『聞いてる? ねぇ、聞いてるの?』

 腰に手を当て、頬をぷぅっと膨らませた女の子。
 大精霊かどうかはおいとくとして、これ絶対水の精霊だろ?
 半透明というより、水そのものだ。色は薄水色。

 土の精霊と違って、人の言葉を話しているのか。

『聞いてないなら水の中に引きずり込むわよ。それとも言葉が』
『ソンナノダメェ』
『やだ触んないでっ。蒸発しちゃうっ。これ以上力を弱めたくないのよっ』

 あぁ、火竜との相性って、こういうことなのか。
 水は火を消すことができる。でも消す過程で、少なからず蒸発して消える。
 水を失えば、精霊の力は弱まるみたいだな。

 それにしても、古の植物って……バフォおじさんもなんか言ってたな。

「ツリーハウスを知っているのか?」
『当たり前よ。アタシはあんたなんかより、ずー……………………と、この世界に存在しているんだもの』

 溜めなっが。
 大精霊っていうから厳格な、もしくは淑女なイメージあったけど、ちょっときつめた感じの普通の女の子じゃないか?
 いや、そもそも大精霊じゃないのかもしれない。
 普通の水の精霊だったりして。

『どうして古の植物の種を持ってるの? どうして一瞬で成長させられたの?』
「えっと、質問に答える前に聞きたいんだけど、君は水の精霊?」
『そうよ』

 あぁ、やっぱり。
 普通の精霊だったか。

『アタシは水の大精霊よ』

 大精霊だったのかよ!
 腰に手を当てて仰け反る姿に、『大』がつく精霊の威厳はまったく感じられない。
 この世界の精霊って、こんなもん?

「ねぇ、本当のこれが大精霊なの?」
「もっとこう……神聖な感じがするものだと思っていました」
『ナンダカ変』
『人間みたーい』

 と、この世界の方々も言っておられる。
 残念な大精霊だ。

『答えてやったのだから、そっちも質問に答えなさいよ』
「そうだな。えぇっと……俺のスキルに原因があって。それでその、古の植物って呼ばれてるものの種を持っていたんだ」
『種を!? どこにあったのっ』
「……インベントリの中。実は俺、異世界人なんだ」
『分かってるわ』

 分かってんのかよ!

『ボクモ知ッテタァ』
『僕たちもぉ』
「えぇ!? アスたちには話してなかったはずなのに」
「ルルたちも知っているそうです」
「リリたちもよ」

 モンスターには分かるのか?

『バフォオジチャンガ教エテクレタヨ』
『くれたくれた』

 バフォオオォォォ!

『デモ内緒ニシトケッテ』
『うん。だから言わなかったの』

 バフォおじさんめ。
 この調子だと集落の人たちにも話してたりしないだろうな。
 まぁ……隠してる俺も悪いんだけどさ。
 集落の人たちぐらいには話しておいた方がいいのかもしれない。

「まぁ分かってるなら話は早いや。俺は召喚されてこの世界に来たんだ。その時の特典なのか、収納魔法みたいなものも一緒に貰ってて。その中に種が何種類もあったんだよ」
『古の植物の種まで……それは神々がこの世界の住人のために、最初に送った物よ。その種から得られる野菜を使って、大地を豊かにしなさいっていう神の意思なの』

 大地を豊かに……。

「ユタカさんだからこそ、与えられた種だったのでしょうか」

 や、やめるんだルーシェ!

「スキルだって、そう都合よくあれを授かるなんてことある?」

 ダメだシェリル!

『ユタカオ兄チャンダカラダヨ』

 も、もうそれ以上は……

『どういうことよ?』

 聞くな!

「だってユタカさんは」
「ダイチユタカって名前なのよ」

 召喚特典が名前落ちとか、ただの偶然だと思ったのにいいぃぃぃぃぃっ。

『だいち……ゆたか……ふぅん。それで古の植物? っぷふ。そんなのただの偶然じゃない』
「で、ですよねー。そう、偶然なんだって」
「必然かもよぉ」
「そうですっ。少なくともユタカさんのおかげで、私たちの暮らしはよくなりましたし」
『ボクハオ兄チャンノオカゲデ、ヒトリボッチニナラナカッタヨ』
『僕たちはねぇ……んー。んー……あ、人間と友達になれたよぉ』

 名前全然関係ないじゃん!

『変んな人間……質問にも答えてあげたし、もういいわね。アタシ、もう休むから』

 え、質問って、大精霊かどうか聞いただけ……。

「ま、待ってくれ。水の大精霊だっていうなら、お願いが――」
『嫌よ』
「え、まだ何も」
『どうせ力を貸してくれっていうんでしょ。五〇〇年前もそうだった……大地を豊かにしたいから力を貸してくれっていうから貸してあげたのに、人間は……アタシを閉じ込めて力を吸い取ったのよ。あの地に雨を降らせるために』
「五〇〇年……」

 そんなに長い間、神殿に閉じ込められていたのか。
 人間不信になるには、十分すぎる時間だ。

 それでも……水の大精霊の力を借りたい。
 借りなきゃこの砂漠は緑の大地にはならない。

「同じ理由で本当に申し訳ないと思う。でも……協力して欲しい。この砂漠を少しでも緑にするために。ここで暮らす人たちの生活が豊かになるように」
『……無理。嫌だという気持ちだけじゃない。五〇〇年間、ずっと精霊力を吸い取られ続けて、私はもう……姿を保っているのが精いっぱいなの。眠りにつかなきゃ、アタシの存在が消えてなくなってしまう。そうなればばこの一帯は二度と雨が降らなくなってしまう』
「そんなことになったら、砂漠の民は……」
「ここでは人はおろか、生き物全てがいなくなってしまうわ」

 ルーシェやシェリルが悲痛な表情を浮かべる。
 五〇〇年前の奴らはそうなることも分からずに、大精霊を閉じ込めていたのか。

『精霊力を回復させるために、吸い取られていた期間の半分は眠らないと力を取り戻せないの』
「半分ってことは、二五〇年も!?」
『そうよ。少しでも早く雨を降らせたいのなら、アタシを眠らせなさい』

 二五〇年後なんて、もう俺は生きていないよ。
 今からやらなきゃ意味はないのに、力を取り戻すのに二五〇年……ん?
 眠れば回復するのか?

 じゃあ、もしかして。

「なぁ。失った精霊力って、眠ることで回復するのか? それってつまり、成長みたいなもの?」
『え? そ、そうね……眠っている間に精霊力が成長する……みたいな感じかしら?』

 ふっふっふ。
 なら俺の独壇場じゃないか。

「失った精霊力を一瞬で取り戻す手伝いをするからさ、俺に協力してくれないか? どこにも閉じ込めたりしない。そして絶対に騙したりしない。約束するよ」