「アスは町に来れて嬉しかっただろうけど、町の人たちはみんな怯えていたんだぞ」
『ボ、ボク悪イドラゴンジャナイモン』
「俺たちはそれを知っている。でも町の人は知らないんだ。お前だってあの町にいる人たちが、いい人か悪い人か分からないだろ?」
『……ウン』

 早々に町を出て、砂のエリアまで行ったら砂船を出して少し移動。
 そこで火竜たちと合流。
 今回のことで町は大騒ぎだったことをアスに話して、少し説教をした。

 孵化して間もないうちに俺たち人間と一緒に暮らし始めたから、アス自身の人間に対する警戒心がまったく育たなかったんだろうな。

『ボクガミンナヲ怖ガラセチャッタ?』
「そうだ。みんな火竜のおじちゃんに喰われると思って、泣いてたんだぞ」
『オジチャンニオ願イシタボクノセイ……ゴメンナサイ』

 アスはしゅんとなって首を項垂れる。
 少しは理解してくれたようだ。

「じゃ、今度町に行ったら、みんなに謝ろうな」
『ウン……エッ。町ニ行ケルノ!?』
『ウォッホン。我が人間どもを脅しておいた。手出しする者などいないだろう』
「けどなアス、手放しで喜ぶんじゃないぞ。お前が町に行けるのは、町の人が怖い思いをしたからなんだからな」
『ウン。イッパイゴメンナサイスル』
「ごめんなさいをちゃんと言えるのはいいことだ。さ、帰ろうか。お前は火竜に運んで貰え」

 そう言うと、また寂しそうな顔をする。

「船室の入り口が狭くて、お前は入れないんだよ。甲板にずっといたんじゃ、昼間は暑いし夜は寒いだろ」
『ウ、ウン。ジャアボク……』

 さすがに今回は船に乗りたいと我儘を言わないようだ。
 だが――

『では我がそなたら全員を運んでやろう』
「え?」

 見上げると火竜が手をわきわきさせていた。





「船って空も飛べるのですね……」
「ルーシェさま、船は空を飛びません」
「そ、そうなんですね」

 そんな間の抜けた会話が聞こえてくる。

 砂船は今、空を飛んでいる。
 何故か。

『快適であろう』
『オジチャン、早インダヨ』

 火竜が砂船を持ち上げて飛行しているからだ。
 
『景色を楽しむといい、人間。上空から下界を見る機会など、人間にはそうあるものではなかろう』

 風圧が凄くて、景色を楽しむ余裕なんてない。
 っていうか、集落のある山にもう到着しているし!

「行くのに三日かかったモグなのにな」
「町を出て砂船出せる場所まで行くほうが時間かかったモググ」
「まったくだよ」

 あっという間に帰って来た。
 そしてバフォおじさんが慌てて崖の上から下りて来た。
 渓谷の外に砂船をおろしてもらい、船はインベントリの中へ。

「おーい。無事に合流できたかぁ?」
「無事にっていうか、無事じゃない形で合流できたよ」
「……そ、そうか。すまねぇな。火竜のダンナに任せていいだろうと思ったんだが」
「ダメだったなぁ」
「ダメかぁ」
「「はぁ」」

 見上げると、火竜がそっぽを向いて視線を逸らした。

「まぁ次に行くときにはアスも連れていくよ」
「お、おい。大丈夫なのかよ」
「あぁ。アスにちょっとでも怪我させたら町を消し飛ばすぞって、火竜が脅したからさ」
「あー……そりゃ恐ろしくて、誰もアス坊に何かしようなんて考えねぇだろう」

 バフォおじさんも顔を引きつらせて苦笑いを浮かべる。
 ある意味、最初からそうすればよかったのかもしれない。
 けど普通に町に行きたかったんだよぉ。

 はぁ……ま、いいか。

「火竜騒動でゆっくり買い物も出来なかったし、また近いうちに町へ行かなきゃな。あ、そうだ。町でちょっと気になる噂話を耳にしたんだけど。火竜、教えて欲しいんだ」
『む?』
「水の大精霊って、知ってるか?」
『当たり前だ。水の精霊を統べる存在。それがどうした』
「なんか水の神殿ってところに閉じ込められていたって話を聞いたんだけど。何か知らないか?」

 そういうと火竜は少し険しい表情を浮かべた。

『いつだったか、四、五〇〇年前だろうか。人間どもがこの地の大精霊を騙し、神殿の地下に縛り付けた。あの町の近くにその神殿はある』

 本当だったのか!?
 いったい何故精霊を……。
 
「水の精霊を閉じ込めたりしたら、むしろ雨が降らなくなったりするんじゃないか?」
『やり方次第だ。力を奪い、閉じ込めるのであればそうなる。だが力はそのままに閉じ込めるのであれば雨は降る。ただし、周辺のみであるがな』
「周辺……町の周辺が潤っているのって、まさか」
『水の大精霊をその場にとどまらせているからだ』

 だからなのか。あの辺だけ妙に土もしっかりしていたもんな。
 けど無理やり神殿に閉じ込めて雨を降らせるやり方には、賛同できないな。
 大精霊が望んでいなかったのなら、今頃……あ。

「その大精霊が、神殿から逃げ出したかもって話なんだけど……。もし無理やり閉じ込められていたことに、大精霊が怒っているとしたら……」
『少なくとも、あの一帯には二度と雨は降らぬだろうな』

 それは……かなりマズいぞ。