまう。

もしあのとき違う道を選んでいたら。
もし家に行こうとしなかったら。
もし私があの日に生まれてなかったら。

蒼空は今頃───

たくさんの後悔が私の胸を満たした。もしもの話なんて起きてしまった現実の前ではなんの意味もないのに。ひとつでも違えば蒼空は死ななかったかもしれない。けれど、蒼空は死ぬ運命だったといわんばかりに出来事は積み重なり、消えてしまった。

後悔すればするほど、蒼空との思い出を否定してしまう。それだけは許せなかった。

 それから次の日、すぐに蒼空の葬式が開かれた。参列した人はみんな涙を流していた。同じ制服姿の人がたくさんきていた。

 蒼空がいなくなって悲しむ人がこんなにもいるんだよ。葬式に訪れた人数が蒼空の存在の大きさを示していた。

 蒼空は生きていなきゃいけない人だった。

私はなにがしたかったんだろうか。蒼空に生きて欲しくて蒼空のために生きおうと思ったのに、私が殺してしまったらなんの意味もない。のくせに泣いている自分に腹が立つ。

 私は右手に抹香をつまみ額までもってくると、香炉に落とす。これを三回繰り返した。

 私は目の前にある遺影を見つめた。満面の笑みでこちらに笑いかける蒼空に私は呟いた。

「ひとりにしてごめんね」

 一通りのことを終えるとうしろの人と入れ替わり、私は遺族である美咲さんに一礼をした。

「美月ちゃん、今日は来てくれてありがとうね。蒼空もきっと喜んでるわ」

 美咲さんは赤く腫らした目で私にそう言った。白い肌には涙の跡がはっきりと残っていて、それを見ると私は罪悪感にかられた。

「本当にすみませんでした」

 私は最後のけじめとして、深く頭をさげる。

「あのときも伝えたけど、なにも謝ることはないわ」

「...はい」

「これ蒼空の服から出てきたの」

そう言いながらポケットに手を入れなにかを差し出してくる美咲さんに私は両手を前に出した。

「これ」

優しく手のひらに置かれたのは私がもらった指輪と全く同じものだった。ペアリングだったんだ。私は受け取った指を見つめていると、内側になにか刻まれているのが見えた。

そこには「with you」あなたと共に、と彫り込まれていた。蒼空はこの先も私と共に生きていこうとしてくれてたんだ。嬉しいはずの、その言葉を見ると私の目から涙がこぼれていた。

 そのまま葬式が終わり、蒼空は火葬場に運ばれた。棺桶にいる蒼空はたくさんの花に囲まれて、本当にただ眠っているだけのように見えた。

「もう最後になります。お別れのあいさつを」

最後の別れにみんな自分の思う言葉を言いながら優しく蒼空に触れていた。自然と順番が回ってきた私はなにも言えなかった。ただ最後までずっと蒼空の頬に手をあてていた。

私の涙が蒼空の顔に落ち流れていく。まるで蒼空が泣いているようだった。ゆっくりと蓋がしまって、蒼空の姿がもう見えなくなってしまった。

「いやっ、蒼空を連れてかないで!」

蓋がしまったとたんに暴れ出す私を蒼空のお母さんがしっかりと抱きしめた。最後の最後に私はずっと蒼空の名前を叫んでいた。

蒼空は煙となって空へと消えていった。

私をひとり残して────

 そして、次の日も私は学校に訪れていた。今日もなにごともなく平凡に授業が終わりチャイムが鳴る。

「美月ちゃん、今日一緒に帰らない?」

「ごめん。今日は寄るところがあって」

 葵の誘いを断り、私はカバンを肩にかけて立ち上がる。

「そっか。じゃあ、また明日ね」

「うん。バイバイ」

 私は葵が廊下に出ていくのを見送ってから、教室を出た。また明日ね...か。蒼空も帰り際にはバイバイじゃなくて、また明日って言ってくれたな。その言葉がまた会う約束をしているようで私はいつも嬉しかった。

私はゆっくりと階段を登っていく。登りきると赤色で立ち入り禁止と書かれたドアに手をかけた。ドアノブに体重を乗せると「ギィィィ」と錆びた、鈍い音が響く。

 屋上に出ると太陽が雲に隠れていて、冷たく風が吹いて私は腕をさすった。鼻の先と耳が冷たくなっていくのを感じた。

 私はまっすぐ、前に歩いていく。そしてあと一歩、ギリギリのところでで足を止めた。

 ここに来るのも久しぶりだな。いつからか日課になっていたこの場所はいつの間にか来なくなっていた。私にはもう必要のないと思っていた場所。

 ここは私たちが再開した始まりみたいな場所だ。だから終わらすにはここが一番いいと思った。もう今はこんなところで迷惑だとか、そんな考えは私にはなかった。

一瞬振り返ると「なにしてるんだよ!」と呼び止められた蒼空の幻を見た。私はつい笑ってしまった。もう私を呼び止めてくれる人はいないのに。

蒼空のために生きたいと思った。
 蒼空が私の生きる意味だった。
 蒼空がいないこの世界で私は生きていけない。

私は自分の思い描いた理想のエンディングで幕を閉めようと思った。

「最後まで傍にいるって約束したからね」

 私はそう呟くと五歩うしろに下がり距離をとった。そして、真っ直ぐに走り出す。私は躊躇わず、空に目掛けて飛んだ─────。