王宮から馬車を走らせ、およそ一時間半。
都心からそう遠くない場所だが、一本通りを曲がると、大自然が広がっていた。
王国随一の公園、サムソン大公園である。
か弱くなる訓練のため、スワードと模擬恋人同士になったシャルロッテ。
今日は、はじめての模擬デートである。
行き先は、あらかじめ決められていた。
大自然の中ならば、心安らかとなり、怪力化を制御しやすいのではないか。
──と、スワードに提案されたのだ。
そこで白羽の矢が立ったのが、このサムソン大公園だった。
サムソン大公園は、世界でも指折りの、広大な敷地面積を有する。種々の草花が植わり、季節で公園の表情が変わる点も、魅力の一つだ。
「わあっ……! 素敵なところですね!」
「ここが評判で旅行客も増えてな。おかげで、今は人気の観光スポットだ。ああ、それはヒマワリといって、この時期に育つ季節花だな」
「ヒマワリというんですね」
シャルロッテは、背高のヒマワリを見上げた。
太陽に似た顔をして、上へ上へと成長している。
「そんなに背を伸ばして、空を目指しているのかしら? 太陽になりたいの?」
シャルロッテはヒマワリに話しかけた。
すると、隣に立つスワードが、堪らないといった様子で吹き出す。
「ははっ! 向上心があるんだろう、君と同じだ」
そう言って、シャルロッテを見下ろし破顔した。大きな瞳を細め、無邪気に笑う。
かっこいい、可愛い……。
シャルロッテは密かに昂った。けれど、森林から吹いてくる薫風が、顔の熱を鎮める。
これが、森林浴の効果だろうか。
ランチタイムとなり、二人はレジャーシートの上に、ランチボックスを並べた。
スワードがランチボックスの蓋を開ける。
すると、その瞬間、シャルロッテは動かなくなった。
異変に気がついたスワードは、声をかける。
「どうした?」
「殿下……こ、これは……わざとですか?」
ランチボックスの中を凝視して、シャルロッテは言った。
油で照った赤いタコ型ウィンナー。
赤と緑色のうさぎ型リンゴ。
茹で卵は、星型をしていて。
笑顔のミートボールと目が合う。
生まれて初めて見る、かわいい料理だ。
──なんてかわいいの!
全身の血が強火にかけられ、シャルロッテの持つフォークが折れ曲がった。
サンドイッチを頬張るスワードは、昂るシャルロッテを観察する。
「食べないのか?」
「……殿下、うさぎさんとタコさんです」
「そうか。こっちはくまさんだ」
「あ、かわいい……じゃなくて! これは由々しき事態です! 料理がかわいすぎて、興奮してフォークが持てません!」
折れ曲がったフォークを手に、シャルロッテは泣き言を言う。
よそ事を考えるスワードは、くまのミートボールを口へ運んだ。
「わたしじゃなく、食べ物に昂るのか」
そう言って、スワードは唇を尖らせた。
シャルロッテは項垂れて長嘆息する。
「こんな事はじめてです……」
自分が食べ物に対しても昂る、節操無しの人間とは思わなかった。
(サンドイッチは手で食べられるとして、他はどうしたものかしら。手掴み? そんなのってありかしら? いいえ無しよね)
シャルロッテは、あらゆる食べ方を思索した。
フォーク代わりに小枝で刺して食べるのは、どうだろう。
それか、花の茎を巻きつけて口へ運ぶか。
けれど、美しい小枝や花を手折るなど、万死に値する……。
──ああもうっ! 殿下がせっかく用意してくださったランチを、食べられないなんて!
渋顔のシャルロッテは、頭を抱えた。
スワードは深くため息をつき、おもむろにバスケットに手を伸ばした。中から大量のフォークがジャラジャラと出てきて、山積みにされる。
すると、その内の一本をシャルロッテに手渡した。
「そんな顔をするな。こんな事もあろうかと替えを用意してきたから」
「これ、わざわざ用意してくださったのですか? わたしのために……?」
「この量のフォークを使う者が、君以外にいるか?」
スワードは首を傾げ、シャルロッテに微笑む。
──さすがは王太子殿下!
彼が次代の国王なら、この王国は安泰である。
「……でっ、殿下っ……!」
シャルロッテは感涙した。
これだけ怪力体質に向き合ってくれる神が他にいるだろうか、いや、いない。
自分のために、そして彼のためにも、絶対にか弱くならなければ。
──全力で挑むわ!



