シャルロッテはゴクリと唾を飲み込んだ。不安で末端が冷え、足の裏がふわふわのクッションになったようにおぼつかない。
そうしてシャルロッテが顔面蒼白でいると、口を開いたのはスワードだった。
「つまり、普通なら命の危機でリミッターが外れるところを、なぜか君は感情の昂ぶりで外れてしまう。しかもリミッター解除後に力が制限されないから、人間が持つ力の100%あるいはそれ以上の力が出せてしまう。ゆえに怪力が発動される、という仮説だな」
「リミッターを意図的に解除できたら最強戦士になれそっすね」
「せやなー。闘志で解除できるように訓練法を練り直しまひょか」
シャルロッテにはもうアルター達の楽しげな声は聞こえず、とうに頭が真っ白になっていた。その「リミッター」とは今から直せるものだろうか。
(わたし本当に「か弱く」なれるの?恋できるのよね…?)
シャルロッテは次々に不安が押し寄せて気が遠くなった。
体はスワードの方を向いているけれど、ではスワードを見ているかと言えばそうでもなく、シャルロッテはただぼーっと空気を見ているのだった。
「シャルロッテ・シルト、こっちに来い」
スワードはシャルロッテを呼び、シャルロッテの冷たくなった手を取った。シャルロッテはギョッとしたがスワードはそのまま続けた。
「ムンテーラ、要はリミッターが外れないようにすればいいのだろう?」
「そやね。昂ぶる感情を制御できればええっちゅーことですわ」
「では制御する訓練のために、まずは感情が昂ぶる環境が必要だな」
握られたままのシャルロッテの冷えた手は、今度は急激に血流が良くなって指先がじわじわむず痒い。そうしてシャルロッテの頬にローズ色の血色が戻り始めると、スワードは悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「ルールを決めた。私と二人三脚で訓練しよう」
「…へ?」
「私が君を昂らせて、君は怪力発動しないよう感情を制御するんだ。簡単だろう?」
シャルロッテはスワードの笑顔と手の微熱、そして物凄い角度の提案に固まった。
ちなみに前にも述べたが、シャルロッテが固まるのは非常に良くない兆候だ。それは感情が昂っている証拠であり、もうすぐ怪力発動することを意味している。
シャルロッテは首筋と耳の産毛が逆立つのを感じた。
──まずい!来る!
同時にシャルロッテは気がついた。つい先日ケーキをぶっ潰し、今しがた壺を破壊したばかりの脅威の手が、スワードに握られている。
(ダメ!殿下の手もケーキみたいに潰れてしま──!!)
「聞いているのか、シャルロッテ・シルト」
「ひゃい!?ででで殿下ケーキと壺が!じゃなくて手が!!」
「手?ああ潰れないな、そういえば。で、訓練開始日だが…」
スワードの手は壊れなかった。
焦りで大汗をかくシャルロッテとは正反対にスワードは涼しげに答えたので、シャルロッテは言葉を失って口をハクハクさせた。
それからスワードはシャルロッテの小指に自身の小指を絡めて言った。
「君は私と恋をすればいい」
スワードは椅子に腰掛けたまま、棒立ちするシャルロッテを見上げて綺麗に微笑んだ。
シャルロッテはその言葉の意味を逡巡して答えを導き出した。
(『私と恋』?それってつまり…)
「一緒に訓練してくださるばかりでなく、わたしが殿方と恋できるように、恋愛面も二人三脚でサポートしてくださる…ということでしょうか!?」
シャルロッテの全細胞が興奮と歓喜に沸いた。彼女の笑顔がここ1番の満開の花のように輝いている。
「いやそういう意味では…」
スワードは自身の遠回しな表現のせいで、自分の意図とは異なる解釈をシャルロッテにされてしまった。しかしエメラルドの瞳を輝かせる彼女を見ると自然と笑みが溢れるのだった。
その頃、空では雲間から日が差した。
それはシャルロッテとスワード、2人のはじまりを照らす道標のようであった。