「はあ…やっぱり愛されヒロインは『か弱い』のね」

 日当たり良好の白亜のガゼボで、本を読みながら大きくため息をつく娘がいた。
 彼女の名はシャルロッテ・シルト。シルト侯爵家の長女であり、王都でも指折りの美しい娘だ。

 母譲りの華奢な体にミルク色の肌とミルクティー色の髪、加えて父譲りのエメラルドの瞳を持つシャルロッテ。
 誰もが彼女の美しさに心奪われたが、肝心の求婚をする者は少なかった。

 理由は1つ。それはシャルロッテが巷で有名な「怪力令嬢」だから。
 普段は可憐なシャルロッテだが、彼女は感情が昂ると超人的な力を発動する怪力体質であり、自分の意に反して何かと物を壊してしまう悪癖があった。

 ある時はお茶会でドレスを褒められた嬉しさでティーカップを割り、またある時は舞踏会でダンスを申し込まれたトキメキでシャンパングラスを割ってしまった。

 でもまぁ、それくらいなら可愛い方で。

 本格的な怪力逸話といえば、平民を轢こうとした馬車に激怒して片手で車体を持ち上げた話とか。
 またある時は倒れる大木を恐怖のあまり拳で真っ二つに割ったこともあり、その時は木の下にいた子供をたまたま助けていた。

 シャルロッテの「怪力令嬢」の異名が認知され始めたのも、男からの求婚が激減したのもその頃だった。

 最近ではその異名が原因で婚約破棄までされてしまった。
 シャルロッテも自分の逸話が増えるたびに婚約者の表情が曇っていくのを感じていたが、婚約続行のために足掻くには遅すぎた。

『美しい令嬢だと思っていたのに…「怪力令嬢」は御免です。僕は「か弱い」女性らしい方が好きなので』

(わたしだって心は繊細でか弱い令嬢ですけれど…!?)
 
 その元婚約者だが、公爵令息の身でありながら今は平民の娘と懇意にしているそうで、家柄よりも「か弱さ」がモノを言うのだとシャルロッテは知った。

 その婚約破棄を受けて娘の将来が不安になった父親のシルト侯爵は、宮廷医師や生物学者にシャルロッテを見せた。  
 しかし結果は揃って「なんか分かんないけど凄くない?」とシャルロッテの謎に感心するばかりだった。

 幼い頃から不本意かつ理不尽な思いをしてきたシャルロッテも御年18歳。彼女は思った。

 ──か弱くなりたい!恋がしたい!

 シャルロッテはその切実な思いが天に届くように手を組んで空を見上げた。
 か弱くなれますように、恋ができますように、願わくばその恋が成就しますように、と。
 そうしてシャルロッテが眉を寄せて念じていると侍女が現れた。

「お嬢様、お作りになった生ショコラケーキが冷えました。本当にお1人で王宮に行かれるのですか?」
「えぇ!お父様も王宮に泊り込みでお疲れでしょう?だからサプライズで差入れするの。喜んでいただけるといいけど」
「きっとお喜びになられます。なにせお嬢様が料理用具を壊さずに作られた貴重なケーキですから!」
「そこ…なのね」

 それからシャルロッテは身支度をして馬車に乗り、渾身の手作りケーキを大切に膝の上に置いて王宮へ向かった。

「シルト侯爵ですか?ただいま会議を終えて会議室で休憩されていらっしゃるかと」

 王宮に着いたシャルロッテは長い廊下を進んだ。ケーキが入った箱をなるべく傾けないよう両手で持って、父親の喜ぶ顔を思い描いた。そして衛兵が巨大で豪奢な扉を開き、シャルロッテが会議室に駆け出すように一歩踏み出した時だった。

「ご機嫌ようお父様!お疲れだと思ってケーキをお持ちしっ…きゃっ!?」

 シャルロッテはちょうど室外へ出ようとしていた人にぶつかり、よろけたところをその人物に支えられた。結構な衝撃だったため、まずはケーキの安否を確認すると、頭上から低い声がした。

「すまない。平気か?」

 シャルロッテは自分よりもずっと高い上背のその人を見上げ、その瞬間、彼女は蛇に睨まれたように固まった。
 シャルロッテはその人を一度だけ見たことがあった。舞踏会の人だかりの中で常に冷静かつ完璧に、美しく微笑んでいたその人は──

「スワード殿下!うちの娘が大変申し訳ございません!」

 そう「王国の麗星」と名高いスワード王太子殿下、その人だ。