『成功とは即ち優れた計画そのものである』

 我らがユニバス王国の賢人の言葉だ。この言葉の通り、名だたる賢人達の栄光の裏には必ず優れた計画があった。

 今ではアカデミー受験生しかり、騎士志願者しかり、領地経営者しかり…成し遂げるべき何かを持つ者達はより優れた計画の考案に努めてきた。「怪力令嬢」も例外ではなかった。

「ということで、デートをしよう」
「はいっ!?」

 スワードが教師の如く黒板の前に立ち、粉っぽい白チョークで板書した。

 今日は記念すべき第1回目の訓練日。2人がはじめにすべきことは、訓練を成功させるためにより良い計画を立てることだった。

 シャルロッテは「怪力発動したら物を持たない=か弱く見える」と発案した。
 しかしそれでは根本的解決になっていない、とスワードが首を横に振り一蹴した。そんなスワードから提示されたより良い計画が、先の「デートしよう」発言である。

「要するに『形から入ろう』ということだ。君の目標は『か弱くなって恋をする』だろう?」

「仰る通りです」

「しかし君は年頃の男を前に怪力発動してしまう。だから私との『模擬デート』で感情の昂りを制御し、怪力発動をしないよう訓練すればいいということだ」

「…っなるほど!つまり模擬デートは訓練でもあり、実戦でもあるということですね!?」

「そういうことだな」

 スワードは黒板に訓練方針の「形から入る」と計画の「模擬デートをする」など、軽い音を立てて板書した。シャルロッテもそれに倣いよく削った鉛筆でノートに書き記すと、ふと顔を上げてスワードに問う。

「でも感情を制御する方法をある程度身につけておかないといけませんね?闇雲にデートをしても被害物を増やすだけです」

「その通り。だから君にはこれを覚えてもらう」

 腕を組んでいたスワードだったが捲った袖を上げ直して続きを板書した。そこに書き記された感情制御の得策は「深呼吸」と「精神統一」だった。

「私も根を詰めすぎた時にこの方法で自分を落ち着かせている。効果は折り紙付きだ、やってみろ」
「すー…はー…」
「どうだ?」
「んん…平常心なのでなんとも…」
「そうか。ではこうしよう」

 シャルロッテが難しい顔をするとスワードは彼女に近づいてハンカチを渡した。差し出された彼の指先はチョークで白く粉まみれになっている。

「君が拭いてくれ」

 スワードの表情を見やればシャルロッテがチョコレートをぶちまけたあの日と同じく、意地悪く目を光らせて微笑んでいた。しかしまあ、それがまた美麗なのであった。
 そうしてスワードに対する「興奮」と彼に触れる「ド緊張」などなど、シャルロッテの感情は一気に強火にかけられた。

 イチコロだった。

「すすすっすー!ひあぁあー!」
「なんだそれは」
「しっ…深呼吸です!少し下手ですが…!!」
「いや下手以前の問題だな」

 吸えず、吐けず。怪力発動中のシャルロッテは、まず深呼吸から訓練する必要があったのだった。

 スワードは萎むシャルロッテを見つめ、シャルロッテは俯いて赤い顔を隠した。

(穴があったら入りたいわ!無いなら掘ってでも入りたい!)

 そうしてシャルロッテがふるふる震えながら耳を赤くすると、それを見たスワードがシャルロッテの手を握り返した。
 驚いたシャルロッテが勢いよく顔を上げてスワードを見やれば、彼はなんとも楽しげで、吹き出すよう笑って言った。

「ははっ まあ深呼吸は出来なかったが1つ分かったことがある」
「へ?」
「布も怪力の対象外だな。シワはできたが無事だろう?」

 ほら、とスワードに見せられたのは先程のシルクのハンカチだ。
 シャルロッテが目を凝らして見ると、確かにシワこそあれど破けることはなく、織られた繊維が綺麗に並んでいた。

 「怪力令嬢」でも人と布には触ることができる。まぁ人には避けられるだろうから、実質触れるのは布だけだろうが、それでも少しだけシャルロッテの気持ちが和らいだ。
 スワードはシャルロッテの表情が僅かに明るくなると、彼女を立ちあがらせて言った。

「深呼吸は胸ではなく腹で息をするんだ」
「お腹…?」
「背筋を伸ばして…そう。そのまま臍の下に空気を溜めるイメージで鼻で息を吸え」
「すー…すっすすすっ!?」
「いややりすぎだ」

 スワードは深呼吸の方法を教えてくれた。
 それは文字通り手取り足取りの指導で、スワードはシャルロッテの背中に手を当てて姿勢をキープさせ、臍の下にはシャルロッテの手に添えて空気の溜め所を意識させた。

 スワードの指導は実に親切丁寧なものだった。しかし彼に触れられる1秒毎に昂ぶるシャルロッテは、やはり大きく息を吸えないのであった。

「練習あるのみ、だな」
「申し訳ございません…本当に…」
「ははっ そんな顔をするな。君は訓練し甲斐があっていい」

 シャルロッテがまた顔色を悪くすると、スワードは彼女の顔まわりの乱れた毛を耳にかけてやった。それと同時にスワードの指がシャルロッテの耳を撫で、産毛から全神経に緊急怪力速報が出された。

 ここからはまあ、言うまでもないだろう。

 シャルロッテは更に昂って深呼吸など出来ず、それはそれは多種多様な物達を壊してしまったので割愛させてもらう。

 ちなみに「精神統一」についてはハードルが高いということであえなく延期となり、スワードは訓練スケジュールを書き換えていた。スワードの羽ペンの音が響く静かな部屋でシャルロッテは居た堪れず、また穴があったら入りたくなった。

(明日の訓練に備えて穴を沢山掘っておきましょうね…)

 シャルロッテは「か弱く」なるため、鋼鉄製の茨の道を裸足で歩み始めたのであった。