冒険者ギルドでの素材の鑑定が終わり、お金と交換物資をインベントリに入れていると。

「たた、たい、大変だ! ギ、ギルマスが大変だっ」

 男が駆けこんで来て、どうやらギルドマスターが大変らしい。
 けどそのギルドマスターは今ここにいる。

「大変だったんですか?」
「いや……あいつの頭の方が大変なんだろう。おい、ちょっと落ち着け」

 ギルドマスターが大声でそう言うと、慌てて駆けこんできた男が振り向く。

「大変が大変なんだ! 落ち着いていられるかっ」
「いや、落ち着け。じゃないと何が大変なのかさっぱり分からん」
「空にっ。ギルマス、空にド、ドド、ドラゴンが、レッドドラゴン、いや、フレイムドラゴンが現れた!?」
「……な、なにぃー!?」

 …………もう、嫌な予感しかしない。

「ね、ねぇ。フレイムドラゴンってまさか」
「この砂漠に、フレイムドラゴンが他にもいる可能性っていうのはあるのでしょうか?」

 シェリルとルーシェが不安そうに言う。
 可能性か……ないな。
 もし他にも火竜がいるとしたら、アスの父親は別説まで浮上してしまう。
 アシが火竜の血を引いているのは確かだろうからな。

 だけどあの火竜はそんな心配はしていないようだし、バフォおじさんだって他に火竜がいるようなことは一言も言っていない。
 いない、と考えた方がいい。

「もしかすると、アスが火竜にお願いしたんじゃないか。あの火竜だとアスのお願いを断れないだろ」
「親ばかですものね」
「どうします、ユタカさん?」

 どうって……。
 既にギルド内は大騒ぎだ。
 ギルドマスターは全員に完全武装して備えろとか号令掛けているし。
 
 大騒ぎなのはここだけじゃない。
 外で悲鳴が飛び交っているのが聞こえてきている。

 そしてほぼ全員が外に出て行くから、俺たちもしれーっとついて行った。

「あぁ……」
「やっぱり」

 上空に浮かんでいたのは、やっぱり火竜だ。

「ダイチ様。火竜様がアスくんを」

 マリウスが小声でそう言ってから、遠見の魔法を掛けてくれた。
 あぁ、アスを抱っこしてきてんだな。

 地上は阿鼻叫喚だっていうのに、アスは何を勘違いしたのか前脚を振っている。

「まだ手を出すな! 話の通じる相手なら、丁重にお帰り頂く!」

 ギルドマスターが声を張り上げた。
 これはチャンスだぞ。

「ギルドマスター! 俺があの火竜と話をする」
「な、なんだって? お前は冒険者でもないだろう」
「いや、あの……あ、あの火竜とは前にも会ったことがあるんだ。砂漠を縄張りにしている火竜だから、それで言葉を交わしたこともある」
「本当か? な、なら、頼んでもいいか? 出来れば穏便に済ませたい。もし戦いにでもなれば、この町は一瞬で焦土と化すだろうからな」

 なんかギルドマスターの顔がこわばってるな。
 町の住民もなんだか絶望感に打ちひしがれているようだし。

「みんなは帰る準備をしててくれ」
「分かりました」
「マリウスはこっちだ。俺の声を火竜に届けてもらいたいし」
「承知いたしました」

 マリウスを連れて火竜の真下に移動。
 みんな火竜から少しでも離れようとしているから、真下には誰もいない。

 マリウスには、俺の声が火竜にだけ届くような魔法がないか尋ねる。

「あります。拡声魔法を応用したもので、一カ所に音を届ける魔法です。ただダイチ様にも自身の声が聞こえなくなってしまいますが」
「俺の声が火竜にだけ届けばいい。掛けてくれ」

 マリウスに魔法を掛けて貰ってから、火竜に向かって話しかける。
 お、確かに自分の声が聞こえない。
 だが火竜が反応して辺りをきょろきょろしはじめた。
 俺が見えてないのか。

「下だ、下」
『ん? おぉ、股の下であったか。おい、人間。童が――』
「しーっ。しーっ。俺の声は魔法で火竜にしか聞こえなくしてある。こんな大騒ぎになってる状況で、俺たちが火竜と知り合いだって町の人にバレたら、出禁にされてしまうだろっ」
『む……』

 再び火竜が辺りを見回す。
 それから俺を見て、ちょっとばつの悪そうな顔をした。

「火竜がここにきている理由はなんとなくわかる。アスに頼まれたんだろう」
『そうだ。これよりの会話は我も魔法で主にのみ聞こえるようにしておる。普通に会話いたせ』

 火竜も魔法が使えるのか。

「はぁ。なんでアスを連れて来たりしたんだよ。この状況を見れば、だいたい想像がつくだろ」
『童がどうしてもと言うので……それに、我が一緒であれば危険なことなどなにもなかろう』
「その結果がこれだよ。みんなあんたに喰われると思って、絶望の淵に立ってんだよ」
『我は理由もなしに人間を喰ったりはせぬ。いや……騒ぎを起こすつもりはなかったのだが』

 どうせ「優しいおじちゃん、ボク町に行きたいの。お願い」って、キラキラした目のアスに言われてデレデレしたんだろう。
 パパ頑張るぞって。

 火竜がどうであれ、その存在だけで人間にとっては恐怖なんだ。
 この世の終わりかよって顔している人がほとんどだし、死ぬ前に一矢報いてやるぜって顔の人もいる。
 
 アスだけを連れて行けば、悪党に狙われるだろう。
 そうでなくてもドラゴンの子供だ。目を引くし、今ほどでなくても騒ぎが起きる。

 アスに何かあれば当然、火竜が黙ってはいない。
 その時は今の状況よりもっと悪いことになっただろう。
 それこそ、本当の意味でこの町は終わりを迎える事になるはず。

「だから連れていけなかったんだ」

 と火竜に話す。
 
 だけどもう来てしまったものは仕方がない。
 なんとかしないとな。
 このまま静かぁに帰って貰うにしろ、次にまた俺たちが町に来るときに……。

 あぁあ。アスはよく分かってないみたいで、嬉しそうに尻尾振ってるし。
 置いていくのはかわいそうだけど、こうなるって分かってたからさ。
 帰ったらよく言い聞かせないと。
 町の人たちが怖がって、大騒ぎになるってさ。

 怖がる……アスを怖がる人はそういないだろう。
 でも怖がらない代わりに、悪い連中に目を付けられる。それが困るんだ。

 でもアスを怖がれば――いや、それじゃダメだ。
 それにあんなかわいい奴を怖がれないだろ。

 そうか!

「火竜。いいことを思いついた!」
『いいこと?』

 これならアスも町に連れて来れるかもしれない。
 いや、いける。大丈夫だ。



 

『我が縄張りに許可なく暮らす人間どもよ。これは我がむす――同胞である』
『ハジメマシテ、ボク、アースドラゴンノアスダヨ』

 火竜がアスを掌に乗せて、怯える人たちにお披露目する。
 一瞬「息子」と言いそうになたのを飲み込んで、同胞ってことにしたな。

『これは人の暮らしに興味を持っておる。今後、そこの人間ユタカに命じて、町に行かせることもあろう。だが心して聞け』

 火竜の声のトーンが一段下がる。
 それだけで腰を抜かす人もいるほどだ。

「お、おい。話し合いはどうなったんだ。え?」
「あ、ギルドマスター。大丈夫です」
「だ、大丈夫って、どう大丈夫なんだ?」
「まぁ彼の話を聞いてやってよ」

 全員が固唾をのむ中、火竜が口を開く。その口からわずかに炎が見えた。

『よいか人間ども。我が同胞をかどわかそうとしたり、鱗の一枚にでも傷をつけようものなら、この町とその周辺を一瞬で焼き尽くすぞ』
『悪イ人間、メッナノ』 

 凄む火竜と、かわいいアス。
 そのギャップに人々が混乱する。

「お、おい、どうなってんだ? お前があの子竜を連れて町に来るって言うのか?」
「ま、まぁ、そういうことになってしまったんだ。自分はあの巨体だし、町には下りれないからって。でも子竜は町を見たがってるようだから、町にいる間は俺が世話をしろって」

 俺だって怖いんですよー(嘘だけど)
 砂漠の集落の人たちの命も掛かっていますからー(嘘だけど)

 そう言ってギルドマスターに理解を求める。
 俺たちも被害者なんだって!

『なぁに、人間どもが同胞に手を出しさえしなければ、我も町に手を出すことはない。返事はどうだ? 黙って同胞の訪問を見守るか?』

 という火竜の問いに、誰とは言わずみんなが頷いた。