「ふぅ……ここで一旦ストップ」

 どのくらいの魔力に成長しているか、今日はボンズサボテンを使って調べた。

「んー、ボンズサボテン十一本ね」
「それと七回、花を咲かせられましたから……」
「五九〇年分、スキルで成長させられるってことだな」

 こつこつと魔力を成長させてきた成果だな。
 それでも大精霊と契約するには至らない魔力らしい。
 バフォおじさんと大精霊の見立てだと、俺の成長促進のスキルは、魔力の消費量が比較的少ない部類だってことだ。
 七五〇年ぐらい成長させられるようになれば、ギリギリで大精霊とも契約できるんじゃないかって。
 いやいや、めちゃくちゃ魔力いりますやん。

「じゃ、さっそく収穫しようか」
「数が多いな。近隣の集落に持って行くか」

 オーリたちがそう話すのを聞いて、大事なことを思い出した。

 砂船が手に入ったことを、各集落に伝えて物々交換をこっちで引き受けるって話をしなきゃな。
 村長の孫のハクトからも話をしておくとは言ってくれていたけど、手紙の風習がないから直接集落に行って話すことになるだろう。
 砂漠にはモンスターもいるし、俺たちでそれはやっておくって言ったもんな。

「オーリ、素材の物々交換の件とかも話しておきたいし、俺も連れて行ってくれよ」
「そうだな。あの時の火竜様騒動ですっかり忘れていた」
「まぁあれは仕方ないさ」

 どうせ行くのなら野菜も持って行ってやりたい。
 ひとまず、町で購入したものだって言えばいいだろう。
 ただボンズサボテンを成長させたばかりで、今は魔力が少ない。

「なら種っ発は明後日にしよう。今日はゆっくり休みなさいユタカくん」
「そうします」
「収穫も明後日の朝に行えばいい」

 既に収穫した分は今日の晩御飯に。
 そうだ。
 調味料や小麦も持って行きたいな。
 とはいえ、ここの在庫のこともある。持って行くなら新しく成長させなきゃならない。

「はぁ、もっと魔力があったらなぁ」
「無理しすぎないでくださいね、ユタカさん」
「そうよ。なんでもかんでもひとりでやろうとしないで。そりゃ、スキルを使えるのはあんたしかいないけど」
「うん、分かってる。心配してくれてありがとう」
「わ、分かればいいのよ」
「私たちの方こそ、ありがとうございます。ユタカさんが頑張りすぎるのも、ここで暮らす人たちのためですもの」

 そ、そんな風に言われると、ちょっと照れるな。
 それに誰かのためだけじゃない。俺自身のためでもあるんだ。
 
 少しでも快適に過ごせるなら、その方がいいに決まっている。
 せっかく貰ったスキルだから使わなきゃ勿体ないし、使うことで感謝されるのも悪くない。
 なんか自分が物語の主人公になったようで、カッコよく思えるから。

 日本で暮らしていた時には、こんな気分、味わったことなんてなかったしな。
 
「さて、今日は夕方までスキルはお休みにして――」
「今日じゃなくって、夕方までなのね」
「また寝る前に頑張って爆睡なさるのですね」
「そういうこと。で、休みがてら会議を開こうと思う」
「「会議?」」





 ツリーハウスに集まったのは、俺とルーシェ、シェリル、それからバフォおじさんとアスとユユと大精霊だ。
 
「それでは、第一回『海水をどうやって運ぶのか』会議を開催いたします」
『ワーイ。カイギカイギィ』
『はい、先生! かいぎってなんですか?』
「みんなで話し合いをすることを会議といいます」
『ざっくりしすぎてんなぁ』
「細かいことは気にすんなって、どこかの誰かも言ってただろ」

 もちろんバフォおじさんだ。
 だからこそおじさんはニヤァっと笑う。

『別にそんな、深く考えなくてもいいわよ。アタシを海まで連れて行ってくれれば、海水を浮かせてあとはこっちに戻って来るだけだもの』
「う、浮かせる?」
『そうよ。こんな風に』

 ツリーハウス内にある水瓶という名目の瓢箪の水が、ちゃぷんっと音を立てて宙に浮かんだ。
 これを大容量で行うと言う。

『三往復ぐらいすれば、一度雨を降らせるぐらいの量になるわね』
「三往復!? 砂船を使っても町まで三日は掛るってのに」
『ジャアサ、優シイオジチャンニオ願イシタラドウ? 海マデビューンダヨ、ビューン』
『優しいおじちゃんって、誰よ』
『火竜のダンナのことだぜ』

 バフォおじさんがニタァっと笑う。
 それを見てなのか火竜と聞いてなのか、大精霊は嫌そうな顔をした。

『火竜なんて絶対お断り』
『エェー、ドウシテェ』
「アス。アクアディーネは水の大精霊なんだ。火竜のおじさんは火属性だろ? 相性が悪いんだ。おじさんだって前に言ってたじゃないか」
『ア、ソッカァ。優シイノニナァ』

 優しいかどうかは関係ないんだよな。
 それにしても、すっかり優しいおじちゃんで定着してるなぁ。

「ですが相性の良しあしを除外したとしても、やっぱり無理なのでしょうか?」
『えぇ、ダメね。火竜は火属性だもの。火竜に運んで貰うってことは、触れるってことでしょ。水の精霊としての力が弱まってしまうの。そうなると海水を浮かせて運ぶのも難しくなっちゃうわ』
「そうなのですね」
「そうなるとやっぱり、砂船で運ぶしかないわね。町から海までどのくらいかしら」

 ここから町まで三日。
 町からは比較的、海は近いはず。
 とはいえ、砂船が使えない地域だ。徒歩となると一日は見ておいた方がいいだろうな。

「いっそ海水を向こうで蒸発させて、雲を運んだ方が早くないか? 往復に掛る時間もそうだけど、何往復もしなきゃならないってのも大変だし」
『そりゃもちろん、その方が効率的よ。……そうね。その方がアタシが楽よね。海水の方は海の大精霊に頼めばいいんだし』
「海にも大精霊がいるのか。いったいどんな精霊なんだ?」
『水の大精霊はアタシとは別に、海を司るクラーケンがいるのよ』

 ……クラーケン!?
 この世界ではクラーケンはモンスターじゃなく、精霊なのか。

「あの、ひとつ気になるんだけどいいかしら?」
『なに?』
「その、海の水を蒸発させたら、海で暮らす生き物はどうなっちゃいの?」

 と、シェリルが神妙な面持ちで言った。
 
『あんたまさか、海水全部を蒸発させると思ってんの?』
「え、あ、え? ち、違うの?」
『違うに決まってるでしょ。そんなことしたら、この世界から生命が全て滅ぶわよ。蒸発させるのはほんのごくわずか。といったって、雨となって降ればまた海に還るわ。循環されるんだから』
「あ、じゃあ俺からもついでに一つ。そのわずかな量でも、周辺の気候に影響とか出たりしないか? 他所で日照りが続くようになるとか」

 砂漠を緑化させるために、別の場所が犠牲になる――なんてのは本末転倒だ。
 他所に影響を出さないよう、砂漠を緑化させたい。

『気候の影響はない、というより戻ると言うべきかしら。アタシが閉じ込められる五〇〇年以上前に』
「えぇっと、それは周辺の気候が今より悪くなるという方向で? それともよくなるという方向で?」 
『長い目で見れば変わらない、かしら。どの土地でも雨が多い年、少ない年ってあるでしょ? いい年もあれば、悪い年もある。でもこの土地は違うわ。悪くなる一方だったの』
「悪くなる一方……」
『そう。アタシから奪った力で、町の周辺だけは雨が降ってたわ。だけどアタシの精霊力が弱まれば、その雨も降らなくなる。地下から脱出できたけど、アタシの力はほとんど残っていなかった。あんたに成長して貰ったおかげでこの通り元気だけど、そうじゃなかったらこの砂漠はどんどん拡大していたでしょうね』

 へたをすると南部や東部の、今は緑溢れる土地の一部すら砂漠化したかもしれないと大精霊は言う。
 
『心配しなくてもさっき言った通り、水は循環されるわ。それに毎日雨を降らす訳じゃない。いくら砂漠でそんなことしてたら、水害が発生しまくりよ』
「そ、だよな。うん、分かった。ありがとう」
『ふふ。感謝しなさい崇め奉りなさい』

 五〇〇年の間に、大精霊の身に何が起きたのか。
 ずいぶんと残念な精霊に育ったものだ。