SNSで女子高生が自殺したというニュースを見かけた。本人の遺書はなかったらしく、自殺の原因は不明。だから周りは、いじめ、家庭環境、受験のプレッシャーなど身勝手な憶測をたてていた。

 コメントには「可哀想」「つらかったよね」なんて偽善に溢れた言葉でいっぱいだった。
 その言葉は私を不快にさせた。知ったような口でと死んだ本人でもないのにそう思った。

 私はいつものように、ゆっくりと学校の階段を登っていく。登りきると赤色で立ち入り禁止と書かれたドアに手を伸ばす。ドアノブに体重を乗せると「ギィィィ」と錆びた、鈍い音が響く。

 屋上に出ると太陽の眩しさに私は目を瞑った。太陽に手をかざし影を作るとゆっくりと瞼を開く。

 そこには濃く、鮮やかな夏の青空に絵に描いたような入道雲が沸き立っていた。太陽の日差しが直接、私を照らし額から汗が滲む。そんな汗を撫でるような風が涼しく、居心地いい。

 私はまっすぐと前に歩いていく。そして、あと一歩。ギリギリのところでで足を止めた。

 私はいつも残りの一歩が踏み出せない。
 ふと、思うときがある。なにもかも捨てて、どこか遠い場所に行きたいと。

 残りの一歩を踏み出せたら、その場所に行けるような気がして、でも結局そんなことをする勇気は私にはなかった。

 自殺した子は死ぬという恐怖よりも生きていることの方がつらかったのだろうか。最後にどんなことを思ったのだろうか。どれだけ考えても私にはわからなかった。

 そんなようなことを考えながらぼーっと、空を見上げた。やっと、一日が終わった。今から帰ることを考えると気が重くなる。

「私なんで生きてるんだろ」

 ぽつりとそう呟いた。その瞬間、さっきまで聞こえていた運動部の掛け声、吹奏楽部の演奏、工事中の騒音さえ、すべて時が止まったかのように聞こえなくなった。

 今なら......。
 直感的にそう思った。まるでひとりだけ取り残されたような感覚。

 私は常に孤独だった。親しい友達も帰りを待ってくれる家族も愛してくれる恋人もいない。

 私は離れている地面を見つめた。ここから飛び降りたら確実だろう。

 瞼をゆっくりと閉じる。次にこの瞼を開いたときは、きっと冷たい地面を見つめるのだろう。

 誰にも必要とされていない私には心残りも振り返る思い出もなかった。

......そう思っていたのに、どうして最後にあなたを思い出してしまったのか。

 いつも優しく、微笑んで私の名前を呼んでくれた。あなたの顔が最後に浮かんだ。でも、もう関係ない。少しの思いを振り払うように私は大きく息を吸うと右足を上げた。

美月(みづき)ッ!」

 すると、なにも聞こえなかったはずの空間に酷く、懐かしい焦りの含んだ声が私の耳に届いた。その声に思わず私の足は躊躇してしまった。

 次の瞬間、私は腕を強く引っ張られ体勢を崩すと地面に倒されていた。少しの痛みと驚きに私は目を見開いた。

そこにはさっきまで思い浮かべていた顔で、私の名前を呼ぶ幼なじみである矢野蒼空(やのそら)の姿があった。

 蒼空のサラッとした綺麗な黒髪が風に揺れ、蒼空はその隙間から真っ直ぐに私を見つめた。

「なにしてんだよ!」

 怒りのようなものが混じった声だった。眉を寄せて私の腕を力ずよく押さえつける蒼空になんだか体の力だ抜けた。暖かい......。私の目の前には冷たくて、固い地面でも痛みでもない。

暖かい空が映っていた