『ぶへっ。お、おいおいおいおいっ。なんでユユ坊が進化してんだっ』
『えっへっへ。僕、進化したのぉ』

 集落へと戻って来た俺たちを真っ先に見つけたのはバフォおじさんだった。
 ユユを見た途端、おじさんが唾を吐き出し驚く。
 うん、まぁ驚くよね。
 むしろ一目でユユだって分かったおじさんは凄いと思う。

 ルルやリリたちとは、姿形がまったく別物になってしまっているのだから。

 今やユユの姿はミミズというよりは、手足のないドラゴン、いや竜か。それに近い。
 髭がない分、蛇に近いかなとも思うけど、角というかエラというか、そういったものがあるからやっぱり竜だな。
 ただその角だかエラだかは水で出来ていて、たぶん、大精霊と契約した影響があるのだろう。
 大精霊自身もそう言っていたから。

 そしてユユは今、ただのワームではなくなった。

『僕ね、アースアクア・ワームに進化したんだよ』
『アクア……っておめぇ……また砂漠に不釣り合いなもんに進化しやがったな。しかもアースつきか。混合進化とは、どえれぇことだぜ』

 ユユはワームから、水と地属性のアースアクア・ワームに進化した。
 どのくらい凄いことなのかは、本人にも分からないそうだ。
 ってことで、知恵袋のおじさんに聞いてみる。

『んー、そうだなぁ。普通ワームが進化すると、ソウルワームってのに進化すんだ。まぁ単純にワームの上位種だな。アースワームってのはさらにその上位種になる』
「おぉ! アクアはやっぱり大精霊との契約が影響してるんだろ?」
『だな。しかしソウルと飛び越してアースとはなぁ。ユタカ、おめぇスキル使う時何を考えた』
「えっと……今の優しいユユのまま、立派に逞しく成長して欲しいなぁって」
『それだろうな。アースワームやアクアワームクラスになると、知能だけじゃなく知性もぐんと高くなる。変な話だがな、モンスターってのは知性がつくと中立に近くなんだ』

 人間=敵という認識は、モンスターとしての本能。
 知性がつくことで本能を抑え、敵か味方かを判断できるようになるらしい。
 これまでのユユは、テイミングモンスターとして人間に対して中立になっていたんだとバフォおじさんは話す。

『優しい子に成長してくれと願うお前ぇの気持ちが、アースにまで進化させたんだろうな』
『ユタカ兄ちゃんのおかげ! 僕嬉しいっ、ありがとう兄ちゃん』
「お、おいユユ。うわぁ、なんかひんやりして、お前の体気持ちよくなってるなぁ。けど鱗が出来た分、少し痛い」
『あっ。ごめんなさい。僕、アスみたいな鱗生えちゃった』

 そう。ユユにも鱗が生えた。おかげで日光への耐性も上がったようだと本人は話す。
 
「そうだ。進化したのに、なんで体が小さくなったんだ?」
『コンパクトにまとまったと考えりゃいい。今まではぶよぶよした脂肪の塊だったのが、引き締まったんだよ』

 進化はダイエットなのかよ!
 でも確かにぷにぷに感はなくなった。背中の深緑の部分には薄い鱗が生えて、ゴツゴツとまではいかないがそれなりに硬い。
 お腹の方は鱗がなく、ぷにぷに感が減少したもののつるんとしていて触り心地はいい。

「ルルも羨ましがっています」
「リリもよ。自分も進化したいって」
「うぅん。でも寿命がなぁ」
『なぁに言ってんだ。アースワームぐれぇになると、寿命は五〇〇年は伸びるぜ』
「え!? マ、マジで?」
『おう、大マジよ』

 成長させるのに躊躇してたのに……。
 いや、成長したから必ずしも進化するとは限らない。
 大精霊だってユユが進化したことには驚いていたし。

 その大精霊だが、普段は山の上の湖にいて、ユユが呼び出せば現れる――と言っていたんだけども。

『ふっふっふ。アタシが大精霊のアクアディーネよ。崇めなさい人間ども』

 っと、滝つぼの所でふんぞり返っていた。

「わー、なんか変なお姉ちゃんだぁ」
「お水ぅー、体がお水ぅ」
『へ、変ですって!? このアタシの神々しさが目に入らないの!?』
「お水が目に入るぅ」

 そりゃ滝つぼから出てる水しぶきだな。

『なんだありゃ』
「大精霊だよ、バフォおじさん」
『あれがか? いや、なんつーか……人間臭ぇっつぅか、俗っぽいっつうか』
「あー、やっぱり普通じゃないのか」
『普通じゃねえよ。大精霊ってぇのは、感情の起伏もねぇ、面白みもなんもねぇ奴らだぜ』

 ってことは、バフォおじさん的にあの大精霊は面白い奴に分類されるのか。
 まぁ顔を見る限り呆れてるようだけど。
 俺たちの会話に気づいたのか、大精霊がすすすぅーっと俺たちの方へとやって来る。

『ふんっ。俗っぽくて悪かったわね。五〇〇年も閉じ込められてて、人間を観察することぐらいしかやることがなかったのよ』
『道理で人間臭ぇ訳だ』
『そうよ――ん? あんた……ひっ。なんでバフォメ「わぁー」『ンベェー』またなの!?』
「内緒だ、内緒。ここの人たちは、喋る愉快なヤギとしか思ってないんだから」
『ちょっとそれ、無理がない?』

 ヤギを知らない人たちには、全然無理じゃなかったんだなぁ、これが。





『結論から言うと、何もない所から水を降らせることは出来ないわ』
「じゃ、どうやって砂漠に雨を?」
『雨を降らせるには雨雲が必要よ。雲が出来る原理は分かる?』

 夜、ツリーハウスに大精霊を招待して作戦会議を行った。
 大精霊の言葉に自信はないが軽く頷く。
 ルーシェとシェリルの二人は首を傾げた。

「蒸発した水分が空に昇って冷やされると、雲になるんだ」
『簡単に説明するとその通りよ。元から水分のない砂漠に雨を降らせるのは難しいの』
「だけど契約すればできるって」
『できるわ。他所から水を持って来て蒸発させればいいんだもの』

 他所?
 あの湖からとか?

『ちょっと遠いけど、海があるじゃない』
「海……海!?」

 そういえば砂漠の町の更に西には海があるって言ってたな。
 そんな遠くから水をどうやって運んでくるんだよ!?